17 探索

 城の人間が偽物たちなら、魔王の気配を察知しただとか、勇者を護衛するためにランクS冒険者を集めたのはいったい誰だろう。

 僕の疑問に、統括は意外にもはっきりとした答えをくれた。

「スタグハッシュは昔から北の山に監視の魔道具を置いている。と言っても、北の山でいくら魔物が出ようと人里に来ることは稀で、降りてきたとて周辺国に警告をすることもしてこなかった。ヨイチが討伐したベエマスの情報すら共有しなかったくらいだからな。ランクSの招集をかけたのは城に蔓延る偽物たちだ。現にスタグハッシュ北の砦にいるアンドリューからは『もう帰っていいか』と連絡が来ている」

「アンドリューがそう言うって、相当ですよね」

「ああ。城の人間の話が要領を得ないようでな。食事と寝床は供されているものの、勇者とやらが来る様子はないし、他の町や国には応援要請すらしていない。隙を見て抜け出すそうだ」

 アンドリューは仕事を選ぶようで選ばないというか、兎に角一旦請けた仕事は、無茶振りや理不尽でない限りきっちりこなす。今回は無茶振り且つ理不尽だったわけだ。

「一度、城へ行ってきます。自分の目で確かめたい」

「いいのか?」

「はい。隠形魔法が使えますから見つかることもないでしょうし。それに、僕の顔を見て僕だとわかる人って例の連中くらいだと思うので」

 統括が僕の風貌はだいぶ変わったと言っていたし、担当だった神官以外とは会話すら稀だったし。

 万が一隠形魔法が解けて「トウタ・ヨコブセ」と言われても「別人です」で乗り切れると思う。

 あのころと違って、そこそこ強くなったからね。

「ヨイチが良いなら、自由にしてくれ。ただ、ヨイチはギルドにとって貴重な人材であることは間違いない。十分に気を付けてくれ」

「わかりました」




 深夜のうちにスタグハッシュの借家へ帰ると、モモが「おかえりなさいませ、主様」と出迎えてくれた。

 メイドさんたちの教育の賜物です……。

「ただいま」

「お疲れ様です。お食事はどうされますか?」

「え、あるの?」

「はい。何なりとお申し付けくださいませ」

 キッチンからは様々ないい匂いがする。僕がどんな答えをしても、完璧に答えてくれそうな気配がする。……どこまで仕込まれたんだ。

「じゃあ軽めのスープ」

「承知しました」

 改めて見回すと、家の中は見違えるように綺麗になっていた。

 中古で揃えてあったはずの家具は細かい傷や欠けを修復した上でニスが塗り直され、一部ささくれていた床板も新しく貼り直されている。キッチンには調理器具や調味料が一人暮らしじゃ使いきれないよね? という程充実し、テーブルの上には花まで活けてある。

 寝室には真新しいクローゼットと新品のベッドマットが……これ、絶対ツキコが一枚噛んでるだろ。

 この家、僕の仕事が終わったらアンドリューがまた使うんじゃなかったっけ。

 退去時どうするんだ、どうすればいいんだ。

 僕の内心の騒ぎを他所に、テーブルには具が控えめに入ったコンソメスープが置かれた。

「ヒスイ来たの?」

 香りがヒスイのスープと全く同じだ。

「いいえ、ヒスイ様に教わって私が作りました」

「そうか、凄いなモモ」

「恐れ入ります」

「ヒキュン!」

「ありますよ、どうぞ」

 ヒイロとモモは聖獣同士だからか、ヒイロの「ヒキュン」で会話ができている。ヒイロの前には少し冷ましたスープが置かれた。

 スープは味もヒスイのものに近かった。なんとなく違うのは多分、気分的なものだろうな。

「美味しかったよ、ご馳走様」

「ヒキュン!」

 ヒイロも「ごちそうさま!」と行儀よく挨拶した。美味しかったもんな。

「光栄です」

「少しだけ仮眠するから、モモも休んで」

「はい、お休みなさいませ」

 本当にモモはちゃんと休んでくれるかな。

 不安だったが、僕は僕で眠っておかなくては。




 三時間後。冒険者カードのアラーム機能で目覚めると、部屋の中にヒイロがいなかった。

 夜はいつも僕のそばで寝ることにしているのに。

 気配を探ると、キッチンにいる。……でもなんだか、気配がおかしい?

 寝ている間に何かあったのか!?


「ヒイロっ!」

 寝室とキッチンの間にある扉を開けるとそこには。



 人型に変身したヒイロが執事服を身に着け、モモについて食器を片付けていた。



「おはようございます、主様……主様?」

「ヨイチおはよう、どうしたの?」

 膝から崩れ落ちた僕の両サイドに、人型になった聖獣たちが駆け寄る。

「ちょっとびっくりしただけ、大丈夫……」

 何から聞けばいいんだ、これ。

「ええっと、ヒイロ、その恰好は?」

「モモがくれた。ツキコに頼んだんだって」

 まず一つめは想定内の回答だ。モモがどういう経緯でツキコに頼んだのかは、ツキコにも聞かねば。

「何故それを着てるの?」

「モモの手伝いしようと思って人型になったら、モモがこれ着なさいって」

 モモを見ると、モモは綺麗な顔をドヤッと決めていた。

「人が裸で過ごすのは大変よろしくないと、ヒスイ様たちから伺いました」

 言ってることは間違ってないのだけど。

「それが、どうして執事服?」

「主様にお仕えする恰好といえばメイド服、男性ならば執事服でございます」

「別に執事服じゃなくてもよくない?」

 普通の服でも僕と行動を共にできるよね? 僕間違ってる?

「お気に召しませんか?」

「ヨイチ、ぼくこれ似合わない?」

「似合ってるよ。お気に召さないってことでもなくて……」

「よかった」

「よかったわね」

 ヒイロとモモが同時に、花が咲いたように笑う。美少年と美少女の笑顔はずるい。



 出かける前にヒイロは狼に戻った。

 服を着たまま変身して服が消えたのでどうやったのかと問うと、ヒイロは首をかしげて再び人の姿になった。

 すると執事服を着ていた。

「着たまま変身すると、服を引っ張り込めるみたい」

 だそうで。

 モモにも試してもらいたかったが、あいにく場所と時間がない。

 便利ならいいか、と思考放棄した。




 城へ来るのは約半年ぶり……ということは、召喚されてから一年経ったのか。

 日本にいたら今頃進路のことで忙しかっただろうな。

 そもそも進学したかな。

 良槃高校はバリバリの進学校というわけではない。何故あの高校に土之井がいたのか不思議なくらいだ。

 勉強は好きでも得意でもないし、大学へ進めるだけの貯金は残っていたが……と、郷愁に浸っている場合じゃなかった。


 隠形魔法を使って姿を隠し、正面から堂々と入り込んだ。


 城は覚えているよりも陰鬱としていて、人の気配が少ない。

「あれ? あいつらの気配がしない」

「あいつら?」

「元仲間の四人」

 時折城を抜け出していた不東はともかく、土之井はあまり出歩くタイプじゃなかった。

 亜院は滅多に動けないはずなのに、どこにもいない。


 椿木は城下町で冒険者をやると言っていたっけ。

 気は進まなかったが、冒険者ギルド経由で椿木と連絡を取ろうとした。

 が、「ツバキ」「シスイ」どちらも該当者がいなかった。

 偽名で登録されていたら、お手上げだ。

「仕方ない、城の探索だけしよう」

「ヒキュン」


 隠形魔法をかけたまま、行ったことのある場所、一度も足を踏み入れていない部屋すべてを自分の足で回る。


 城の地上部分でおかしな点は見当たらなかった。

 玉座の間にも入ってみたが、玉座だけが妙に綺麗な点以外、気になるところはなかった。


 ここが最後、と回った地下牢は酷かった。

 臭いも見た目も。

 大きな部屋の床一面に広がる真っ黒な染みは、椿木が強制レベリングさせられた場所に違いない。

 別の臭いで無理やり上書きしようとして、悪臭が際立ってしまっている。

「ヒイロ大丈夫か?」

「鼻に空気清浄機つけたい」

 空気清浄機はこっちの世界にもあった。鉱山や採掘の現場で活用されているらしい。

 僕とヒイロの周囲に、外の空気と循環できるように風魔法を発動させてみた。

「助かる、ヨイチ」

 上手くいったようだ。


 もう魔物の死骸も瘴気の気配もないが、なんとなく聖属性の浄化魔法をかけておいた。

 奥へ進むと、鉄格子で小さく区切られた部屋のいくつかに、生きている人たちがいた。

 牢にいるということは、何かしら罪を犯した人なのだろう。

 だからゲームの主人公のように、鍵を開けられるからといって解放して回ったりはしない。

 牢の中の人たちは皆、不衛生な環境を強いられていた。

 気の毒ではある。しかし僕に彼らを解放する権限も、度胸もない。

 怪我を放置されている人にだけ、傷の消毒魔法と、ほんの少し自己治癒力を高める魔法を使っておいた。

「ヨイチって本当に器用な魔法がつかえるね」

「思いついたから」

「それで実際に使えるのはヨイチくらいだよ」

 隠形で姿の見えないヒイロから、意思疎通で突っ込みが入った。


 時折、牢の中から声が聞こえる。呻き声、呪詛の声、叫ぶ声、泣く声……明るい音は一切聞こえない。

「うう、うあ」

 なんとなく足を止めた声も、そのうちの一つに過ぎないはずだった。

 こういうのを、何の予感と言うのだっけ。


「うあ、ああ、あ……」

 声の主は、虚ろな目で空を見据えている。正気を失っているように見える。

 薄汚れた囚人服に、何日も拭いていないだろう身体。顔は皺だらけで、髪も真っ白だ。


 すっかり変わってしまったが、僕が彼を見間違えることはない。


 それは僕らを騙し続けていた神官、サントナだった。



 遮音と隠形の結界を張り、サントナの前で姿を現してみせた。

 人間が牢の鍵を力ずくでこじ開けて入ってきたというのに、サントナの目は虚空にしか焦点を合わせない。

「お前、サントナだろう?」

 声をかけても、微動だにしない。

 呼吸しているし、食事跡もあるから生きてはいる。

「僕のことを覚えてるか?」

 ふと、サントナから名前を呼ばれた覚えがないなと思い当たった。

 僕以外の連中も勇者だとか魔導士殿だとか、ゲームの職業名みたいな感じで呼んでいた。

 僕のことは……ハズレとか、魔眼とか言ってたっけ。

「召喚されたハズレだよ。魔眼持ちの。不東たちはもうお前が報酬を横領していたこと、知ってるぞ」

 色々と話しかけてみたが、反応はない。

 治癒魔法や浄化魔法を試しても何も起きなかった。

「ヨイチ、壊れた心を癒す術はないよ」

「……うん」


 遣る瀬無い気分のまま牢を出た。

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