第17話 ガーディアンゴーレム

 《傀儡(くぐつ)の箱庭》は入った者を閉じ込めておくための空間魔法である。

 この空間の出口は一カ所しかない。

 此処では巨木の根元にあるようだ。


 《傀儡(くぐつ)の箱庭》と名付けられているのは、空間内の者を外部に出さないように術式が組み込まれた守護者──ガーディアンゴーレムの存在が関係している。


 ガーディアンゴーレムは命令された条件を遂行し、敵と見做した者は全て撃退するのだ──。



 妖精と別れ、森を駆け抜けると、平原が広がっていた。

 どうしても視界には入るのはこの空を覆うぐらいに大きな巨木だ。

 平原の先で巨木が堂々と佇んでいる。


 その根元をゴーレムが不規則に徘徊していた。

 ゴーレムは灰色の鉱石を積み上げた人型の巨人のような姿をしている。


「ゴーレムを構成する鉱石はミスリルか。厄介だな」


 ミスリルは魔法との親和性が極端に低い鉱石だ。

 魔法攻撃に耐性があり、魔法使いは苦戦を強いられることになる。

 ……やりづらい相手を用意しているもんだな。


 それに妖精を閉じ込めておくだけを考えると、オーバーパワーに思える。

 妖精を閉じ込めておくことがそれだけ重要なのか……?


『ファフニール、これ以上近付くとあのゴーレムの敵対反応検知範囲に入ってしまう。その時点で戦闘が始まると思う』

『ほう。それがどうしたのだ? すぐに捻りつぶしてやればよかろう』

『それがね、あいつ結構強いと思うんだ』

『油断できない相手というわけか』

『うん。でも倒し方はもう分かっている。ゴーレムを一旦動作停止させ、胸部に記された古代文字(ルーン)を消すんだ』


 ゴーレムについての知識は古代魔導書である程度理解済みだ。

 だから、倒し方も既に分かっている。

 ガーディアンゴーレムは自己修復機能が搭載されており、本当の意味で倒すには古代文字(ルーン)のある文字を消してやることが重要だ。

 


『では、我があのゴーレムを動作不能にしてきてやろう』

『魔法耐性があるから、俺とは少し相性が悪いね。お願いできるかな?』

『任せておけ。では行くぞ!』


 ファフニールはゴーレムに向かって高速で飛行し始めた。

 すると、甲高い機械音が発せられ、ゴーレムの頭部が赤く光った。

 敵対反応を検知した証拠だ。

 ゴレームはファフニールに向かって力強く駆け出した。

 通り道の地面は抉られ、大きな足跡が出来ていた。


 そして、両者が衝突した。


『ふぐぅっ!』


 ファフニールが力負けして一瞬怯んだ。

 その隙をゴーレムは見逃さない。

 右腕を上げて、振り下ろした。


 ズドーン、と轟音が響いた。


「ファフニールッ!」


 地面には大きなクレーターが出来ていた。

 あの一撃をくらってはファフニールもタダでは済まない。

 くっ、俺の判断ミスだったか──。


 そう思った瞬間、視界が眩い光に包まれた。


『石ころが我に勝てると思うなよッ!』


 小さかったファフニールは元の姿に戻り、ゴーレムの振り下ろしていた腕を押し返した。

 良かった……! ファフニールは無事だったようだ。


『本当の"力"というものを見せてくれるわッ!』


 ファフニールは右前脚を勢いよく、ゴーレム目掛けて振り下ろした。

 ゴーレムの時よりも大きな轟音が響く。

 それに伴って、地面に出来たクレーターの大きさもゴーレムのものに比べると倍以上大きかった。


『ノアよ、これで問題はないか?』

『ああ、十分だ』


 俺はクレーターの中心に倒れているゴーレムの胸部に乗った。

 しゃがんで、ゴーレムの胸部に刻まれた古代文字(ルーン)を改変する作業に入る。


 ゴーレムの胸部に刻まれた古代文字(ルーン)は『真理』という意味を持つ文字だ。

 この古代文字(ルーン)を刻まれたゴーレムは生命を宿し、動くようになる。

 だが、一番左端の古代文字(ルーン)を消せば『真理』ではなく──『死』という意味になる。

 この作業により、完全にゴーレムは機能を停止することになる。


「《消印》」


 古代文字(ルーン)を消すには《消印》の古代魔法を使う。

 一番左端の古代文字をなぞり、消し去る。

 この作業には魔力操作が求められるので、かなり集中力を使う。


「……ふぅ、これでもう大丈夫だな」


 額からにじみ出ていた脂汗を拭って、腰を下ろして、ゴーレムの胸部に座った。


『ファフニール、怪我はない?』

『なんともないぞ』

『あ、また小さい姿に戻ったんだね』

『こっちの方が楽でいいからな』

『ん、頭の部分ちょっと怪我してるね』


 俺はファフニールの頭に右手をかざした。


「──《治癒》」


 暖かな白い光に包まれ、ファフニールの怪我はすぐに完治した。


『……ふむ……助かる』

『いえいえ、どういたしまして。それにしてもファフニール、めちゃくちゃ強いね。ガーディアンゴーレムを瞬殺してしまうとは驚いたよ。本当になんで俺に命乞いなんかしたの?』

『何を言っておるか。ノアは我よりも圧倒的に強いだろう』

『えー? そんなことないよ。ガーディアンゴーレム相手は俺が戦うと多分キツかったと思うよ?』

『……なるほど、戦闘経験が少なすぎて自身の実力を完全に把握しておらんのだな。分かった。当分、我は戦わん。ノアが自分の実力を自覚するまではな』

『か、買い被りすぎな気がするけどそれ……』

『さあ、どうであろうな』


 ファフニールは挑発的な笑みを浮かべた。

 俺は頬を指で軽くかきながら、ガーディアンゴーレムが守っていた巨木の根元に視線をズラした。

 そこには《次元の狭間》があった。

 あそこに入れば、この空間を抜け出せるだろう。

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