レッスン6「ホーンラビット (6/7)」

「すまなかったね……謝るよ。この通りだ」


「あははっ、ざまぁ見ろ!!」


 頭を下げるお師匠様と、そんなお師匠様をののしるエンゾ。

 対して、ドナとクロエは勝負云々とは別で純粋に嬉しそうだ。

 彼らは、なんと2体の治癒一角兎ヒール・ホーンラビットを退治することに成功していた。

 ツノは納品して収入になるし、肉は自分たちで食べても良し、肉屋に卸しても良しだ。


「それで? お前らは1体も捕まえられなかったわけだけど、どうしてくれるんだ?」


 ニヤニヤと笑うエンゾ。


「そうさねぇ……」


 お師匠様はギルドで受け取った依頼書を取り出して読み、


「ツノ1本当たりの買取価格である小銀貨1枚を支払おう。どうだい?」


 ヒール・ホーンラビットのツノは治癒ポーションの材料になる、高価な素材なんだ。

 お師匠様が懐から金貨袋を取り出し、エンゾの手に小銀貨1枚を乗せる。


「いいぜ! へへっ、まいどあり!」


 小銀貨を懐にしまったエンゾが、やおら僕の顔をのぞき込んで来て、


「残念だったな、この――…愚図ぐず!」



   ■ ◆ ■ ◆



「年下にあんなに言われて……お前さん、悔しくはないのかい?」


 エンゾたちと別れてから、城塞都市の、宿への道すがらでお師匠様が聞いてきた。


「僕は、別に……」


 僕自身が馬鹿にされるのは、べつに悔しくない。

 耐性スキルのこともあるし、もうすっかり慣れっこになってしまったんだ。


「はぁ~……その性根を叩き直すのが先か、体力をつけさせるのが先か……」


 ――――けれど。

 お師匠様に頭を下げさせてしまったことは、悔しかった。

 そんな感情がまだ残っていることに、僕は驚いている。


「やっぱりまずは、魔力のから、さね」


 この悔しさを糧に、僕は――…


「……って、え? 魔力の、よう……何ですか?」


「養殖、さね」


「よ、養殖……」


 なんだろう、この、聞きなれない言葉は。



   ■ ◆ ■ ◆



 美味しさの暴力みたいな食事と、気持ち良さの奔流のようなお風呂のあと。


 ――――お師匠様が、僕の部屋にやって来た。


 お風呂上りらしく、長く美しい金髪がしっとりしている。

 絶世の美女であるお師匠様が部屋着ということもあって、ものすごくどぎまぎする。


「ほら、じゃあベッドに上がりな」


「――――えっ!?」


「ったく……変なこと考えるんじゃあないよ? まぁ、儂のするのなんて、無理な話だけれどねぇ」


 お師匠様が、人形のように整った顔を悩まし気に微笑ませる。


「ほら、ベッドにお座り」


「は、はい……」


 言われるがまま、指示された場所に座る。


「座り方は、こうだ」


 ベッドの上でふたり、向かい合って座る。

 ズボン姿のお師匠様が、足を胡坐あぐらのように組む。


「こうですか?」


「違う違う。こっちの足をこうやって――」


 お師匠様が僕の足の形を変えてくる。


「いたたたたッ!?」


「『坐禅ざぜん』、というのさ」


「ざ、ざぜん……?」


「慣れないうちは足や膝が痛いかもしれないが、慣れればこれが一番、精神統一――魔力操作のしやすい姿勢になる。ほら、背中はとおし」


「はい!」


 慌てて背筋を伸ばす。


「いい子だね」


 お師匠様が器用にも坐禅のままこちらににじり寄って来て、膝と膝が当たるか当たらないかというところで止まる。

 そして、右手を差し出してきた。


「握手だ」


「はい……?」


 言われるがまま、手を握る。途端、


「うわっ!?」


 目まいがした。


「いま、【吸魔マナ・ドレイン】でもってお前さんの魔力を半分ほど吸った」


「え、はい……ッ! え? え!? む、無詠唱!?」


「逆に吸い返しな」


「いやお師匠様、いま無詠唱で――」


 無詠唱は省略詠唱よりもずっとずっと高度な技――魔法使いの奥義とも言うべきものだ。

 この街の冒険者で、無詠唱ができる魔法使いは、いなかったはず。


「そういうのはいい。【吸魔マナ・ドレイン】なんて初級魔法だろう? 無詠唱くらいできるさね。ほら、さっさと吸い返す!」


「え、えぇぇ……僕、闇魔法スキルなんて持ってませんし、【吸魔マナ・ドレイン】も使えませんよ?」


「使って見なきゃわかんないだろう? ほれ、【闇の神ハデスよ】――」

「や、【闇の神ハデスよ】!」


「【目の前にたたずみしか弱き命を】」

「【目の前に佇みしか弱き命を】……」


「【御身おんみの冷笑によくせしめ】

「【御身の冷笑に浴せしめ】」


「【その命を吸い上げたまえ】」

「【その命を吸い上げ給え】」


「「――吸魔マナ・ドレイン】」」


 ……………………………………………………。


「まぁっっっったく吸えていないさね」


 引きつり笑いのお師匠様。


「あ、あはは……お前さん、本当に【収納アイテム空間・ボックス】以外に能がないんだねぇ!」


「だ、だ、だ、だか”ら”言”った”じ”ゃな”い”で”す”か”~~~~ッ!!」




***********************

 ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございます!

 本作は完結まで毎日投稿し続けますので、何卒引き続きのお付き合いをよろしくお願い致します。


 次回、主人公・クリスの魔力が爆上がり!?

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