chapter 6 「もしもワタシが少年探偵団のリーダーだったら」 Ⅰ
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時間は6時間ほど遡る。
平日の午前中というのにファミレスはそれなりに混んでいた。運送業の制服や背広、幼子をつれて談笑する女性客に黙々と勉強を続ける学生。本来はいるはずのない場所にいる違和感に夕璃はどうにも落ち着かず、窓の外に視線を向けた。二車線の国道には車が常に溢れていた。猛スピードで走る車輛の全てにそれぞれ意思があることに圧倒される気がする。
『―――津島
GATEのリモート機能を通じてかほるが集めた情報を報告していた。
「目的は金か? ヤツのサイトは二日前に広告を打ち切られているみたいだから、挽回でもしたかったのか?」
いかにも興味の無さそうに蛍は言った。視線は自らのノートPC(特定企業向けの特注品)に固定されたまま離れない。その蛍の横顔を夕璃はそっと窺う。昨夜から一睡もしていないのだろう。目の下に薄く現れた隈に腫れぼったくなった二重瞼。
この平和そのものの店内にも警察関係者が紛れていたりするのだろうか…………? アイスティーをストローで吸うと口の中に安っぽい茶葉の風味が広がった。
『これはまだマスコミには公表されていない警察の内部情報だけど、被害者女性の中に女子中学生も含まれていた。そのうちの一人が津島の妹だ』
ミカが口笛を短く吹く。蛍もさすがに手を止め、顔を上げた。
「マジか?」
「…………津島
夕璃の言葉にミカが腕を組んで唸る。ちなみにミカは酔いがすっかり覚め、今は謎の灰色の液体を飲んでいる。本人曰く、ドリンクバーではこれをしないのは逆に失礼なのだとか。
「それなら美談なんだけどねえ。津島先輩にそういう漢気があるとは思えないなあ。あの妹ちゃんは元々ちゃらんぽらんな性格だし、仲もたぶん最悪だろうなあ。父親が議員さんじゃなきゃとっくに破綻しているんじゃないかな、いろいろ」
「ただの偶然?」
「そう。トーキョーは狭いからね。結局最後にモノをいうのはコネだから力のあるヒトとヒトは往々にしてバッティングしちゃうもんなんデスヨ」
「くだらん」蛍が吐き捨てるとミカは肩をすくめた。
「結局のところ、今オレたちにできるのは津島
かほるとの通信が切れると蛍はノートPCをテーブル上で180度回転させる。画面には90年代を彷彿とさせる灰色と藍の殺風景なウインドウが映っていた。
「…………これが『ノーネーム』?」
「ああ、おまえとミカのおかげでようやく尻尾を掴めた」
ソファを滑るように蛍は夕璃の横に移る。二人掛けのシートに男三人(そのうち二人が高身長)はなかなか窮屈だが、今は気にしている場合ではない。
このサイトのURLはミカが雑誌記者から聞き出したものである。記者が言うには誰でもアクセスできるダミーサイトとは違い、本人の携帯電話でしか開かないという。本来はサイバー犯罪対策課で解析しているはずのものだが、警察内部の人間から記者が聞き出したらしい。ところが、手に入れたものの開けないし専門的なこともまるでわからない。せめてヒントの欠片でも手に入らないかとダメ元で口を滑らせたのだろう。
とはいえ、それをまんまと引き抜いたミカの交渉力の高さには舌を巻く。口八丁でのらりくらりと話しているうちに記者の方がいつの間にか重要情報を話している。夕璃は生まれながらの詐欺師というのはこういう人間なのだとつくづく思った。
「本人のデバイス情報がキーになっている。あともう一つ重要なのが時間だ」
「時間?」
「ああ、どうやら本サイトにアクセスできるのは一時間だけらしい。アクセスが遮断されるのではなくルートそのものが消滅する。無論、ダミーサイトと同じく痕跡から追おうにも世界中を迷路のように巡っているのでまず不可能。国家レベルの環境でもあれば話は別だがな」
「じゃあ、永井たちはそのアクセス権はどうやって手に入れたのさ?」
ミカの問いに夕璃はふと一つの考えが浮かんだ。
―――もしかしてスパムメールでしょうか?
「その通りだ、ユウリ。よくわかったな」
どうやら口に出ていたらしい。蛍たちは特段気にする様子はないが、夕璃は考え込む。二つの世界の「ノーネーム」に現れた共通項、あるいは面影。これは何を意味するのだろうか?
「じゃあ、今画面に映っているものは何? 永井が接続した『ノーネーム』を
「いや、本物だ。現在進行形で繋がっている。ちなみに残り時間はあと55分だ」
「「え、ええっーーーーー!!」」
思わず二人して腰を浮かせる。人を何人も自殺を追い込むような危険サイトに今、繋がっている? 蛍はいったい何を考えているのだろうか!?
「おまえらはバカか? 情報そのものが人を殺すはずないだろう? 『ノーネーム』自体に何かを破壊するような危険性はない。どうこうなるのはあくまでそいつの過去の行動のせいだ。ちなみに俺は自分の生涯において恥じることなど一切ない。なんだったらオープンリソースで俺の全てを公開してもいいくらいだ!」
「ホタル…………ちなみに一応聞くけど、どうやったの?」
「借りた」
「借りたって何を?」
「何ってスパムメールを送られたスマホ以外にあるわけないだろう。GATEはウェブメールと連動しているからな、その気になればスパムのデータも追える」
事もなげに言うが、無論犯罪である。そのことを指摘すると蛍は悪びれることなく「全世界5000万人いる善良なGATEユーザーのためだ」と言い切った。それを聞いたミカが大げさに肩をすくめるが、ミカとて同じ穴の狢である。
―――はあ、まったく…………。
夕璃は心の中でため息をついた。彼らの言動に一々反応するのは無駄であることはたった一日の付き合いでも既に十分学んでいる。
話をまとめるとこうだ。蛍は夕璃たちの手に入れたURLを解析するや否やスパムメールを送られている学院生をGATEで特定し、さらには直接交渉してスマホを入手したらしい。しかも、時間にして数時間、夕璃とミカがファミレスで朝食兼昼食を食べている間にである。その手際は方法の良し悪しはともかく驚嘆というほかない。
パスワードのような認証もなくあっさりとサイトは開いた。あっさりすぎて拍子抜けするほほどである。
実を言うと夕璃は「ノーネーム」から招待状みたいなものを受け取ったことがある。
―――そう、確かそのときは父さまのことが書いてあったんです。
そのとき送られたスパムメールには夕璃の父親、六条春彦のことが書いてあった。大手広告代理店の社長である春彦が率先してパワハラやブラックな職場環境を奨励しているとか。あの父親のことだからそうだろうなと思って気にもせずスルーしたが、そのメールにはいつもなら存在しないリンクが貼ってあった。今思えば、あれが“招待状”だったのだろう。
「これが…………『ノーネーム』?」
画面には夕璃の世界のスパムメールとほぼ同様のものが表示されていた。
―――間違いないです。二つの世界の「ノーネーム」は同じものです!
おそらく元は同じものだったのだろう。それが並行世界のどこかで分岐した。ユ(ウ)リが男女でそれぞれ分岐したのと同じように。
「これはこのスマホの持ち主の情報?」
「ああ、そうだろうな」
ミカの問いに蛍が肯定した。画面にはとある人物に関する醜聞が大小問わずびっしり表示されていた。なかには写真や動画もある。それらの内容から察するにある女子生徒のものらしい。
「ええ!? ホタル、ひょっとしなくても“女の子”のスマホを拝借してきたの? うわあ、やらしー!」
「別にスマホそのものを借りたわけじゃない! GATEに不具合があるからデータをちょっとそっくりそのまま抜き出してもらっただけで…………」
「いやだいやだ。振り込め詐欺がキャッシュカードの暗証番号聞き出すのと同じだよう。うわあ、ニホンコワイネー」
「とにかく! 今は時間がないんだ。そんなことはどーでもいい! ユーリ、操作してみろ」
「…………」
「おい、ユーリ! うん? なんでおまえ怒っているんだ?」
「怒ってないです! そもそもなんでホタルのことで怒らないといけないですか…………ブツブツ」
マウスのホイールとともに画面が上下にスライドしていく。幸いにしてスマホを提供してくれた女子生徒の情報はさして多くはなく、すぐに突き当りにぶつかった。ただし、それはあくまで量の話だ。本人たちにとっては外部に絶対に漏らすわけにはいかないものだってあるかもしれない。
「妙だな。レイアウトが妙にすっきりしているな」
頭を捻る蛍にミカが肩をすくめる。
「見やすくていいじゃない?」
「そりゃそうだが、非合法のアングラサイトだぞ? もう少し情報がごちゃごちゃしているイメージだったんだが。犯人がいちいちデザインしているわけでもないし、ボットが自動作成している割にはきれいすぎる」
ちなみにGATEはドット一つでも無駄を嫌う開発者の性格がもろに反映されている。シンプルさと使いやすさを最重要し、運用以来そのデザインは一貫して変えていない。もはやアイコン化したそれは意匠権を獲得しているほどだ。
確かに、と夕璃も思う。夕璃の世界のスパムメールも言われてみれば妙にすっきりしていた。玉石混交の情報を垂れ流している割には読みやすいのである。今思うとその裏に人の気配を感じさせた。だからこそ、夕璃も犯人を探したわけだが、そもそもなぜそんなものを匂わせる必要があったのだろうか? 自己顕示欲、とか?
「ちょっと待て、ユーリ!」
「えっ?」
蛍は突然大声を出すものだから、夕璃はびっくりしてしまった。
「画面をよく見てみろ。カーソルだ」
「あっ、指に変わっている…………」
マウスポインタが指のアイコンに変わるということは何処かにリンクが貼っているということだ。願ってもない手がかりだが、罠の可能性もある。
「でも…………」
「大丈夫だ、このPCはクラッカーがたとえ直接攻撃してきても耐えられる。俺を信用しろ」
蛍は夕璃の上にその手を重ねた。大きくて力強い掌が包まれるとなぜかひどく安心してしまう。
「そうだよ、気にしなくていいよ! どうせ中身はろくでもないデータしかないんだから!」
「ミカ、おまえはもう少し気にしろ!」
―――ああ、何なんでしょう、この人たちは…………。
ミカの手も重ねられる。
夕璃はゆっくりとクリックすると同時にふと六条夕里と話がしてみたいなと思う。この少年たちの中心で笑う六条夕里という男の子はいったいどんな人なのだろう?
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