20 ヒスイの魔力
正直に白状すると、私は目つきの鋭い人に弱い。
弱いというのは、好意を抱きやすいという意味だ。
つまり顔の造形が好みなのである。
友人たちと芸能人やアイドルの話をしている時、皆がよくイケメンと言われる人や可愛いキャラクターの人を「推し」だと言う中、私は毎回、眼光鋭いタイプを選び、「変わっている」と言われてきた。
これには幼い頃の出来事が関係していると思う。
なんでも私は物心つくかつかないかというくらいの頃、人違いで誘拐されたそうだ。
家から少し離れた公園で遊んでいて、母の目の前で知らないおじさんが無理やり私を抱き上げ、車に乗せた。母は必死で止めたけれど、男の腕力には敵わず、私は郊外の掘っ立て小屋へ連れ去られたらしい。
この時の記憶はおぼろげで、誘拐された事自体を理解していなかった。今思い返せば、迎えに来てくれた人が母でも警察の人でもなく、明らかに堅気じゃない人たちだった。
そもそも拐う予定だったのは、堅気じゃない人の娘さんだったらしくて。
堅気じゃない人たちは私の目の前で誘拐犯を乱暴に外へ連れ出し、どかどかと大きな音がして静かになり、出ていった人の中で一番大柄な人が手を赤い染みのついた布で拭きながら戻ってきた。
その人は私を縛っていた縄をほどき、私の全身を見回した。怪我の有無を確認してくれたのだと思う。
「巻き込んじまって悪かったな、嬢ちゃん」
渋くて低い声だった。そして目つきが鋭かった。
多分これが、私の好みを決定づけたのだ。
私は小学生の時からヨイチくん――横伏くんを知っていた。
長い前髪で目元を隠し、休み時間はひとりで本を読んでいるような男子は、逆に目立つ。
同じクラスになったことはないけれど、存在は知っていた。
横伏くんの前髪の向こうを見たのは偶然だった。
運動会の練習中、隣に並んだ横伏くんの前髪を、突風が取り払った。
そこにあったのは、鋭くて、意志の強そうな目つき。
横伏くんは慌てて前髪を撫でつけてしまったけど、勿体ない、って思った。
小学生の私に恋愛感情というものは難しかった。
横伏くんとは会話どころか接点も得られず、もどかしい思いを抱えたまま中学、高校と進んだ。
横伏くんと同じ高校だと知ったのは、入学して少ししてからだった。
隣のクラスにいつも前髪で目を隠している、背の高いミステリアスな男子がいると、クラスの女子達が噂していた。
イケメンすぎて隠さないと女子に追いかけられて困るらしいとか。
あまりの目つきの悪さに不良に因縁をつけられて困っていたとか。
いい噂と悪い噂は半々だった。
悪い噂を流していたのは、不東くんと取り巻き達だけだったのだけど、本人に伝えられる程、距離は近くなかった。
ある日、横伏くんたちが行方不明になったというのに、周囲も学校も、不自然なほど静かだった。
土之井くんなんて生徒会役員をしていたのに、別の人が代わりにその役職に就いたら一安心、という空気が漂っていたほど。
それどころか、横伏くん達が存在した痕跡が、日々薄れていく。
不気味さを感じつつ、かといって私一人が違和感を訴えたところで周囲をどうすることもできずに過ごす日々。
横伏くんたちが消えてから三ヶ月後、私とツキコとローズは異世界に召喚された。
突然知らない人達に囲まれ、怯えて静かに泣くローズを励まし、アマダンの人たちの横暴さに憤るツキコを宥め、修道院で私は私にできることを考えた。
その結果、目先のお金欲しさに伯爵の元へ嫁ごうとして、騙されてたことに気付いて、逃げて……横伏くんが助けてくれた。
相変わらず前髪を伸ばしていて、ちらりと見えた目つきは更に精悍になっていて。
ツキコが前髪を上げさせた時は、ときめきすぎて挙動不審になってしまったわね。
***
走馬灯みたいに今までのことが蘇るなんて、縁起が悪い。
全身が圧迫されて身動き一つ取れない。喉になにか詰まったみたいに、声も出せない。
この世界の住人には全員魔力があって、魔力のない世界から召喚された私達にも自動的に備わった。
でも、私の魔力は?
自分の内側に集中する。身体が動かなくても、考えることは出来る。やれることは全部やろう。
きっとヨイチくんが助けに来てくれるだろうけど、自分から足掻かなくちゃ、状況は悪くなる一方だわ。
以前会ったエルドという人は、私たちを「聖女」だと言っていた。
ツキコは武器、ローズはポーション。それぞれ魔力を使って創ったものをヨイチくんに渡していた。
私は料理で献身していると言っていたけど、料理中に魔力を意識したことはない。
スキルとは違うだろうし。
勇者のために存在する聖女なら、もっと勇者であるヨイチくんに貢献したい。
動けない身体で、気持ちだけで祈り始めて、どのくらい経ったのか。
「ヒスイ!」
目を開けるとローズとツキコがいた。
辺りは真っ暗なままで、全身の圧迫感は消えていた。
「ローズ、ツキコ」
声も出る。
「ヒスイ、それ、どうしたの?」
「それ?」
自分の体を見下ろすと、全身が白い光に包まれていた。
暖かい。料理中に負った火傷を治してくれた時の、ヨイチくんの治癒魔法みたい。
「魔力、かな」
目の前の二人は顔色が悪い。
これが魔力で、本当に治癒魔法なら……。
二人に手をかざして、ヨイチくんが掛けてくれる治癒魔法を強くイメージすると、身体から何かが抜けて光となり、二人に降り注いだ。
「これ、体力回復魔法……ヒスイ、聖属性なの?」
そういえばヨイチくんが、怪我の治療はいろんな属性で出来るけれど、体力の回復だけは聖属性じゃないと出来ない、って話していたっけ。
「そうなのかな。気分はどう?」
「すっごい良くなった。ありがとう、ヒスイ」
「ローズも。気持ち悪かったのに治った」
二人の顔色からして、本当みたい。よかった。
「なーにをキャッキャしてるの」
あの声だ。身構えたけれど無駄だった。
再び、全身への圧迫感。また動けず、声も出せず、二人の姿まで見えなくなった。
「餌は餌らしく、餌入れで大人しくしてなさいよ。じゃないと面倒くさいんだからね!」
身体がふわっと持ち上がったかと思うと、地面に背中から叩きつけられた。
「かはっ!」
肺が圧され、呼吸が詰まる。
空気が、酸素が欲しくて呼吸をしたいのに、再び持ち上がった。
「やめて!!」
ローズの声がした。ローズのあんなに大きな声、初めて聞いた。
持ち上がった身体は、今度は叩きつけられず、ただ落とされた。
「っしょ、っと。ヒスイ、治癒魔法を自分に使える?」
受け止めてくれたのはツキコだ。
「無茶しないで! 私、重いでしょ!?」
「平気。強化魔法使ってるから」
証明して見せるためか、ツキコは私を横抱きにしたまま、軽々と上下してみせた。
「わ、わかったからっ」
「はいはい。それで、治癒魔法は使えた?」
下ろしてもらってから、集中する。自分に魔力を向けて「治癒を」と念じると、痛みが消えた。
「だーかーらー、そういうのいいから! どうせ……」
「うるっさい!」
またローズが大声を出す。ローズが言葉を発すると、声が少し黙る。
もしかして、ヨイチくんみたいに言葉に魔力を乗せているのかしら。
「ローズ、もしかして……」
ローズはこくり、と頷いた。
「ここから出しなさい!」
ローズは目をぎゅっと閉じて、全身から声を発するように叫んだ。
辺りがわずかに揺らいだ気がした。
「無駄よ。何、聖女? それがどうしたの?」
今度は三人とも身体が浮いた。最初に叩きつけられた時より、高く高く。
「少々壊れたって構わないわよね。勇者様が治してくださるでしょう?」
声はケタケタと厭らしい笑い声をあげながら、私達をどんどん高く浮かせる。
「やめなさ……!」
最初に落とされたのは、声に魔力を乗せようとしたローズだ。
「ローズっ!!」
大きな手がローズの小さな体を鷲掴みにして、おもちゃでも放り投げるように、地面へ向かって。
「嫌ああああ!」
私とツキコは思わず目を閉じた。
ローズが叩きつけられる音も、衝撃も、なにもこなかった。
「お待たせしました、ローズ様」
「モモ!?」
モモは巨大な魔物――確かベヒーモスって言ってたっけ――の姿で、光の玉に入ったローズを背の上に浮かせていた。
光の玉からは、モモの魔力と同じ気配を感じる。
「ひゃっ!?」
隣に浮いていたツキコの声が、更に上から聞こえた。
ツキコの襟首を咥えているのは、狼の姿のヒイロだ。空を飛ぶ時のサイズになってる。
ヒイロとモモは、ツキコとローズをそれぞれ安全に地上へ下ろした。
「なっ!? もう気付いて……。ふ、ふん、だけどあんたたちの主は入ってこれないようね?」
「ばーか」
「バーカ」
「はあ!?」
人の姿になったヒイロとモモが、声の主に無邪気に罵声を浴びせた。
単純な文句なのに、声の主は露骨に動揺している。
「おまえの空間が脆すぎて、壊さないように入るのが大変なんだよ」
「ええ。主様が入ってこられたらその瞬間に塵芥と化しますわ、こんなチンケな場所」
「な、な、何をっ!?」
私はというと、まだ同じ場所に浮いていた。
だけど、声の主の力はとっくに遠ざかっていた。
私を浮かせているのは……。
「ごめん、やっぱり無理だ。総員退避」
「わかった」
「承知!」
聞きたかった声が聞こえて、空間がぱらぱらと砂でできていたみたいに崩れていった。
私達は家の前にいた。
辺りは夜明け前の明るさだ。ほとんど一晩、あの空間の中だったのね。
ツキコはヒイロに、ローズはモモにそれぞれ抱きかかえられていて――。
私はヨイチくんの腕の中にいた。
「遅くなってごめん」
ふわりと温かい光が全身を包む。ヨイチくんの治癒魔法だ。
「貴様、
「ヒイロ、モモ。ヒスイを頼む」
再び魔物の姿になったヒイロが、私のところへやってきた。
ヨイチくんは私をひょいとヒイロに乗せて、こちらに背を向けた。
「出てこい」
辺りを物理的に押さえつけるような、魔力の乗った声。
それに堪えきれなかったように、背中に羽根の生えた人型の何かが、べしゃっと地面に叩きつけられた。
「糞、人間の分際でがっ!?」
ヨイチくんから今まで感じたことのない圧が出ている。羽根の人は地面へうつ伏せに倒れた状態からようやく上げた顔を、また地面に伏せた。
「糞はどっちだよ」
ヨイチくんの目は青く輝いていて、辺りには青い燐光がちりちりと迸っている。
守られているはずの私まで、背筋がぞくぞくと震える。
あの声の主――羽根の生えた人は、一番怒らせてはいけないひとを、怒らせた。
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