18 ツキコの追憶

 告白するなら、仕事が終わった後にしてほしかった。

 昼休憩の時に言われたら、もう午後は何も手に付かないじゃない。



「痛っ! うう……」

 金槌で手を打ってしまった。作業手袋越しだから手そのものは無事だけど、勢いのついた硬い金属に挟まれたのだから痛い。痣になるかも。

「大丈夫かよ」

 大体の原因が白々しく、痛めた手に治癒魔法の光を降らせる。

 ロガルドは冒険者としてレベルを上げ、ヨイチに教えを請うて魔法を使えるようになった。

 ヨイチの魔法はぱっと光って一瞬で終わるのだけど、ロガルドのはじんわりと、ゆっくり治る。

 魔力量の差以外にも、人によって魔法に適性があるらしい。

 ヨイチはどんな魔法を使わせても最強では? って威力なのに、本人に言わせると、

「風は相性いいかも。光と聖はよく使うから慣れた、かなぁ。火と土と、あと闇と邪が苦手。竜は……どうなんだろ」

 って。遠慮や謙遜をしているわけじゃなく、本気でそう思ってる口ぶりだった。

 まず人ひとりがそんなにたくさん属性を持ってる事自体がおかしい、ってロガルドが突っ込んでた。

 後天的に属性を得るのは簡単なことじゃないから、ロガルドだって十分凄い。


「効いたか?」

「うん、ありがと」

 さり気なく取られていた手をぱっと取り返し、打っていた金属に向き直る。

「ごめんな、つい、言いたくなっちまったから……」

 全くよ、と言い返したら気にしていることが解ってしまうから、何も言えない。

 これだけ動揺している姿を見せているから気にしているのはとっくにバレているだろうけど。


 この日完成させる予定だった魔道具の剣は、最後の仕上げを明日に持ち越すことになった。


「家まで送る」

「いいよ、まだ明るいし、近いし」

「送る」

「……うん」


 ロガルドには直球で「好きだ」って言われた。

 それまでてっきり、弟分だと思っていたのに。

 驚いて言葉を失っていると、「いつでもいい」って、返事の要求はしてこなかった。


 おやっさんが出掛けていて本当に助かった。

 ロガルドもそれを狙っていたのかもしれないけれど。



「いつでも、って言ったけどさ。駄目で元々なんだ。お前ヨイチが好きだろ?」

「んんっ!? ごほっ、げほっ」

 無言で歩いていたと思ったら、またしても不意打ちだ。

 思わず噎せると、ロガルドが慌てた。

 私の背中をさすろうとした手を宙に浮かせたまま、私の咳が治まるまでおろおろしていた。

 手の治療の後、振り払ってしまったせいだ。


 せっかく治してくれたのに、気まずかったとはいえ悪いことしちゃったな。


 呼吸を整えてから、話した。

「あのね、ウチはヨイチのこと好きだけど、恋愛って意味じゃないんだ。家族が一番近いかな」

「えっ!?」

 声が大きい。

 そんなに驚くようなことかなぁ。

「だって、ヨイチだぞ? あんな高スペックなヤツと同じ家で暮らしてて……」

「それでも違うの。ヨイチだって私のことをそういう風に見てないし」

 一番決定的なのは、これだ。ヨイチは私のことを恋愛対象として見ていない。

 自惚れを自重せずに言えば、親友ってとこかな。

「でね、ロガルドのことは……弟みたいな感じだと思ってた」

「弟……思って、?」


 ロガルドは年下で、初めて会った時は私より背が低かった。

 成長期に入ったのか急に背が伸びて、私を追い越した。

 鍛冶屋になりたがっていたのに意外と不器用で、冒険者として武器を扱うのも苦労していた。

 かといって腐るわけでもなく、色々なことに挑戦して……今は鍛冶屋の経営サイドで大活躍中だ。

 私とおやっさんはお金に関する細かい管理が苦手だから、ロガルドがいてくれて本当に助かってる。


 得意なものを見つけたロガルドは自信を身に着け、表情もどんどん大人びてきた。

 ほとんど毎日顔を合わせているのに、帳簿をつけたりお客さんと商談をしている時に見せる真剣な表情に惹かれつつあることは、認めざるを得ない。


「ロガルドのことは好きだよ。だけど、ロガルドが望む形とは違う」

「そうか」

 ロガルドがまた勘違いしそうだから、慌てて続けた。

「今は、ね。もう少し、考えさせて。待たせるのは申し訳ないけど」

「! ああ、わかった」


 それから、元いた世界での成人の基準や結婚適齢期を詳しく伝えた。

 「考えさせて」と言った後は明るい顔をしていたロガルドが、「結婚は十八歳になってから」を聞いた途端、肩を落とした。

「あと二年か……」

「ウチの方がこのあたりだとき遅れになっちゃうけど、大丈夫?」

「そんなのは全っ然問題ない!」

 ロガルドが大きな声を出したせいで、通行人が一斉にこちらを見る。

「わ、わかったってば!」

 私はロガルドの手を引いて、慌ててその場から逃げた。




***




 家で寛いでいたらヨイチが消えて、何か変な声が聞こえて、今はローズとヒスイと一緒に真っ暗な空間に立っている。

 立っているから地面と、呼吸ができるから空気はあるみたい。

 だけどそれ以外はなにもない。真っ暗なのに、お互いの姿だけは見えるのが不思議。


 予想外の出来事が苦手なローズが、ヒスイの「大丈夫」の一言で、すっかり落ち着きを取り戻した。

 ヒスイの自信のある様子を見ていると、私も大丈夫なんだって気分になってくる。

 三人して、いつのまにか手をつないで輪になっていた。


 繋がっている手が温かい。

 右手のヒスイは、目を閉じてる。口元はゆるく笑みの形になっていて、とてもリラックスしているのが分かる。

 さっき「干渉できない」って言ってたのは、どういう意味なのか。聞けずじまいだけど、とりあえず気にしないことにした。

 左手のローズも目を閉じてるけど、口はきゅっと真一文字に結ばれている。緊張しているのではなく、ローズの素の表情だ。

 私も目を閉じてみる。

 二人の体温が手から伝わるのと同時に、何かのイメージが頭の中に流れ込んできた。



 背中に白い羽根の生えた人が、口汚い言葉を吐きながら、モルイの上を飛び回ってる。

 下が見たい、と思ったら、ちゃんと下を向けた。

 町の殆どはいつもどおりで、三箇所だけ夜闇よりも暗い場所がある。

 私達の家と、修道院と、孤児院だ。

 家の中が知りたい。そう思った瞬間、私は家の中に入っていた。


「落ち着け、ロガルド」

「落ち着いてられっかよ。ツキコが……ツキコ達とヨイチが消えたんだぞ?」

「私もそこは不安になるはずなのだがね」

 立ち上がってウロウロするロガルドと、それを窘めるおやっさん。

 座ったままお茶の入ったカップを持ち上げているのはイネアルさんで、給仕しているのはプラム食堂のおかみさんだ。

 ラフィネとアネットは……ヒスイの言いつけどおり、ちゃんと寝てる。


 そんな様子をばっちり見ている私は、私の身体がそこにないことをちゃんと理解していた。


「あの子たちは無事だよ。なんでだか、わかるんだ」

 おかみさんは皆にお茶を配り終えると、自分も座ってお茶を飲みはじめた。

「俺も解っちゃいるんですよ。でも、おかしいじゃないですか?」

 ロガルドだけ、不安がないことに納得がいっていない様子だ。


 ロガルドの後ろに立つ、と意識した。背後から、ロガルドを抱きしめた。


「ウチは大丈夫よ、ロガルド。心配しないで」


 実体のない私の言葉なんて伝わらないはずなのに。ロガルドは顔を上げて辺りを見回した。


「どうした?」

「今……いや、なんでもない。すみません、ひとりで騒いで」

 そして空いていたソファーに座り、カップを手にとって中身を飲んで、ほうっと息をついた。


 もしかして、ヒスイとローズも似たようなことをおかみさんとイネアルさんにやったのかな。

 おやっさんにも耳元で「無事です、心配しないで」と声をかけてみる。

 すると、こわばっていた肩から力が抜けて、おやっさんもカップを手に取った。

 ロガルドが騒いでいたから、おやっさんは冷静になろうと努めてくれてたんだね。


 これで、ここは大丈夫だ。



 目を開けると、ヒスイと目が合った。ローズも私を見ていた。

「ね?」

 ヒスイがちょこんと首を傾げる。

「うん。でも、何なんだろうね、不思議」

「ツキコはあいつの言葉は聞いてないの?」

 ローズに問われて、首を横に振った。

「だってこう、あんまり口にしたくないようなことばっかり言ってたじゃない」

「フ「ローズっ!」とかマ「ちょっと、ローズ!」とか?」

 私とヒスイの連携でローズを守りきった。危なかった。


「要約すると、あいつは私達に直接手出し出来ない。そういう権限を貰えなかった。今私達がここにいるのは、あいつが出来る精一杯の手出し。これ以上、なにもしてこれない」

「ヒスイの言ってた『干渉』と関係ありそうね」

「干渉できるのはヨイチくんに対してだけ、って制限があるみたい。ヨイチくんに何かやらせようとして断られたのね。ヨイチくんが断るのだから、きっと碌なことじゃないのよ。それで、この世界とヨイチくんに出来ることのギリギリを攻めて……」


 ヒスイがせっかく説明してくれていたのに。

 静寂と平穏は突然破られた。



「なぁぁあああにを暢気にくっちゃべってるのかしらああああ? 糞どもが! 糞生意気! もう権限なんざ知るか! 事後報告で済ませばいいんだわ! 結果が全てよ! お前らを直接的な餌にしてくれる!」

「あっ!?」

「きゃっ!」

「何っ!?」

 上から幾本もの黒く細い手が伸びてきた。

 黒い手は平べったくて、身体の表面をべたべたと撫でるように絡みつく。

 撫でられた場所から力が抜けていく。お互いに握っていた手は解け、そのまま離れ離れに持ち上げられた。


「餌は餌らしく、餌入れの中で縮こまってなさい」


 きれいな声が息を荒げると、黒い手に力が入る。


 苦しい。


 息ができない。


 身体中が圧迫されて、みしみしと音を立てている。



 助けて、ヨイチ。



 意識は辺りより暗いところへ沈んだ。

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