第1話・漂着船
ソフィアの後に付いて、しばらく進むと岩場に船が漂着しているのが見えた。
その船は、海軍のフリゲート艦より、ふた回りほど小さく、唯一のマストは折れていた。
船体は一部が岩場に乗り上げている状態で、波の影響を受けて船体は少し上下している。
二、三週間ほど前、大きな嵐がアレナ王国沖で発生していたというのを聞いた。その影響だろうか。
このような漂着船がたどり着くのは、これまで、数年に一度程度聞くことがあったが、実際に見るのは今回が初めてだ。通常、漂流船の処理は海軍が行っている。
我々は漂着している船に近づいた。岩場を足掛かりに、うまくよじ登れば甲板に立てそうだ。
私はうまく船の縁に手を掛けて、腕に力を入れた。
体を持ち上げると甲板上が目に入った。そこには数名の人が倒れているのが見えた。
私は思わず「あっ」と声をあげた。
まずは、甲板上に登りきり、次に下で待っているオットーとソフィアに手を差し出して、次々に引き上げた。
二人も甲板上に倒れている人を見て息を飲んだ。
倒れているのは、よく見るとすべて子供だった。その数は、十人程度。見たところ六、七才から十二、三才ぐらいまで。いずれの子供も肌の色がやや褐色で黒い髪。これは南の大陸の出身者の特徴である。
鼻を突く異臭がする。私は思わず手で鼻と口を覆う。
念の為、倒れている一人に歩み寄り確認するも、やはり絶命していた。
ほかの倒れている子供の様子を三人で手分けしてみたが、すべて死んでいた。
「中も調べてみよう」
私は船内に続く扉を開けた。
扉を開けるとすぐに、部屋に大勢の子供達が倒れているのが見えた。
「これは酷いな」
私は目を背けそうになるのを我慢して、少々暗い船内を見つめた。
「ルツコイ司令官に報告した方がいいな。軍に応援を頼もう」
私はソフィアに向き直って言う。
「ソフィア、城に戻ってルツコイ司令官に報告してきてくれないか?」
「わかりました」
ソフィアは甲板から岩場を伝って降り、城へと向かった。
残った私とオットーは船内の捜索を続ける。
船内に入ってすぐの大勢の子供達が倒れている部屋の更に奥に扉が見えた。
私とオットーは倒れている子供達を踏まないよう、足元に気を付けながら前に進む。
そして、奥の扉までたどり着く。扉には大きな錠前がかかっていたので、私は剣を抜いて錠前にたたきつけた。剣を何度かたたきつけると錠前は破壊され、私は扉を開けた。
中は小さな部屋だった。
真ん中にテーブルが一つ。それに寄りかかるように、椅子に座った子供がいた。子供は十五歳ぐらい、黒い長髪の少女だった。
近づくと僅かに息をしているのがわかったので、私はその少女の体を起こし声を掛けた。
「おい! 大丈夫か?」
声を掛けるも反応は薄く、ほとんど聞こえないぐらいの呻き声を発するのみだった。
まず、彼女を床に横に寝かせた。自分の上着を丸めて枕代わりにする。
「今は、これぐらいしかできない」
私はそう言って立ち上がり、改めて部屋の中を見回してみた
テーブルの上には彼女が使ったのであろう、何ものっていない皿とスプーン、空のカップがあった。他には何もない。
彼女や、手前の部屋や甲板上で倒れていた子供達の服は粗末なものを纏っていた。
しかし、子供だけなのは気になる。大人は? この船の船員達はどうしたのだろうか?
二時間ほどたった頃、司令官ルツコイが帝国軍兵士を五十名ほど連れて、ソフィアの案内で漂着船までやってきた。その中に軍医のアリョーナ・ザービンコワもいた。
ソフィア、ルツコイ、ザービンコワ、兵士たちは次々に甲板に上がる。
ルツコイは甲板の様子を見て私に声を掛けてきた
「ご苦労」
「少し待ってください」
私はルツコイを制止して、ザービンコワに先に声を掛けた。
「奥の部屋に生存者いる、先に見てくれないか?」
「わかったわ」
私とザービンコワ、ルツコイは船内の奥に入り生存者のところに向かった。
ザービンコワは倒れている少女のそばに座った。
まず、水筒を取り出し水を口の中へ少し注いだ。
少女は再び小さく呻き声を出した。
「この子を急いで城の医務室へ運びます」
「いいだろう、任せる」
ルツコイの返事を聞くとザービンコワは他に兵士に言って少女を担ぎ出して船から降ろし、運ばせた。兵士達は手際よく布で担架を作り、少女を運んで行った。
ザービンコワは他の倒れている子供達を次々と調べていく。
その様子を見ながらルツコイは私に尋ねた
「これはどういうことだ?」
「倒れているのは子供ばかりでしたが、私には皆目見当がつきません」
私はこの街での漂着船の事情について知らないであろうルツコイに説明を続ける。
「ここでは漂着船はたまにありますが、大体、嵐などでマストが折れ操船できなくなった貨物船です。しかし、こんな子供ばかりの船は初めてです」
「見たところ南の大陸からの様だな」
「はい。そうすると、かなり長いこと漂流していたと思われます」
南にある大陸“ダクシニー”は我々のいる“色彩の大陸”から船で通常でも三週間もかかる距離にある。
そんな中、ただ一人生存していた少女は気になるところだった。
しばらくして、子供達を全て見終わったザービンコワが私達に声を掛けた。
「残りの子供達は全員死んでいました。全員痩せ細っていて、おそらくは餓死かと。遺体の傷み方から死亡して二、三週間は経っていると思われます」
「そうか」
ルツコイはそう一言言うと他の兵士に命令をして子供達の遺体を移動させて陸で埋葬する様に命令をした。
私とオットーも兵士たちと一緒に遺体の埋葬を手伝い、夕刻には城に戻ることになった。
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