お世話を焼きに行ってる片想いの幼馴染が一週間前からデレデレな件
久野真一
第1話 大切な彼女が一週間前からデレデレな件
ディリリリリリリ!ディリリリリリリ!
「はあ、ねむ……」
大音量の目覚ましを止めて、軽く背伸びをする。
「もう、夏だなあ……」
時計を見ると時刻は朝の六時前。なのに、もう日が昇っている。
まだ六月下旬だけど、既に梅雨は明けていて、夏の到来を感じる。
既に部屋も暑くなって来ている。
そろそろ、就寝タイマーでも入れる時期か。
「よし!」
と頬を叩いて、頭を覚醒させる。
いつもの、彼女のためのお弁当を作る時間だ。
洗顔と歯磨きを済ませて、制服に着替えれば、いよいよ戦闘準備開始だ。
炊きたてのご飯、準備良し。卵、準備良し。アルミホイル、準備良し。
お弁当箱に詰める様子を想像しながら、一通り点検をする。
点検が終われば、いよいよ調理開始。
最近、特に力を入れているのは卵焼きだ。
シンプルだけど、作り手の腕が問われる一品。
未だに本来の作り手が僕である事を言えていないのが、情けないけど。
「おはよう、
同じく、既にエプロンを着用して、いつものように朝食準備にはいっている。
さすがに、長年主婦をやっているだけあって、手慣れた様子だと実感する。
「おはよう。母さん」
父さんはあと一時間もすれば起きてくるだろうか。
「今日も精が出るわね。ほんと、紅葉ちゃんの事大好きなんだから」
母さん自身も朝食の準備をしながら、そんな事を言ってくる。
「ま、片想いだけどね」
と言いつつ、実はここ一週間は、ちょっと違ったりする。
「その割には、最近、やけにニヤけてるわよ?」
含み笑いをしながら指摘されてしまう。
「まあ。紅葉が一週間前からやけにくっついてくるというか……」
おばさんに代わって、僕が紅葉の弁当を作っているのは、秘密のはず。
だから、別の理由だろうけど、一週間前、登校の時に急に手を繋いで来たのだ。
手汗びっしょりだったから、相当に勇気が要った事はよくわかる。
さらに、昨日はそれに加えて、やっぱり唐突にハグされてしまったのだ。
嬉しいのだけど、僕は僕で、意図を問い返す事が出来ず、ただただ応じるのみ。
様子が違うのは明白だし、何かのアピールなのは間違いない。
ただ、それにしては、告白をしてくれないのが少し引っかかっている。
「
昔から家族ぐるみの付き合いがあるので、母親同士で話をする事も多々らしい。
「やっぱり、何かあったのかなあ……いい意味で」
そうだと良いなと思いつつ、踏み切れないのが少し情けない。
「秋里さんは、「絶対、恋ね!」って言ってたわよ。基樹の方から言ってみたら?」
そう言いながらも、母さんの調理の手は止まらない。
「うーん。でも、万が一という事もあるし……」
石橋を叩いて渡りたくなるのは、少し慎重過ぎるだろうか。
「逆に、それくらい、確信を持ってるってことでしょ?しちゃいなさいよ。告白」
母さんも母さんで煽るなあ。
「僕としては、もう少し様子を確かめたい」
「慎重過ぎると言いたいのだけど、好きにしなさい。そういうのも青春だし」
なんて会話をしつつ、弁当を作り終えた僕は、さっさと出発する。
あの
「おはよう、基樹君」
僕が居るマンションの七階から、彼女の居るマンションの三階へ。
いつものように、階段を一段、一段、降りていると、四階で聞き慣れた声。
「おはようございます、
マンション4Fの住人で、初老と言った歳の奥さんだ。
どこかで気に入られたらしく、僕とはよく雑談をする仲だ。
「また、紅葉ちゃんの所に行くところ?ほんと、いい子ねえ」
「そう言われると返事に困るんですが……」
なんていうか、少し照れくさい。
「とにかく、応援してるから。紅葉ちゃんのハートをゲットして来なさい!」
「は、はい……」
マンションの住人に、恋路を応援されるというのも、少し複雑な気分だ。
ともあれ、紅葉の所に行かないと。
『おはようございます、
紅葉のお母さんは、本名、
二十二歳の頃に楓を生んだらしく、まだまだ若々しい。
『いらっしゃい。鍵は開けてあるから』
『はい。では』
そんなインターフォン越しの会話。
もう数年前から、平日朝は毎日のように通い詰めている。
だから、自然とやり取りも端的なものになる。
「じゃあ、いつもの通り、お願いします」
作ってきたお弁当を楓さんに渡す。
と、何やら噛み殺した笑いが聞こえてくる。
「何か?」
「ううん。もう、紅葉に告白してもいいんじゃないかしら」
なるほど。
紅葉の母としても、いい加減焦れったいというものか。
「やっぱり、楓さんの目から見ても、脈ありに見えます?」
親娘だからこそ、僕では気づかない部分もわかるはず。
そういう意図を込めての問いだったけど―
「有り有りよー。あれで脈無かったら、うちの子は恋愛出来ないわね」
断言されてしまう。
「なるほど。僕も、そろそろ覚悟決めるべきですかね……」
母さんのように、発破をかけてくるのかな、と思いつつ、そんな返事を返す。
「別にいいと思うわよ?私と
涼介さんというのは、楓さんの旦那さんの事だ。
涼介さんはといえば、未だに、「楓ちゃん」と呼んでいる。
「そういえば、楓さんと涼介さんは小学校の頃からの付き合いですもんね」
もう僕らも高校生だというのに、未だにラブラブな二人。
微笑ましいけど、子ども世代の前では抑えて欲しい。
「そうそう。涼介君も、待ってるのに、なかなか告白してくれなくてねー」
と思ったら、何か回想に突入してしまったらしい。
「楓さんの思い出話はもう耳タコですから」
僕らの恋路を見て、自分たちの若い頃を思い出すらしいけど、もう聞き飽きた。
「基樹君も、小さい頃はもっと可愛らしかったのに……」
小さい頃を知っている、両親以外の大人というのは、こういう事をよく言う。
僕としては、物心つかない頃の話とか忘れて欲しい。
「とにかく。今日もすいませんがお願いします」
というのは、楓さんが作った弁当だと偽って欲しいというお願いだ。
紅葉への恋心を自覚した中二の頃から、ずっとこんな事を続けている。
「これも、いい加減種明かししてもいい頃合いだと思うけどね―」
弁当箱を受け取りつつ、そんな事を言われてしまう。
「わかるんですけど、タイミング逃しちゃったんですよ。なまじ、美味しい、美味しい、言ってくれるから、嬉しくて続けてしまうと言いますか……」
お母さんからのお弁当と勘違いしているとはいえ、当然、悪い気はしない。
そうすると、ますます気合を入れようと、色々弁当にも凝ってしまう。
「あの子も、自分からは作りたがらない割に、食べるのは好きだからね……」
「まあ、わかってて、好きでやってるからいいんですけど」
「時代かしらね。基樹君が、うちの娘と結婚したら、主夫やってるかも」
「それもありと思いますが、先走り過ぎですよ」
「結果が見えてるもの。でも、こういうのも青春だから、頑張りなさい!」
「はい!」
さて、そろそろ紅葉を起こしに行く頃合いか。
あの寝坊助は、どうにもわざと僕が起こしに来るのを待ってる節があるけど。
トントン。彼女の個室の扉をいつものように叩く。
「紅葉、朝だよ―。起きてー」
「おはよー、基樹」
まだ寝起きのぼんやりとした声。
ともあれ、これで目覚ましは完了だ。後は待つだけ―
「じゃあ、居間で待ってるか―」
「後、五分」
は?何か、今までに聞いたことの無い言葉が。
「えーと、ふざけてる?」
「五分の間に、基樹が起こしに来てくれなかったら、もう一度寝るから」
「僕はどうすれば」
さすがに、いくらなんでも、勝手に個室に侵入するわけには。
「入っていい、ていう意味」
少し抑えめな声は、照れを感じさせるものだった。
一週間前から、彼女がデレデレしているのは感じていたけど。
これは本当にどう考えたらいいんだろう?
好意の現れなのは間違いない。これは断言していい。
しかし、ここまで露骨で、なんで告白をして来ないんだと。
そこがわからないのだ。
「わかった。入るよ」
とはいえ、こういう事を夢見た事がなかったと言えば嘘になる。
覚悟を決めて、寝室に入ると、途端にいい香りが鼻に広がる。
紅葉は芳香剤が好きで、よく違う種類のを部屋に設置している。
これは……カモミールかな。
五畳ほどの、そこまで広くない個室。
ベッドと、勉強机と、化粧台と。そんな飾りっ気の無い部屋が特徴。
ずぼらな事を自覚しているせいか、とかくものを置きたがらない。
そして、枕元に経つと、すー、すー、と明らかに狸寝入りの呼吸。
呼吸のリズムが不自然なのですぐにわかる。
彼女自慢の艶やかな黒髪が、枕から放射状に広がっている。
夏用の薄手のパジャマから覗くブラは少し目の毒だ。
眼福だ、とならないのは、やはり気恥ずかしい気持ちが大きい。
(ほんと、スタイルいいんだよね)
食べるのは好きだけど、身体を動かすのも好き。
そんな紅葉は余計な肉がついていなくて、よく女子から羨ましがられている。
「で、紅葉。朝だよー。起きて、起きて」
さすがに直接触れるのはまだ抵抗があって、大きめの声で言う。
「んー、おはよー。基樹ー」
パチリと紅葉の目が開く。大きくてクリっとした瞳。
ガバッと起き上がったかと思えば、唐突にギュッとされてしまう。
「え、ええと……」
抱きしめ返せばいいんだろうか。
ぎゅっと同じように力を込めて抱きしめ返す。
寝起きの体温が伝わってきて、温かい。
「んー、基樹の身体。温かいー」
「う、うん。紅葉のも温かい」
傍目に見たら、ラブラブな恋人同士のやり取りに見えるだろう。
僕も、紅葉の好意をビンビンに感じる。
いつまで経っても、戻ってこない僕たちを楓さんが呼びに来るまで、
僕たちは、そのまま抱きしめあっていたのだった。
「……」
「……」
涼介さんが起きてきて、四人での朝の食卓。
楓さんに抱擁の現場を見られた僕たちは、すこぶる居心地が悪い。
「なあ、楓ちゃん。これ、どうしたんだ?」
そして、不思議に思った涼介さんからの質問。
「涼介君、空気読んで」
しっと、指を口に当ててのやり取り。
「あ、ああ。そういうことか……」
何事かを察した涼介さんも押し黙るものだから、勘弁して欲しい。
楓さんも、いっそ、からかってくれたらいいのに。
放置してニヤニヤ観察してるんだから。
(基樹君。あそこまでしといて、自信がないの?)
隣の席の楓さんがひそひそ声で問いかけてくる。
(さすがに、僕でもわかります。でも、なら……)
(紅葉は昔から抜けてるでしょ。なーんか取り違えてそうなのよね)
(何をどう取り違えたら、こうなるんでしょうか)
(たとえば、既に恋人同士のつもり、とか、ね)
(あ、ありえる……)
確かに、その仮説は、紅葉の不審な態度を説明出来る。
それに、紅葉は時々、どうしようもなくポンコツな部分がある。
長年の付き合いとしても、それは否定出来ない。
(やっぱり、僕が告白すべきな気がしてきました)
もし、そうだとしたら、紅葉の事だ。
おおかた、好きの言葉を囁くのは恥ずかしいとでも思ってるんだろう。
(がんばりなさい。99%以上成功するから)
(ですね)
これでもし失敗したら、僕は女性不信になるだろう。
というわけで、告白場所とか言葉を考えながらの登校時間。
「はー。なんか、暑いけど、こういうの、いいよね」
手を繋いで来るだけじゃなくて、積極的に身を寄せてくる。
もう、間違いない。このポンコツは何か勘違いしている。
「うん。いいよね……」
僕はといえば、逆に不思議に冷静になってしまった。
紅葉が何を勘違いしてるのかわかったせいだろうか。
そうして、登校しても。
「よ、お二人さん。相変わらずお熱いねえ」
「暑いだけじゃなくて、熱いていうか」
「誰が上手い事言えと」
そう茶化してくるクラスメイトたち。
「……うん。まだ、恋人になったばかりだけど」
俯いて、恥じらいながらそう言う紅葉。
この台詞で、事実としても確定してしまった。
つまり、紅葉としては、告白やら何やらは済ませたつもりなのだ。
一体、全体、どうしてそうなったのか知りたい気持ちでいっぱいだけど。
(これ、改めての告白とか要るのかな)
とすら思えて来てしまう。
とはいえ、なし崩しというのは、個人的には納得が行かない。
紅葉はきっと、気づいたら悶え転がってそうだけど。
こっちから、きっちりと告白しよう。
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