伯爵令嬢はヤンキー殿下の婚約破棄を認めない!

ゆちば@「できそこないの魔女」漫画原作

第1章 婚約破棄をしたいのは

第1話 不良デビューは突然に

 長かった紅蓮色の髪を切り落とし、サイドはバリカンがないので器用にハサミで刈り上げる。トップはポマードを髪の根本から馴染ませ、動きを付けてセットする。

 堅苦しいブレザーは肩からマントのように羽織り、シャツのボタンは大きく開ける。スラックスはもちろん腰位置で履き、両手はポケットに突っ込んでおく。


「よし。これで舐められねぇ」


 魔術大国アルズライト王国の第二王子かつ王位第一継承者であるルディウス・フォン・アルズライトは、自室の鏡を鬼の形相で睨みつけながら頷いた。

 ついでに、「あぁん?」とドスの効いた声を出す練習を何度か繰り返し、しっくりきたところで壁の時計を見上げると、とっくに一限目の授業が始まっている時間だった。


 普段ならば、取り巻きの令嬢たちと共に教室の一番後ろの列の席を陣取っているところだが、今日からは遅れてもサボってもかまわない。


 ルディウスはドアを乱暴に蹴り開けると、ポケットに手を突っ込んだままの姿勢で学生寮の廊下を風を切って闊歩する。

 周りの生徒たちの戸惑いの声や視線はガン無視する予定だったが、あまりに耳障りなので眉根を大きく寄せて「あぁん?」と睨みつけておく。



 ここは、王国屈指の魔術名門校――国立魔術学院。

 全生徒の憧れ、未来の統治者である王子ルディウスは、昨日行われた18歳の誕生祭を境にまるで別人のように生まれ変わっていた。

 そう、彼は――。


「る、ルディウス殿下ですよね? そのお姿はいったい……?」


 名前が分からない取り巻き令嬢ABCがおそるおそる話しかけてきが、反射的にガンを飛ばすルディウスに怯えた様子で後退る。

 誰だ、めんどくせぇなと、ルディウスは思わず舌打ちをしてしまう。


「最高にいかした不良ヤンキースタイルだ! 文句あんのかよ?」

「あっ、ありません!」

「なら、とっとと散れよ」


 ルディウスが不快感を隠さずに言い放つと、令嬢たちは「殿下がご乱心だわ!」、「悪霊に憑りつかれたのではないの?」、「影武者でなくって?」と、悲鳴に近い声を上げて逃げ去っていく。

 だが、特に罪悪感は感じない。寧ろ、今後彼女たちがまとわりついて来ないだろうと思うと、胸が空く思いだ。


(俺は今日から一匹オオカミだ。もう、誰も寄せ付けねぇ)


 ルディウスは、ラズベリーブルーの綺麗な髪をした少女の姿を思い浮かべた。

 幼馴染の伯爵令嬢マルティナ・リタ・ローゼン。

 美しく、気高く聡明な令嬢。軍務卿の一人娘で、ヒールを履くとルディウスの身長に追いついてくるくらいスタイルが良い。

 昨日までのルディウスは、いつも強気で正論を述べてくる彼女が苦手で仕方がなかったのだが、それは過去の話だ。


(今の俺なら、はっきり言えるぜ。婚約破棄するぜ‼ ってな!)


「首、洗って待っていやがれ! マルティナァッ!」


 不良ヤンキー王子ルディウスの気合いの咆哮が魔術学院中に響き渡り、物語は幕を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る