第10話 前略、道の上より-10


          *


 大型トラックが通り抜けると、排気ガスが全身を包み込んだ。イチローはそれを吸い込んでしまい、むせ込んでしまった。隣を走る直樹は、ちょっとイチローを見て、にやりと笑った。タイミングよく息を止めたのだろう。直樹は平気な顔をしている。それが悔しかった、笑われたのも悔しかった。イチローはぐっと睨み返したが、直樹はもう前を向いて平然としていた。

 二人は、国道二六号線を走っていた。


 直樹に呼び出されたイチローは、緑道の南の端、智ノ丘のてっぺんにある念仏寺にやって来た。平野の真ん中にこんもりと立っている丘に上がると、思いの外眺望がよかった。

「こんなところがあったのか」

感心して境内に入ると、梵鐘の横で直樹がストレッチをしていた。イチローはそれを見つけると、気合を入れなおして近づいた。直樹は気配を察してイチローを見つけた。そして、息を整えながら、じっと見据えた。その目に威圧されまいと、イチローは必死で睨み返した。が、直樹は、軽く微笑んで、語り掛けてきた。

「よく来たな」

優しい声にイチローは拍子抜けした気分だった。それでも、虚勢を張って、

「来いって言ったのは、そっちだろ」と言い返した。

「まあな」

直樹は、イチローに背を向けると木々の間から、風景を眺めた。

「どうだ、ここは。いい景色だろ」

「あぁ。知らなかったよ、こんなとこが、こんなに近くにあるなんて」

「毎年、うちから聞こえる除夜の鐘は、ここのなんだ。前に一度、撞かしてもらったことがある」

「へー、そう」

「あっちが、海だ。といっても、ここからは見えないけどな」

イチローは直樹が指さす方を見た。遠くに紅白の煙突が立っている。ガスタンクも見える。臨海コンビナートだ。その向こうに海はあるはずだった。

「さて、イチロー。勝負のことだけど、覚悟はいいか?」

「あぁ」イチローは気合を入れて応えた。「いいぜ、かかってこいよ」

「まぁ、待て。何も、殴り合いするつもりなんかないさ」

「なんだって?」

「俺は空手も柔道も黒帯だ。おまえなんか相手になるもんか」

「何いいやがる。オレは、ケンカなら黒帯だ!」

「まぁ、待てって。だからといって、野球で勝負しても、するまえからどっちが勝つかわかってる」

「どういう意味だ」

「まぁ、そういう意味だ」

「思い上がってんじゃねえぜ」

「鼻息だけは荒いな。まぁ、すぐに、おとなしくなるけど」

「なにをもったいぶってやがる!どうするんだ!ヤルんだろ!」

「あぁ。勝負は単純かつ公平にやろう」

「スポーツマンシップってやつですかぁ?」

「いや。男と男のルールだ」

はっきりと言い放った直樹に、イチローは言葉を失ってしまった。

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