第20話:平凡と連携プレイ



やって来ましたよ、久しぶりのバイト先。

俺は先輩に無理やり引きずられながら訪れた懐かしい建物に、ひたすら冷や汗を流しまくった。

現在、夜の9時15分。もうすぐ今日の最後の授業のコマが終わる時間だ。


俺はガラス越しに見える、懐かしい講師の面々や、生徒達に見つからないように身をかがめると、傍で面白そうに中を眺める瀬高先輩にすがりついた。


「先輩!お願いですからそんなに近付かないで下さい!」

「えぇえ、なんでー?俺、塾って行った事ないからこういうのマジ珍しいんだよねぇー。ちょっと中に入って見学しない?」

「ダメですよ!?今授業中ですよ!ただでさえ終了間際で生徒達の集中が切れやすい時間なんですから!先輩なんかが中に入ったら一気に大混乱ですよ!」

「えー、何それ、マジおもしろそうじゃん。っていうか洋君ってマジで先生っぽーい」


俺が必死に止めるのもお構いなしで、先輩はニヤニヤと面白いモノでも見つけたような目で俺を見下ろしてきた。

マジでこの人タチが悪いんだけど!?

俺が困っているのを見て心底楽しんでいるその様子に、俺はヒクヒクと顔が引きつるのを感じた。


「もう、お願いですから、せめて生徒と講師がみんな帰るまで待って下さい。そしたら俺が塾長に聞いてきますから」

「えー、やだなぁ。そんなに長く俺待ちたくないしぃー」

「……………」


この人は。そんな事言うんだったら俺はこんな所には来たくなかったんだよもともと!

とは、言えるわけもなく俺は、ただ目の前で「そうすっかなー」と楽しげに塾を眺めている、瀬高先輩に隠れて小さくため息をついた


その時だった。


何やら先輩のポケットから、最近よく聞くメロディが流れ始めた。

あれ、この曲なんて名前だったっけ?

俺がそんな事を考えていると、先輩はポケットからケータイを取りだし、手早く画面を開くと、今までに増して楽しそうな表情を浮かべた。


うわぁ、何かよくわからないけど嫌な予感がする。


「はい、もっしもしー?こちらむつみぃ!」


そうこうしている間に先輩は携帯に出ると、楽しそうに口を開いた。

微かに打が、向こうの声も聞こえてくる。

なんだか凄く怒ってるみたいだ。

………わかりますよ、その気持ち。

俺は相手がどんな状況で、何について電話をしてるのかは分からなかったが、とても必死そうな相手の声に勝手な親近感を覚えていた。


明らかに相手の人も、瀬高先輩に遊ばれている人間の一人だったから。

だって、電話の声に対して先輩の表情は非常に明るい。これでもかってくらい明るい。

あぁ、可哀想に、電話の向こうの誰かさん。

俺ぼんやりと、そんな事を考えながら電話をかける先輩を眺めていると、突然、今まで電話口に集中していた先輩が俺方へチラリと背線を向けてきた。


「あぁ、俺?俺は今はー塾の前に居るよー!なんと、お前の捜してるかもしれない重要参考人と一緒にいまぁぁす!」


先輩はそう言ったかと思うと、俺の肩へ自分の腕をまわしてきた。

え、なになに?!


「で、その重要参考人が本物かどうか確かめる為、今から塾内に突撃してきまぁぁす!」

『ってめぇ!余計な事すんな!?絶対すんな!!つか、重要参考人ってなんだ!?』


俺は全然意味がわからなかったが、電話口の向こうで焦ったように叫ぶ男の人の声が響いて来て更に、俺は相手への同情心を深めた。

つか、今なんて言った?塾へ乗り込む?

イヤイヤイヤ、だからダメだって!


「先輩!ダメですって!?今塾はまだ授業中って……うわ、いつの間にか終わってる!!先輩、ここじゃ帰る時に出てくる生徒達にバレますから!!ちょっとここから離れましょう!!」

「聞いたー?今の重要参考人の声―?まぁ、男だし違うと思うけどさー」


って、聞いちゃいないよ、この人!?


「まぁまぁ心配すんなって!俺が絶対にお前のラブレターを相手に届けてやっから!」

『やぁめぇぇろぉぉぉ!!』


電話口の声がより一層悲痛な声を上げる。

しかし、今は俺も必死だ。

9時35分

授業も終わり入口からはゾクゾクと生徒達が出てくる。

うわぁお、しかも出口に見えるは俺の元固定生徒!!

逃げないと……!逃げないと見つかる!!

しかし、俺の腕は未だに笑顔で談笑し続ける瀬高先輩の手でがっしりと掴まれて居て逃げる事は不可能だった。


「ねぇ、かおるー?お前、自分から動かないと好きな人は捕まらないぜぇ?」


ちょっ、恋愛話は後にしてください先輩!!

あぁ、あぁ……ヤバいヤバいヤバい。

生徒に見つかったら絶対騒がれる!

そしたら絶対有岡講師や他の講師にも見つかって。


あぁぁぁ、いやだ!このままだと

見つかる………!!


混乱がピークに達した瞬間、俺はとっさに自分でも思いがけない行動に出ていた。

俺は掴まれていない方の手を先輩の持っていたケータイ電話へ向けると、一気にそれを掴んで………


奪い取った。


「どこのどなたかは知りませんが早く来て下さい!!そうしないと、先輩が塾に乗り込みます!」

『あ゛ぁ?誰だテメェ!?』


電話口から、先程まで聞こえていた低い男の人の声が聞こえてきた。

う、こっちの人もなんか怖そうなんだけど……!!

俺はとっさにケータイを奪われて体制を崩している先輩の腕から離れると、一気に先輩から距離を取った。


「ちょっとー、俺の携帯返せや、洋くーん」


そしてこっちはこっちで少し怒ったような様子で俺に笑顔を見せる瀬高先輩。

ひぃぃ!ヤバい、なんか怒っちゃってる!

俺はとっさに、先輩のケータイをすがりつくように握りしめると、電話口の相手に向かって叫んだ。



「お願いです!何でもしますから俺を瀬高先輩から助けて下さい!」

『はぁ?何言ってんだテメェ?』

「お願いです!俺、何でもしますから!今、瀬高先輩から俺を守れるのは貴方しか居ないんです!あなたも先輩を止めたいんでしょう!?」


そう叫んだ俺に、相手が一瞬息をのむ声がした。

今此処に居ないが、先輩を止めたい電話口に誰か。

そして、先輩を止めたい、先輩の近くに居る俺。


目的は……同じはずだ。


『……何でもするっつったか?』

「はい!何でもします!だから……だから助けて下さい!!」


俺が必死でそう叫ぶと、相手も若干苦しそうな声で、俺に向かって言い放った。




『アイツの持ってる俺の手紙を……奪い返してくれ!』



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