第2話:不良と幼馴染



 深夜11時。


 ある市街から少し離れた商店街、東側路地入って右側。

 そこに一つの小さな一軒家がある。

 世帯構成人数4名。内訳、クソ親父、クソババァ、クソギャル妹、そして俺。

 実は一人既に家を出て別世帯を構成するクソ兄貴も居るのだが、ソイツは今この家にいねぇから詳しくは知らん。


昔からある日本家屋の為、相当ボロい。


 一応、互いのプライバシー的なもんを守る為に、妹と俺の部屋は襖で部屋は区切られているが、正直思春期には向かない家の作りだ。


 ちょうど思春期真っただ中のクソ妹は、常に生理中かとツッコミたくなる程、家ではキレまくっていてウゼェ。

 3人のクソガキを育て上げてきたクソババァは、今よくわかんねぇジャニーズにハマっており黄色い声を上げて喜色わりぃ。

 クソ親父は今日もまだパチンコから帰ってこねぇ。


 家族仲は上々。

 互いが互いの好きにやってるっつーこともあり、特にデカイ問題はない。


 が、一つだけデカはねぇが小さくもねぇ問題があるとすれば。


「かおるー、まぁたバイトクビになったってー?」

「うっせ、黙れ。帰れ」


 この俺、#杉 薫__すぎ かおる__#だ。


 俺は、俺の隣でタバコを吹かす幼馴染みに目をやると、ちっと舌打ちをした。

 そんな俺をコイツは心底面白いと言わんばかりに腹を抱えて笑っている。


 いや、マジでぶっ殺していいだろうか。


「かおる、お前、ヤベぇって。21にもなって未だニートとフリーターの間行き来って!マジ最悪だなぁ、お前!しかもニート期間の方が圧倒的に多いって!もうフォローのしようがねぇよ!」

「黙れっつてんだろうが!ぶっ殺すぞテメェ!」

「あはははー、マジそう言う八つ当たりやめてー!この腐れニート!」


 マジで、ぶっ殺してぇ。

 ケタケタと愉快そうに笑うコイツを、俺は心底ぶん殴りたくて仕方がない衝動に駆られた。

 そう、先程このクソ幼馴染である#睦__むつみ__#が端的に説明した通り、俺は21歳で今日何度目ともわからぬバイト先をクビになった。


 いつもそうだ。

 睦は俺がバイトをクビになる度に俺の家に来ては、俺の不甲斐なさを鼻で笑いやがる。

 俺は今年の春、めでたくもクソもねぇ21歳という年齢を迎え、つい先程フリーターからニートへと逆戻りした不甲斐なさマックスのニート男なのである。


 別に、俺は自分が定職に就いて居ないからと言って、その事実を悲観しているわけではない。別に定職になど就いてなくとも、自分一人で生きていけるだけの稼ぎがあるならば、別にフリーターだろうがなんだろうが構わないではないか。


 そう、俺は内心隣に居る腐れ幼馴染に悪態付いてやろうと思ったが、その言葉は、結局、口をついて出る事はなかった。

 それを言った所で、コイツが次に俺に言う事はわかっている。


『すねかじりのニートが何言ってんだよ、バーカ!』


 そう、俺は(内心)偉そうな事を言いつつ、結局は親のすねをかじっている、やはり不甲斐なさマックスのニート男なのだ。

 そんな俺は、この何の問題もない普通の家庭で、かなり肩身の狭い思いをして住んでいる。

そりゃそうだ。定職はおろかアルバイトすらやってない息子をクソババァやクソ親父が良い顔をするわけがない。


『アンタがまともに働いてれば、私だってジャニーズのコンサートに行けるのに』

50のババァが気色悪い事言ってんじゃねぇよ。


『お前が働いてりゃあ俺も大当たりまで玉打ってられんのによう』

パチスロ歴40年の癖に大当たりなんか一度もねぇクソ勝負師が何寝言言ってんだ。


 と、日々言われ続ける戯言に言い返したいのは山々だが稼ぎのねぇ俺には文句さえまともにいえねぇ。


 いや、まぁこないだは襖をぶち破ってキレてしまったが。

 申し訳ないとは、一応、俺だって思ってはいるのだ。こんな俺だって、当たり前だが好きでニートをやっているわけではない。


 高校の頃からヤンチャばかりしていた俺は、就職する当てもなく高校を卒業すると、そのまま自動的にフリーターの道を歩むことになった。

 しかし、そのフリーターも、この悪友が今しがた言ったように長くは続けられなかった。


 そう、すぐに俺は問題を起こすのだ。

 基本的に高校時代、好きな事を好きなだけやってきた俺は、故に我慢と言う行為が全くもって苦手だった。


 接客業で他人に気を遣う事はもちろん、先輩後輩の上下関係、挙句にはコツコツ仕事をこなすような地味な作業も何一つ上手くこなせた事がなかった。

 行く先行く先、問題を起こし仕事をクビになる内に、俺はとうとう働く意思事態が欠如し始めた。


 所以、クソニートの完成だ。

 めんどくせぇ、だりぃ、うぜぇ。

 何やっても上手くいかねぇ。どこ行っても迷惑ばかりかける。

 学生時代にやってきた暴走行為のツケが、今ここで一気にきてしまったようだ。


「おい、腐れニート」

「ってめ!マジぶっ殺すぞ!!」


 俺が若干リアルに落ち込み始めた時に、隣に居るこの腐れ幼馴染はニヤニヤした顔で俺に1枚の紙を差し出してきた。

 こんな時の、この睦の表情は余り俺にとってよくない事をもたらす時の顔だ。

 気をつけなければ。


「何だよ、こりゃ……」

「きゅーじーん!かおるさぁ、ほっとくとクビになった後はぜってー2カ月はくだくだニート生活じゃん?だから優しい俺は、お前の名前で履歴書郵送して、ばっちりバイトをゲットしておいたわけよ!」

「はぁ!?ふざけんじゃねぇよ!?」


 なに勝手な事してくれてんだコイツ!?

 俺はリアルに目の前の幼馴染をぶん殴ろうと拳を振り被ると、コイツはニヤニヤした顔のまま俺に紙を押し付けてきた。


「いいと思うよぉ。俺はそのバイトー。お前すーぐ他人と揉め事起こすじゃん?けど、それならお前一人で出来るバイトだし、そんなに難しい事はしなくていい。な?最高だろ?」

「……塾の清掃スタッフ?」


 無理やり押し付けられた紙に、俺は仕方なく目を落とすと、そこには1色刷りの紙に『清掃スタッフ募集』と簡潔に書かれていた。


「な?それ、俺の知り合いのおじさんがやってる塾なんだけどさー。今、丁度清掃スタッフ募集してるっつーから、かおるの事言ってみたわけ。そしたら、おじさんがお前に是非やってみないか、ってさ。それなら1日1時間程度しか働く必要もないし、髪も服装も自由だし、これからニート期間突入する気満々のお前には丁度いいリハビリだろ?」

「…………」


 確かに。

 俺は紙に書いてある記載事項を見ながら、先程までのコイツに対する怒りが薄くしぼんでいくのを感じた。


 清掃なら、一人でやれて、他人に気を遣わなくてもいいし、正直働きたくねぇと心底思ってる俺にも丁度いい短時間バイトだ。

 しかも、クビになって速攻で染めた俺の金髪に黒メッシュという髪型も、全く問題ない。

 更に言えば、クソ親共には“一応”働いているという体裁も繕えて、今ほど肩身の狭い思いをする必要もない。


 掃除っつーのが、どうも俺の性分に合わない気もするが、まぁ、そこは目を瞑ろう。

 何だかんだ言っても、コイツは腐っても幼馴染だ。伊達に一緒に長い時間を過ごしてきたわけじゃねぇ。


「(俺の事、よくわかってんじゃねーか)」


 俺は多少の気恥かしさを覚えながら、隣で笑う幼馴染を見るとコイツは俺の肩をポンポンと笑顔で叩いてきた。


「ま、朝は早いけど頑張れよ」

「あ?朝だと?」


 俺はニヤニヤと笑うコイツに、再度紙へと目を落とす。

 すると、そこには清掃時間午前7時~8時というとんでもない時間が記載されていた。


 午前7時~8時。ありえねぇ。

 朝に関してはすこぶる弱い俺は、その時間を見てクラリと眩暈がするのを感じた。


「まぁ、辛くなったらすぐ辞めればいいじゃん?俺、宮野達とお前が今度はどんくらいもつか賭けてるし。早く辞めてくれた方が俺的には好都合だわ」


 明らかに悪意バリバリの笑顔で俺を見る腐れ幼馴染に、俺はピクリと表情が引きつるのを感じると、必死で拳を握りしめながら口を開いた。


「…………へぇ、お前は一体俺が何日もっつって賭けてんだ?」

「2日」



 俺は笑顔で言い切った幼馴染に、渾身の力を込めて殴りかかった。

 ぶっ殺す。




杉 薫

21の春、友情の脆さを知る。

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