8 進化による魔力最大値上昇
***
キッチンに「トトトトト」という音が近づいてきたかと思うと、後ろから「ヒキュン!」と聞き慣れた鳴き声がした。
「ヒイロ! えっ、いつ帰ってきたの?」
ヒイロを抱き上げようとすると、ヒイロはひらりと身を翻して私から離れた。
そしてこちらを向いて「ヒキュン!」と吠え、少し離れてまたこちらを向く。
「ついて来いってことかしら」
誘導された先は、ヨイチくんの部屋の前だった。しっかり閉めてあったはずの扉はちょうどヒイロが通れるほどの隙間だけ開いている。
まさか……。
部屋に踏み込むと、絨毯の上に冒険者姿のヨイチくんがうつ伏せで倒れていた。
「ヨイチくん!?」
近づいて身体を起こす。ヨイチくんは大柄だからか重たい。どうにかその場で仰向けにさせた。
顔色が悪く、眉間にシワを寄せている。
「どうして、何があったの?」
尋ねるも、荒く呼吸をしているだけで返事はない。
「ヒキュン!」
ヒイロがヨイチくんのベッドに乗りながら吠えた。
寝かせろ、ということね。
日本にいた頃、将来は看護師かヘルパーを目指していた。
人をベッドに移す方法をネットで見たことがある。
こんなところで、ヨイチくんを相手に実行することになるとは思わなかった。
うろ覚えだったけど、なんとかヨイチくんをベッドの上に運ぶことができた。
次に服を脱がせる。防具の留め具がやたらと硬い。思い切り引っ張って最初のひとつを外すと、他の留め具はバチン、と音を立てて弾け飛んでしまった。
「わっ! どうしよう、壊しちゃった!?」
狼狽えている場合じゃない。一旦落ち着いて、アンダーも脱がし、全身取り替えた。
服は何故か胸周りや足のあたりがとても窮屈そうで、ズボンの丈も足りない。
よくよく見ると、なんだか身長や体つきが大きくなっている気がする。急に成長したような感じ。
「気のせい……でも、服のサイズは丁度いいって喜んでいたし……」
着替えてさっぱりしたのか、眉間のシワはだいぶ浅くなっていた。
その時、どこかからブブブブとスマホのマナーモードのような音がした。
「ヒキュン」
ヒイロが絨毯の上に放りっぱなしだったヨイチくんの鞄を前足でテシテシと叩いている。
鞄を開けると、スマホみたいな物体が正にマナーモードのように震えていた。確かこれ、冒険者カードだったわね。
画面には「着信:リートグルク冒険者ギルド」と表示されている。
ヨイチくんに用事かな? 出ても良いのかな?
「ヒキュン」
ヒイロが力強く頷く。意を決して表示されている「応答する」のアイコンをタップした。
「はいっ」
「あれ? ヨイチ様の冒険者カードですよね?」
声からして若い女性だ。ヨイチくん、様付けされてるのね。
「そうです。ヨイチくん、突然帰ってきて倒れてしまって。今は眠っています」
「ええっ!?」
相手はリートグルク冒険者ギルドの受付さんだった。
魔物の討伐に向かい、いつもなら帰ってくる頃なのに連絡もないから心配して連絡をしたところ、私が出たということみたい。
「このところクエストを詰め込ませてしまったせいですね。申し訳ありません。後日ヨイチ様にも謝罪します」
「えっと、はい」
ヨイチくんに何があったのかわからないから、私が謝罪をうけるわけにはいかない。曖昧に濁しておいた。
「では、体調が万全になりましたら、ご連絡くださいとお伝え願えますか?」
「わかりました」
冒険者カード、本当にスマホっぽい。操作の仕方がほぼ一緒。異世界でも人間の考えることって似るのね。
鞄を机の上に置いて、その中に冒険者カードを仕舞い直す。
ヨイチくんは最初に見たときのような顔色の悪さや眉間のシワがすっかりなくなって、スウスウと規則正しい寝息を立てている。汗をかいてる様子もない。ヒイロは足元で私を見上げて、尻尾をぶんぶんと振っている。機嫌が良いということは、ヨイチくんは心配要らないということね。
「ヨイチくん、このまま寝かせておいても大丈夫かしら」
「ヒキュン」
「ヒイロ、なにか食べる?」
「ヒキュン!」
最初はしっかりと、次は元気よく返事をしてくれた。
一旦キッチンに戻ってヒイロにサンドイッチを作って出すと、ヒイロは食べずに私を見上げる。
「ん? なあに?」
ヒイロはサンドイッチと、ヨイチくんの部屋のある方を交互に見た。
「えーっと、ヨイチくんにご飯を用意しておけ、ってこと?」
「ヒキュン!」
ヒイロは賢いから、話ができなくても色々と伝えてくれる。
食いしん坊なヒイロがサンドイッチに手を付けず、ヨイチくんの部屋の方ばかり気にするということは……。
「ヨイチくんにたくさん準備したほうがいい?」
「ヒキュン!」
よかった、合ってた。
「他に伝えることはある?」
「……」
ヒイロは人間みたいに首を横に振った。
「了解よ。ヒイロ、それはヒイロの分だから食べちゃってね」
「ヒキュンッ」
サンドイッチはお皿の上から瞬く間に消えた。
もっと欲しいか聞く前に、ヒイロは走り去った。ヨイチくんのところへ行ったみたい。
「よし、いっぱい作るぞー!」
気合を入れ直し、私はいつもの十倍の食材を仕込み始めた。
***
目を覚ますと、心配そうな顔のメイドさん三名に覗き込まれていた。
「起きた!」
「ヨイチくん、気分は?」
「どこか痛む?」
「おはよう、だ……」
体を起こしながら大丈夫と言いかけて、盛大に腹が鳴った。気まずい。
前の時も目覚めてすぐに「まずは腹減った」だったもんなぁ。
二度目があるとは思わなかったし。
「あの、悪いんだけど」
そっとヒスイを見ると、ヒスイは笑顔で親指を立てた。
「夕飯できてるわよ。ヒイロが色々教えてくれたからね」
「ヒイロが? 会話できたの?」
「ううん。ジェスチャーで」
「へぇ。偉いぞヒイロ」
「ヒキュン!」
ヒイロは僕の身体に飛び乗って、顔をぺろりと舐めてきた。回復魔法の純白の光が身体を包む。
体力は消耗していなくても、回復魔法は気持ちいい。
お礼代わりにヒイロの頭を撫でていたら、いつの間にか目の前にテーブルと、その上に料理の数々が並べられていた。メイドさん達これ以上練度上げないでください。どこで覚えてくるの?
食事は本当に助かった。味は申し分ないし、何より量がよかった。
ヒスイが「なんだか沢山必要な気がしたから」と予め用意してくれていたのだ。
ボウル二杯のサラダから始まり、五種類のパスタ、三種類のピザ、パエリア、合間にミネストローネやフライドポテトを挟み、ポンドステーキ三皿。最後にメイドさん達がその場でおにぎりをわんこそばの如く、僕が「もうお腹いっぱい」と言うまで握ってくれた。
「ごちそうさま。作るの大変だったでしょ」
「いつも食堂でやってることよ」
ヒスイは給仕の他に、少し前から厨房での仕事の一部も任されている。
「うちのキッチンで準備するのは勝手が違うだろうし」
「ツキコとローズも手伝ってくれたからね」
「そっか。皆ありがとう」
僕がお礼を言うと「とんでもございません」「滅相もございません」「当然のことでございます」と返ってきた。
「僕、どのくらい寝てた?」
食後のお茶を皆で頂いている時に、倒れた僕の第一発見者であるヒスイに尋ねた。
「四時間くらいかしら」
気絶時間は思ったより短かった。二度目だから慣れたのかな。
「それで、何があったの?」
ヒスイが真面目な顔で訊いてきた。
……種族のこと、いい加減白状しよう。
「まず直前の魔物討伐でレベル300になって」
「300!?」
「毎日たくさん倒してたら、そうなるのね」
「うん。以前、レベル100になった時も魔力量が一定値を超えて、種族が……魔人っていうのになって」
僕が「種族」や「魔人」という単語を出しても、三人は真面目な表情をひとつも崩さず、黙って聞いてくれた。
「身体が少し大きくなって、魔力の回復が追いつかなかったから、暫くの間食べる量が増えたんだ」
そして今回も、神の声は<上位種族へ進化します>と言っていた。
ステータスをみると、「種族:上位魔人」になっていた。そのまんまだ。
「今は『上位魔人』っていう種族になった。また身体が一回り大きくなったっていう実感がある。ヒスイが防具脱がしてくれてなかったら、身体を痛めてた。助かったよ」
下着も含めて全て交換してあったことを突っ込むのは、僕の精神衛生上の都合でやめておいた。
「あっ、防具! ごめんなさいヨイチくん!」
突然ヒスイが慌てだした。
「脱がそうとして留め具を壊しちゃったの……」
言いながらみるみる落ち込むヒスイに、僕も慌てる。
「言った通り僕の身体が防具に合わなくなったんだよ。ヒスイのせいじゃないし、ヒスイが壊してでも防具を取ってくれなかったら本当に危なかった」
おやっさんの弟ディオンさんの防具は一級品だ。いつも僕にピッタリの防具を作ってくれる。
多少のサイズ調整はできるようになっているが、装備者の身体が急激に成長するなんて想定外だろう。
ヒスイが落ち着いたところで、ローズが挙手した。
「魔人ってどういうものなの?」
「[鑑定]によると、『人間が持つことのできる魔力量の限界を超えた者。全ての能力において、人間を超越する』だって。上位になったら『人間』の部分が『魔人』に置き換わってる」
自分で言ってて恥ずかしい。[鑑定]しないと見ることの出来ない情報だから、[鑑定]を持たないローズ達からしたら、僕は完全に中二病だ。
俯いて黙ってしまうと、ローズから「ほぁー」と気の抜けた溜め息が漏れた。
「かっこいい」
ローズもしかして罹患者?
「じゃあ、今後もレベルが上がったり進化したら、今日みたいになる?」
「この調子だと、今後も迷惑をかけると思う。ごめん」
「迷惑だなんて思ってないわ。今日は吃驚したけど、原因がわかったから安心したし」
ヒスイはニコニコして、本当に迷惑とは微塵も考えていない様子だ。
「原因もその、微妙じゃない? 種族なんて……」
「そこはウチもローズに同意するよ。かっこいい」
「ただ魔力が多いだけなんだってば」
「ううん。ヨイチは見た目も男前になったよ」
「え? ああ、更にゴツくなったかな」
改めて自分の体を見下ろす。またズボンの丈が足りなくなってる……。シャツもきついし、服は全滅だろうなぁ。
「そういうわけじゃないんだけど……まぁいいか。服、とりあえず何着か直そうか。二着で一着分にすればイケると思う」
「やってくれると助かるよ」
「裁縫なら手伝える」
「私も」
引かれるのを覚悟で種族のことを伝えたのに、彼女らは全く気にしていない。
僕が考えすぎていたのかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます