蛇の婿入婚

 今更ながら『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ、白泉社)にハマりました。巴衛も奈々生もかわいい。

 異類婚姻譚というか、妖怪というか、こういう現代ファンタジーが好きで物語を書き始めたのに、長編としては出してないなと気づいた今日この頃。

 カクヨムコンで出したいと夏から書き進めてたのですが……カクヨムコンに間に合うかは、30%ぐらいの確率かな(あれぇ?)。長編2作エタっているので、ちゃんと完結させてから出したいけど参加もしたい……ううう……。

 なんでカクヨムコンは冬なの……寒い……。


 しかも無月弟さまが最近投稿した『蛇の目をした王子様』https://kakuyomu.jp/works/16816700428239089372

 を読んで、私が今書き進めているヒーローも「蛇の妖怪」「目つきが怖い」「昔話で正義から押し付けられた『悪役(被害者)』」なんですけどどうしましょう。被った。弟さまとどこまでも趣味が合う。合いすぎてる。ちくしょうこれは花とゆめでユニゾンしちゃったパターン(怖いあの男の子は実はめっちゃ優しくて誠実というギャップ)。私のはどっちかというとFateの影響だけども(本当は善人だった悪役の物語が好きなんです。マレフィセントとか)。




 と、前フリが長くなりましたが、『蟹の恩返し』の話を読むと、そう言えば蛇との婚姻って婿入婚が多いなーって思いました。『鶴の恩返し』とか、女性に化けるじゃないですか。これって鶴の恩返しより、蛇との結婚の話が古いからでしょうかね。


 日本の婚姻は、平安時代までは「婿入婚」でした(男は役職のために位の高い正妻と結婚し、恋愛で側室をつくるのです)。なので、財産や家は女系だったのですよ。子供も母の家に属していたので、異母兄妹なら結婚も出来ました(同じお腹だとアウト)。

 平安時代より前は、家とかほぼありませんから(家は役職が出来て、子に後を継がせるために出来た)、結婚も離婚もゆるゆる。疎遠になったら離婚、みたいな。結婚しても夫婦一緒に住むとは限らないし(『妻問婚』)。

 嫁入婚が武家で主流になるのは、だいたい室町時代からと言われています。


 蛇の婿入婚が古い話だとわかるのは、実は『肥前国風土記』からもわかります。

 唐津に伝わる松浦佐用姫伝説では、朝鮮遠征に行く夫を見送り、別離の悲しみのあまり泣きはらして岩になったと言われています。

 しかし、『肥前国風土記』に登場する佐用姫と同一視される「弟日姫子」は、次のようになっています。


「夫の出国から五日後、夫に変身した大蛇が現れ恋仲となった。しかし大蛇を怪しんだ彼女は大蛇に麻糸をとりつけ、後を追い、大蛇の住む沼を突き止めた。そこには蛇の頭をした人間がいた。

正体と家がバレた蛇は、『一晩一緒に過ごしてくれたら家に返す』と弟日姫子に約束したが、その後、逃げた侍女によって知らされた親族たちが押しかけると、弟日姫子の姿はなく、遺骸が発見された」


 こう聞くと蛇が「夫のフリしてたぶらかし、『一晩いてくれたら帰す』と約束したのに弟日姫子を殺した」という、とても悪い奴に見えますが、実際のところはどうでしょう。



 ポイントは、「領巾」にあります。松浦佐用姫伝説は、領巾を振りながら、船に乗った夫を見送っていました。

 後にこれは、「袖振る」と同一視され、「愛する人との別れを惜しむあまり、ギリギリまで追いかけて絶望し、岩になった」と言う話になるのですが(「袖振る」は万葉集において恋人との別れを惜しんだり、愛情表現として使われる)、

 日本神話において、「領巾を振る」というのは、災いなどを払うまじないの一つです。

 有名なのが、大国主とスセリヒメの結婚の話。スセリヒメと結婚するために大国主がスサノオの試練を乗り越える際、スセリヒメが領巾を渡しています。これを振ることにより、大国主は見事試練を突破しました。


 つまり弟日姫子は、夫の安全を祈って領巾を振ったのだと思われます(袖振るにも旅の安全を祈るという説がある)。

 となると、この蛇との結婚もまた、「悲しみにくれた弟日姫子は、正常な判断が出来なかったため、夫に変身した蛇に騙されて死んだ」のではなく、「夫の身の安全と引き換えに、蛇神と結婚した」のではないでしょうか。遺骸は恐らく、「神の世界に属したため、人の世から外れた」という意味だと思われます。何故なら風土記は「弟日姫子の遺骸」とはっきり書いてないから(皆が弟日姫子だと言うので墓を作った、としか書いてない)。

 私の持説はともかく、夫・大伴狭手彦は、その後ちゃんと帰ってきます(そして妻の菩提を弔う)。

 弟日姫子(佐用姫)は、かつて大陸の門であった唐津の豪族の娘なので、帰ってくる可能性も、死ぬ可能性も、どちらもよく分かっていたんじゃないかなあ……と思うのです。だから泣きつかれて岩になるのは、早まりすぎな気がする。


『蟹の恩返し』のように、蛇婿婚の多くは、人間側が約束しておきながら見事裏切る話が多く存在します。そんな話が多い中、弟日姫子は伝承では書かれてない一晩のときに、自分の判断で蛇と取引したのではないでしょうか。

 蛇は「一晩いてくれたら家に返す」と言ったのに、弟日姫子が帰らなかったのはそういうことかなあと。


 なお時代を下ると、唐津の大蛇は鎮西八郎により退治されます。何で蛇ってこんなに悪者にされるんだ。神様なのに。弁財天の使いなのに。


(※なお、泉鏡花の『夜叉ヶ池』のモチーフになった夜叉ヶ池の伝説の娘は、雨乞いと引き換えにちゃんと約束を守って嫁に行き、龍になる。ただし蛇と約束するのは父親である。勝手に約束するなよと思うのは私だけだろーか)


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