8.修行開始

 翌日。

 私はフィンラル様と一緒に書斎へ向かった。

 道中に廊下で話しながら進む。


「ライカ君とレナちゃんは、また中庭でお友達と遊んでもらっているから安心してね」

「はい。ありがとうございます」

「いいさ。弟子の修行が捗るように配慮するのも、師の役割だからね」


 話していると書斎にたどり着いた。

 先にフィンラル様が中に入り、本棚を背にして振り返る。


「さてさて! いよいよ今日から修行の始まりだよ!」

「はい! よろしくお願いいします先生!」

「先生か~ 何だかむず痒い響きだな~ うん、でも悪くない」


 少し照れくさそうに語る先生は、照れを誤魔化す様に笑う。

 

「じゃあさっそく修行を始めよう」

「はい!」

「そう緊張しないで。最初はまずお勉強からだ。術式を行使するために、その術式への理解が必要不可欠。他者から受け継いだ術式特に大事だ」


 生まれた時点で魂に術式が刻まれている者は、成長と共に術式のことを自然と理解していく。

 魂の成長に従って、術式そのものも成長する。

 しかし、他者から継承した術式は自分のものではない。

 感覚ではなく、頭で理解しなくてはならないというデメリットが存在する。


「君は術式を継承した。それだけで使えるわけじゃない。まぁ理解に関しては割とすぐに終わるよ。問題はその後だ」


 先生は左手に小さなぬいぐるみを生み出した。

 それを見せながら説明する。


「僕の術式『夢幻創造むげんそうぞう』は、空想を形にする。もっと別の言い方にするなら、夢を現実にするってことかな」

「夢を……現実に……」


 先生が異常なことを言っていると、子供の私でもわかる。

 魔術は様々な奇跡を体現する力だけど、何でも出来るわけじゃない。

 人の域を超える物は生み出せないし、知らない現象は起こせない。

 そんな中、夢を現実にするなんてこと、普通は考えられないことだった。


「正確には、僕の術式は幻影を生み出すことで、頭の中でイメージした物を魔力で形にする。ただの幻術は相手の脳に影響を与えて錯覚を見せるけど、僕の場合は高密度の魔力によって肉付けされた幻影。実態のある幻影だ」


 淡々と話す先生の言葉に耳を傾ける。

 正直、何を言っているのか半分も理解できなかった。

 何とか理解しようと頑張るものの、ピンと来ていないのが表情に出てしまっていたらしい。


「おっとすまないね。もう少しかみ砕いて説明しようか」

「ご、ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。僕の術式は、大人でも扱いが難しいんだ。前にも言ったけど、扱えたのは僕を含めて二人しかいない。君が三人目になれるかは君次第だ」

「私次第……」


 ごくりと息を飲む。

 ようやく訪れたチャンスを掴めるかどうか。

 掴めなければ明るい未来は閉ざされるかもしれない。

 目指す道は狭く険しい。

 私に出来るのか……そんな不安で頭がいっぱいになる。


「まっ、僕は君なら出来ると思っているよ。何せ君は子供だからね!」

「え?」


 私は虚をつかれて気の抜けた声を出した。

 先生はニコット笑う。


「意外かい? 僕の術式を扱う上で一番重要なのは想像力なんだよ。子供は大人よりも想像力が豊かで、何より自由だ。これは駄目、あれも駄目。大人のルールに縛られていると、想像にも縛りが生まれてしまう。子供らしい自由な発想こそ、夢を体現するのに重要なんだ」


 先生は言葉に熱を込めて語りながら、本棚から一冊の本を取り出す。

 魔術に関するものかと思ったら、意外にも童話だった。

 

「先生、これはただの絵本ですよ?」

「そうだね。君にはこれから、術式のついての勉強をしつつ、たくさんの物語を読んでもらうよ」

「物語? 絵本を読めばいいんですか?」


 先生はこくりと頷き続ける。


「想像して創造する……それには材料が必要だ。できるだけ突飛な発想があると嬉しいね。ありえないって物語のほうが、自由な想像に繋がるよ」

「え、えっと……とにかくたくさん本を読めばいいんですか?」

「うん、今はその解釈でいいよ。術式を理解していけば、僕の言っている意味がわかるようになる。そうすれば――」


 ふんわりとお花の匂いが漂う。

 閉ざされた書斎に優しい風吹いて、瞬きから開いた瞳には、一面のお花畑が見えていた。


「こんな風に、世界だって塗り替えられる」

「……す、すごい」

「これは全部、僕が想像した景色を魔術で現実に持ってきているだけなんだ。元になっているのは、僕がかつて見た実際のお花畑だよ」


 何となく、先生の言っていた意味がわかってきた。

 想像して創造する。

 材料と言うのは記憶、思い出のこと。

 自分が見て、知って、気づいたことじゃないと再現できないんだ。

 逆に嘘や想像の産物でも、しっかりイメージさえできれば現実に出来る。

 動くぬいぐるみも同じなんだ。


「少しはわかった、って顔をしているね」

「はい! やらなきゃいけないことは分かった気がします!」

「うんうん、優秀な弟子だ。じゃあたくさん本を読もう。そして想像力を高めよう」

「はい!」


 こうして私の修行は始まった。

 修行というには遊びみたいで、ちっとも苦しいとは感じない。

 いつの間にか理解して、気づけば使えている。

 そんな感覚を味わいながら時間は過ぎて。


 二年半後――

 

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