八章「ワラビでございまーす」

33. ワラビの変な歌

 みなさんこんにちは、ワラビでございまーす。

 ではさっそく一曲。


 ♪ ネギしょたカモ追って、包丁おっとしたぁ~♪

 ♪♪ 見とったオッサン、ひきつっとぉるぅ♪

 ♪♪♪ アマガエルも、ひくりかえとぉるぅ♪

 ♪ じゃぶじゃぶ、じゃぶっと雨ですにゃあぁ~♪


 ごめんなさーい、二番以降は無理。

 適当に作ったからねぇ、うふふふ。


「ワラビ姉さん、相変わらず陽気だね」

「あらクリオ。あんたこそ陰気ね。もしかして陰金田虫君いんきんたむしくんかしら?」

「ちょっとやめてくれよそれっ。下品だよワラビ姉さんは」

「下品と言えば留学りゅうがくさん」

「面白くないよ。つうか全世界のさんに謝るべきだと思うよ。失言でした未熟でしたアホでした、だから前言撤回しますってね」


 ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのよ。想定外よ想定外。

 でもね、あたしはちゃんと謝るわよ。決して開き直ったりごまかしたり、切れたりも斬りつけたりもしないわ。秘書のせいにもしないわ。逃げ出したり自殺したりもしないわ。


「クリオよく聞いておきなさいよ。あたしが謝り方を示してあげるから」

「は?」

「すぅ~~~~~っ。失言でした暴言でした未熟でした阿保あほでした馬鹿ばかでしたかすでしたぁーだから前言撤回いたしまーす許してくだしゃ~い悪いのは全部あたしどぉえーす誰のせいにもいたしまへーん裏の爺さんのせいにもしないわよ~~~っと、はあはあはあ、はー、はぁ~~。えー以上をもちまして本日の会見を終了させていただきまっす。はぁはぁはぁ、なんとか言えたわ。ど、どうよ、これくらいでいいかしら?」

「不祥事を起こした人か誰かに対するあてこすりで言ってるでしょ。それと裏に爺さんなんていないから」

「あらあ、あてこすりだってことバレちゃってるのね。じゃあもうこれ以上は言わないわ。あたしの品格にも関わるものね。これくらいでやめておくわよ」


 でもまあこんなふうにかわいい弟とふざけた会話ができるのも、あたしが専業主婦だからなのよ。

 そりゃああたしだって、パートタイマーでもしよっかなぁとか思うことあるけれど。家のローンだってあるしぃ。でもね、アツオさんが言ってくれるの。


『君は家にいてくれさえすればいいんだよ。ぼくが帰ったときに、その美しい瞳を見せてくれれば十分さ』


 あ~ん、もうアツオさんったらあ~。


「あたしってば世界一幸せな女なんだわぁ~。おほほほほほほ」

「ワラビ姉さん、ちょっと」

「何よっ」

「確かに姉さんは世界一幸せだけど、それより今日の夕飯は何?」

「あらあら何よぉあんたー、またここで食べるつもりなの? あんたの家じゃないわよ、ここは」

「いいじゃんかよ。オレだってたまには食費払ってんだから」

「それもそうね。ふふふふ」


 クリオは隣(あたしの実家なんだけど)に住んでるのよ。自分で家を建て直してね。スギナとキノコもまだいるわよ。二人ともあたしの妹なの。

 でもキノコはともかくとして、スギナは行き遅れかしらね。仕事が恋人みたいな感じなのよ。うふふふ。


「そうだワラビ姉さん。今夜はすき焼きでいいんじゃないの?」

「あらまた? あんたもすき焼きねえ。ちょっとだけよお……じゃなくてだめよ。だめだめ」

「ええー、いいじゃんか~」


 ――ビンボヨヨ~ン


「あら、お客さんかしら?」

「誰だろ、借金取りかな?」

「そんなわけないでしょ!」


 ――こんちわぁ。クリオー、きてるんだろ~


「あ、やべえ。オレ草雄くさおと約束してたんだよ。じゃあワラビ姉さんまたねっ」

「ちょっとクリオ。宿題はちゃんとやったの~」

「んなもんねえっての!」


 あらやだクリオはもう学生じゃないものね。いつまでも同じ口癖がつい……。

 さてとぉ、献立まじめに考えないとね。すき焼きも悪くないけど、今月も厳しいしぃ。


 すきや~きはおいしいけれどぉ♪

 たっかいのはぁい・や・よぉ~♪

 それじゃあ何がやっすいのぉ~♪


 あらやだ、ばかねあたしって。うふふふ。

 えっとえっとなんだっけ。そうそう広告ちらし広告ちらしっと。あら、また交通事故。いやあねえ近くだわここ。


「ワラビお姉ちゃん、どしたの?」

「あらキノコいらっしゃい。あのね、ひき逃げですって。ご近所よ、ほらこれ」

「ふうん。あっそれよかアタシちょっとでかけるんだけど、かえりになんか買ってこようか?」


 キノコはよく買い物をしてきてくれるから助かるわ。


「そういつも悪いわね。それじゃあ、ひき肉お願い。あと椎茸・人参・玉葱も。玉子も安かったらね」

「うんわかった。でも今夜なに作るの?」

「チャーハン」

「ふうん。じゃあ行ってきまあす」

「車に気をつけるのよ~」

「はあい」


 さてと新聞はもう十分。暗いニュースばかりで嫌になるもの。

 実はあたしの両親は、八年前に二人で歩いてるところを車に突っ込んでこられたの。どちらも即死だったわ。運転してたのは、当時十七歳の少年で麻薬の常習者だったの。キノコと同じ歳だから、今頃は社会に出て普通に暮らしてるのかしら?

 あーあ、思い出してまた暗くなっちゃったわね。そうだわ、こんなときこそ明るい顔をしていなきゃ。もう少ししたらアツオさんも帰ってくるものね。


 ――ピー ピー ピー ピー ピィー


 あら乾燥機とまったわね。それじゃさっそく畳みましょうか。

 じゃぶじゃぶ、じゃぶっと雨ですにゃあぁ~♪ なんてね、うふふふ。

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