第17話 同居人


 お使いに出した王子が帰って来たのは、随分と遅くなってからだった。

 日も落ちてしまった為、結局その日作品は完成せず解散。

 まあ焦って作らないといけない訳でもないし、全然問題は無いのだが。


 「にしても、綺麗なモンだねぇ」


 机の上に並べられているのは、本日テリーブ少年に描いてもらった様々な色の魔法陣。

 そして、王子に買ってきてもらった小さな魔石の数々。

 魔石は初めてみたが、粗削りの宝石って感じ。

 更には色も違ったり光に当てると違う色に見えたりと、もうコレだけで綺麗じゃんって言いたくなるような見た目をしていた。

 なんでも魔獣や魔物の心臓に埋まっているらしく、大物になればなるほど大きな魔石が取れるんだとか。

 凄いね、心臓に石って。

 胸が痛くなってしまいそうだよ。

 ちょっと想像出来ない。

 しかもコレが魔道具と呼ばれる“こちら側”の電化製品? みたいなモノの電池代わりになっているというのだから驚きだ。

 残量無くなったらどうなるんだろう? 塵になって消えるのかな?

 とかなんとか思いながら、指先でコツンと魔石を弾いてみる。

 マジで、感触は石。


 「不思議な世界だねぇ、やっぱり」


 ボヤいていれば、私が弾いた魔石を咥えて手元に戻してくれる浅葱。

 日に日に利口になっていくね君も。


 「アサギはコッチの方が好きー」


 「ん、そっちも綺麗だよねぇ」


 前足でフィルムシートをちょいちょいといじり始めたので、抱っこして膝の上に乗せてやる。

 本当に描いてもらっただけなので、爪なんか立てられたら普通に削れてしまうと言われた。

 当然私じゃ直す事も出来ないので、彼が居ない間に陣を壊してしまったら申し訳ない。

 なので、お手てを触れるのは厳禁です。


 「“向こう側”ならデジタルでツール使って何とか描けたけど……アナログでコレ描くのはかなり根気がいりそうだよねぇ」


 「アオイも描くのー?」


 「ん~、描けるようにはなりたいなぁ。 私も普通の魔法って使えないし」


 王子が帰ってくるのが遅かったので、何だかんだ皆と雑談しながら軽い作業をして過ごしていた訳だが。

 わたしでもちゃんと陣を描けるようになれば、付与魔法なら何とか使えそうだという事が判明した。

 何でも旧付与魔法と言われるモノらしいが、それでも魔石があれば誰でも使えるって凄い汎用性だと思うんだ。

 魔法が当たり前の世界では、陣を描いて魔石を用意してと色々な手間が必要なコレは不便なモノという扱いの様だが。

 まぁその辺りは、環境の違いで色々と考え方が変わるだろうから致し方ないけど。

 手間ではあるかもしれないけど、まだ色々活用法がある気がするんだけどなぁ。

 なんて事を思いながらも、色分けされた魔法陣を覗き込む。

 うん、何度見ても凄く細かい。

 コレでも簡単な方だって言うのだから、私が描けるようになるのはいつになる事やら。


 「アオイー」


 「んー?」


 「寝る~、おやすみなさいー」


 ポツリと呟いたかと思えば、クワァァと盛大な欠伸をかましてからベッドへと飛び移る浅葱。

 相変わらず早寝早起き仔猫です事。

 もぞもぞと布団の中へと潜り込んだかと思えば、数分後には静かになってしまった。

 その様子を見て思わず微笑みを浮かべてから、今日も日課となった“日記”を開く。

 アレから読み進めてみたが、やはり数が多すぎて中々“忘れる現象”の確信にたどり着かない。

 なるべく古いモノから読もうと一度整理してみた結果。

やはり最初期の方は余り気にしていなかったのか、“向こう側”の事を思い出さない時間が増えたから忘れちゃった、程度の認識だった様だ。

ソノ現象に本格的に気づき、恐怖を感じ始めたのがその数年後だった模様。

最初に読んだあの日記は、更にその数年後の物だったと思われる。

つまり、すぐすぐ“向こう側”の事を忘れてしまうという訳ではないという事は判明した。

少なくとも彼女が召喚され、絵描きとして名を売り、更に忙しい毎日を数年過ごしてからこの“現象”に気付き始めた、というくらいには時間の猶予がある様だ。


 「とりあえずは一安心……とはいえないのか。 忘れるって事は、忘れている事にすら気づいてない可能性もあるもんね」


 ひとまず“忘れている”という事に気付き始めた所までは読み切った。

 随分と時間が掛かってしまったが。

 とはいえコレばかりは数が数なので致し方ないだろう。

 ふぅ、と息を吐いてから次の日記を手に取ると、そこには。


 「ブッ!」


 ノート1枚使って、どこぞの映画で見た宇宙船とその船長が描かれていた。

 ホント絵旨いなこの人。

 鉛筆で描き殴った様なラフ画ではあったものの、見事なまでに大迫力のソレ。

 その絵の下に、『ミレニアム……いや、プレミアム? コンドル?』と書いてある。


 「惜しい」


 名称を思い出せなかったのか、それとも単純に覚え間違いか。

 いや、ココまでガッツリ描けているのなら覚え間違いって線は薄いか。

 なので。


 「ミ〇ニアムファ〇コン号とハン〇ロ船長でございますよ」


 なんて呟いてみた瞬間。


 『あぁ、そんな名前だったのね。 思い出せはしないけど、何となく懐かしい響き』


 「へ?」


 背後から、急に声が聞こえて来た。

 この部屋に居たのは私と浅葱だけ。

 その筈だったのに。

 今聞こえて来た声は、間違いなく浅葱のモノではなかった。


 『こんばんは、“異世界人”のお嬢さん。 “魔女”の家にようこそ……あぁ、今は貴女の家だったわね。 お邪魔しているわよ?』


 振り返ったその先には、まさに魔女と言わんばかりの恰好をしたお姉さんが。

 妖艶に微笑みながら、でっかい魔女帽子を傾け、手に持った煙管からは煙が上がっている。

 え? は? うん? 何処から入ってらっしゃいました?

 なんて声を掛けようかと思った訳だが。


 「か、体……透けてる」


 『そうね? だって幽霊だもの、仕方ないじゃない』


 「でも、足がある……」


 『“異世界”の幽霊には足がないの? 珍しいわね』


 普通に言葉を返して来る……魔女? 幽霊? の女性。

 色々と訳が分からないし、状況についていけないんだが。

 ぱくぱくと口を開閉しながら、とりあえず彼女の体を突っついてみた。

 指先に伝わる感触は……ない。

 でもちょっと冷たい、気がする。


 『信じて貰えたかしら?』


 再びニコリと微笑む女性は、その場でふわりと浮かび上がり「ホラホラ、幽霊ですよ~」とばかりにその辺を漂って見せる。


 「……」


 『聞いてる? もしもーし。 大丈夫?』


 再び私の近くに寄って来て、逆さまの状態でこちらを覗き込まれた所で。

 バタンッ! と音がする勢いでぶっ倒れた。

 叫び声を上げる訳でもなく、逃げる訳でもなく、私はその場で意識を失った。


 『ちょ、ちょっと!? 平気!? 凄い音したけど! 猫ちゃーん! 猫ちゃん起きてー!』


 やけに必死な叫び声を聞きながら、私の意識は徐々に闇に呑まれていくのであった。

 あぁ、異世界ってやっぱり凄い。

 私、生まれて初めて怪奇現象に遭遇しちゃったよ……。


 ――――


 「……ん、ん?」


 翌朝目が覚めると、私は普通にベッドの中で横になっていた。

 腕の中にはスヤスヤと眠る浅葱の温もり。

 そんでもって、普通に布団も被っている。

 あぁ、なんだ。

 結局昨日のは夢オチだったのか。

 きっと疲れていたんだろう、だからあんな変な夢を見てしまったに違いない。

 だって私、昨日床の上でぶっ倒れた筈なのに普通にベッドで寝てるし。

 いつ寝たのかは覚えてないけど。

 ハッ! まさかコレが日記にあった“忘れる現象”なんじゃ!?


 『いや、そんな訳ないでしょ』


 「へ?」


 どこからか、声が聞こえた。

 いや、聞こえたって言うより……頭の中に直接! ってヤツとはまた違うのか。

 何というか、昨日出合った幽霊さんの声で先程の言葉を想像した、みたいな?

 いや、でも何でそんな言葉考えた?

 まだ昨日の悪夢の影響が残って、心が参っているのか?

 だとしたら、今日はお休みにした方が良いかもしれない。

 なんて事を考えていると。


 『いや、憑依ってそういうモノだから。 霊体は体に憑くのではなく、魂に寄生するの。 だから、今私と貴方は違う存在でありながら一つの存在。 全く、急に倒れるんだもの。 運ぶ事が出来る腕が無いんだから、こうして自分の足で歩いてもらうしかないじゃない』


 「え、え? つまり私、幽霊に憑かれた? 悪霊が今この身の中に?」


 『誰が悪霊よ誰が。 むしろ貴女の体を気遣ってベッドに運んであげたでしょ? あのまま床の上で目覚めたかった?』


 もうね、この感覚が気持ち悪い。

 意識してしまうと、自身の中に他の何かが住まう感覚に気付く。

 そんでもって、まるで彼女の言葉を想像しているみたいに、思考の中にその声が浮かぶのだ。


 「ぬわぁぁぁ! 悪霊退散悪霊退散!」


 『だから誰が悪霊よ! あと、声に出さなくても大丈夫よ?』


 「っ! アオイ! どしたの!?」


 急に大声を上げた私に対し、ビクッ! と反応して浅葱がベッドから跳び起きた。

 警戒したように全身の毛を逆立てて、慌てて周囲をキョロキョロと見回している。


 『あら可愛い、よっぽど好かれているのね』


 「はぁ……どうも」


 「? 何が? 何も居ないよアオイ、どうしたの?」


 やはり彼女の声は聞こえて居ないのか、浅葱は首を傾げながら短い前足を私の膝の上に乗せてくる。

 あぁ、癒される。

 訳の分からない事の連続だけど、こうして浅葱を構っている間だけは忘れられ――。


 『おぉ~凄い毛並み、きもちぃ。 肉球もぷにぷに』


 「そこまで感じ取れちゃうの!? もはや感覚までハックされてますやん!」


 「!? アオイ、どうした!? なんか変!」


 眼をまん丸にして驚いている浅葱に「ごめんね」と謝りながら頭を撫でてから、ため息を一つ。

 なんか、本当に意味わかんない感じになって来た。

 結局なんなのこの幽霊は。

 そんでもって、結果からして取り憑かれたって事で良いのだろうか?


 『だねぇ、そう言う事になるかな。 いいじゃない、ちょっと暇な時に話し相手が出来たと思えば』


 「良いわけないでしょう……」


 「なにがー?」


 こうして、知らない間に同居人(体)が増えてしまったらしい。

 まさか憑り殺されたり、体が乗っ取られたりしないだろうな?


 『しないしない。 出来なくはないけどするつもりはないから、安心して取り憑かれて下さいな』


 「安心できるかー!」


 「アオイが変だー!」


 結局どうする事も出来ず、盛大なため息を溢してから朝食を作りにキッチンへと向かうのであった。

 あぁ、これからどうなるんだろ。

 取り憑かれているって考えるだけで、何か肩が重くなった気分……。


 『胸もそれなりに有るからね、肩こりは仕方ないでしょ。 あ、日記を読み返した限りでは“こっち側”のご飯を食べ続けたらスタイルが良くなったって書いてあったから、もっと大きくなるかもよ? 良かったわね』


 「余計なお世話です」


 その後もブツブツと独り言を繰り返し、一日中浅葱に変な目で見られてしまうのであった。

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