第17話:幼馴染と思惑



幼馴染の部屋から変なものを拾った。

いや、うん。マジ笑えるもの。

ゴミ箱の裏からグシャグシャになった紙クズみたいなのが落ちてたから、何の気なしに拾ってみた。


もちろん、その場に幼馴染は居ない。

どうせコンビニにでも行っているんだろう。

部屋の主が居ようが居まいが俺には関係ない。

この部屋が幼馴染、薫の部屋である時点でこの部屋は俺の部屋でもある。

そう、俺が勝手に決めている。


あぁ、話が逸れた。ゴミ箱の裏から拾った紙クズの話。

それ拾って開いてみたらさ、なんとラブレターでしたー。


ぶっ!!

ラブレターって……いまどきラブレターって!!

ケータイを筆頭とする通信機器の発達したこの時代で、未だにラブレターって!!

しかも、それを書いたのがあの学生時代暴れまくって、誰にも手に負えなかった幼馴染の薫だってのが一番ウケる。


ガラじゃねぇにも程があるだろ。

だから、コンビニから帰って来たら、あいつにこれを見せて死ぬほどからかってやろうって思った。

もう、アイツの事だから顔真っ赤にして、俺の事殴りかかってくるんだろうな、とか想像するとスゲェ楽しくて。


けどさ、ちょっと考えて、それはやめといた。

だってさ、何回もその手紙に目を通すうちにさ、なんか……こう、口じゃ言えねぇけど、すげぇなコイツって思っちゃって。

薫のヤツ、今まで一緒に居たけど、本当にこんな手紙を書く様な奴じゃなかったんだよ。俺らの中じゃさ。


口を開けば、ダリィ、めんどくせぇ、うぜぇの三拍子。

俺らが大学受験する時も、一人で最後までグダグダ遊びまわってたし。

幼馴染ながら、あぁ、コイツ人間の屑になれるヤツだろうなって、心から俺は思った。


てか、わりと最近までそう思ってたし。

バイトすりゃあクビになり、グダグダニートして、見事に親のスネかじって。

まぁ、俺らも大学でモラトリアム期間を謳歌してる最中だから、あんま偉そうな事は言えねぇんだけど、今までは俺はアイツよりはマシだって自信を持って言えてた。


けど、いつからだったっけ。

薫のヤツ、ウゼェとかダリィって言わなくなった。

変わったんだ、アイツ。

俺が面白半分であいつに押し付けた塾の清掃スタッフのバイト。

あれを始めてからあいつは、なんか微妙に変わったんだよ。


クズ……なんて間違っても言える奴じゃなくなった。

朝が苦手な筈なのに、薫は俺でも無理だと思う時間に毎日塾に行って掃除をした。

俺のおっちゃんがやってる塾だから、実は俺、前こっそり仕事してる薫の姿、覗きに行った事があった。


最初はやっぱからかってやろうとか思ってたんだけど、まぁ……その、正直そんな気持ちで仕事を見に行った俺の方が恥ずかしくなるくらい、あいつは真面目に仕事をしていた。


黙って黙々と机を動かして、掃除機かけて、雑巾かけて、窓拭いて、机拭いて。

その手際の良いこと。

どっかで手ぇ抜いてるかなぁとか思ってたのに。

ほんと……おっちゃんがいい人紹介してくれてありがとうって言ってきた意味が凄く良くわかる仕事風景だった。


で、俺はこう思ったんだよ。


ムカつく。

なんだよ、アイツ。

真面目に掃除なんかしちゃってさぁ、バカじゃねぇ?


って。

最初は何でかわかんねぇけどスゲェ腹が立った。

今思うと、あれ、俺の身勝手な嫉妬だった。

いつもグダグダやってるあいつを、俺はいつもどこかでバカにしてたんだ。

んで、バカにするついでに安心したりしてた。


コイツより俺はマシな人間だって。

けどさぁ、今思うと俺もスゲェつまんねぇ事考えたなぁって思うよ。

頑張り始めたあいつに腹立てたって仕方ねぇのにさ。


金と時間を浪費して大学まで行ってるくせに、なんか満たされない自分。

今までフラフラしてた癖にイキイキし始めた薫。

あぁ、俺、何やってんだろって。

掃除する薫を見てたら、スゲェ焦っちゃって腹たっちゃって。


ほんと、お門違いも甚だしい嫉妬だ。


だけど、今だったらハッキリ言える。

あいつはクズなんかじゃなかった。

俺もアイツみたいになりたいとさえ思ったんだ。


早朝から毎日欠かさず掃除に行く薫。

手を抜かず、自分の仕事をこなす薫。

愚痴を言わなくなった薫。

少し、優しくなった薫。


少しずつ変わっていった幼馴染に俺は、いいなぁコイツって今さらながらに思った。

清掃スタッフのバイト、紹介してよかったなぁって。


けど、そんな薫も最近はまたおかしくなってしまった。

いや、おかしくはないか。

ただ、昔に戻った……みたいな。

口を開けばウゼェ、ダリィ、めんどくせぇの三拍子だし、すぐキレるようになった。


こないだ、久々に薫が人を殴るのを見た。

ガキみたいな暴力。

自分ではどうしようもない現実を前に癇癪を起こす子供のような暴力。

他者に暴力をふるう薫の姿に、俺はなんだか気持が冷え切るのを感じた。

あぁ、コイツ、クズだって。


ただ、掃除にだけは毎日行ってるようだが、今まで文句なんか言った事なかったのに最近じゃ辞めてぇってずっと言ってる。

薫のヤツ、人間のクズに戻っちまった。


またクズになって俺を安心させてくれる存在に逆戻りした筈なのに、俺は納得いかなかった。


妙な気持が俺の気持を渦巻く。

クズじゃないだろ、お前。

どうしたんだよ……なぁ?


クズの薫と一緒に居た期間、約15年。

クズじゃない薫と居た期間、約半年。


たった、半年の付き合いしかない、クズじゃない方の薫。

けどさ、俺はどう考えても最近の半年のお前がいいよ。

腐っても幼馴染なんだからさ。

凄く楽しそうだった最近のお前の顔が、俺には一番人間らしく見えたんだ。


だから………、だから俺はアイツの部屋から出てきた……ラブレターっつうの?

アレ見てピンときたんだよ。

コイツだって。

薫を変えたのは絶対コイツだって。

薫は塾の講師の誰かに恋しちゃったんだってさ。


まぁ、恋愛であいつが変わったってのは意外だったが、そう考えれば最近のアイツの変化も頷ける。

つーか、薫が恋、ねぇ。

学生時代から女をとっかえひっかえしてたあいつから想像もつかないけど……なんか、恋で変わった幼馴染ってよくね?


つーことで。

マジさ半分、おふざけ半分。

いつもの俺のスタンスで、俺は腐れ幼馴染の為にひと肌脱いでやる事にしたよ。

俺がこの手紙の相手を探し出してやる。

まぁ、おっちゃんに聞けば早いだろ。


けどさぁ、個人情報のなんたらかんたらーとか言って絶対教えてくれなさそうなんだよんぁ。おっちゃん堅いから。


まぁ、でも?

その場合、俺にはもう一人、あの塾の関係者で有力な人物握ってるから問題なし。


俺のサークルに今年から入って来た後輩君。

現在大学1年の本村洋。

確か彼、新歓の時にあの塾でバイトしてるって言ってた。

薫に紹介しようと思ってた矢先だったから、よく覚えてる。


先輩の俺が聞いてるんだから、彼なら絶対答えてくれるよなぁ。

なんたって俺サークルじゃ結構有名だしね。


怖い、ってさ。





瀬高 睦

他人の恋路を楽しむ

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