25 日常の変化

 俺の朝は、亜院に魔力の半分を渡すことから始まる。

「すまない」

 亜院の暗い声に無言で頷いて、亜院つきの侍従と入れ替わりに部屋を出る。

 このあとは自室に戻って朝食を取り、この城で集められる限りの各地の書物を読み漁るのがいつものルーティンだ。


「おはよう土之井。ただいま」

 廊下に出たら、城から出奔していた椿木がいた。

「椿木……」

「なんだよ、幽霊を見たって顔して。あ、そうだ。亜院は元気?」

 椿木は見た目こそボロボロのローブ姿だが、表情は憑き物が落ちたように晴れ晴れとしている。

 横伏のように、椿木も帰ってこないと思いこんでいたのだから、俺が幽霊を見た気分なのはその通りだ。

「元気も何も、あのままだ」

 何故亜院を気にするのか、真意がわからない。

「明日からボクが魔力分けるよ。それで土之井もやっぱり魔物討伐したほうがいい。新しく覚えたスキルが便利でさ。そうそう、前にいた神官のサントナってボクたち騙してたんだよ」

 次々と情報を注ぎ込まれる。元々よく喋る奴だが、内容に実があるのは珍しい。

「ま、待て椿木。立ち話も何だ、朝食はもう食べたか?」

 まくしたてる椿木を宥め、二人分の朝食を手に、俺の部屋で詳しく聞くことにした。



 俺が部屋に引きこもり書物を読み漁っている間に、椿木は不東によって、悍ましい方法で強制的にレベリングさせられていたらしい。

 更に、人が瘴気に触れることにより発生する『邪獣』とやらに取り憑かれたが横伏に救い出されたことや、町で冒険者ギルドに立ち寄った時にサントナが報酬を大幅に着服していたことを知った等、町で見聞きした情報をくれた。

 サントナの行いについては、俺の方でも調べがついていた。受け取るべき報酬が戻ってこないことも、既に把握済みだ。

 それにしても……。

「すまん。不東がそんな非道を働いていたことを、俺は知らなかった」

 亜院に魔力を渡す時と食事以外は、ほぼ自室に引きこもっていた。不東は亜院に会おうとせず、結果的に俺を遠ざけていた。俺と椿木は元々接点が少なく、城の中で会わずとも不審に思わなかった。

 先日、城内に魔物が現れたときは神官たちが「魔王の手先が乗り込んできた」等と騒いでいたが、話を聞く限り元凶は不東だ。

「土之井が謝ることじゃないよ。そういや、不東は?」

「さあ。部屋に女を連れ込んでいるんじゃないか」

「相変わらずだなぁ」

 こんなに明るく笑うやつだったかな。

 俺が頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、部屋の扉が乱暴に開いた。

「ツバッキー、帰ってきたんなら挨拶にこいよ」

 不東だ。いつもの軽薄な口調だが、表情は怒りに満ちている。

 室内だというのに抜き身の剣を担いでいる。

「ドノっち、あの神官呼んできて。ツバッキー一回殺すから」

「やめろ不東っ」

 止める間もなく、不東は椿木に躊躇なく剣を振り下ろした。


「効かないよ。ボクはもう二度とお前に殺されない」

 椿木は片手で不東の剣を止めていた。手のひらに防御魔法を一点集中させて硬度を上げただけならまだしも、不東の剣閃に対応して咄嗟に展開させたことに、自分の目を疑った。

「なんだ、レベルアップでちょっと強くなったか」

 不東は剣を椿木の防御魔法に押し付けたまま、更に力を込めた。

「だったら倒せば俺のレベルも……」

「60」

「は?」

「え?」

「ボクのレベルは60だよ。ボクをレベリングさせたのは不東じゃないか」

 不本意ながら、俺と不東は同じ表情をしていたのじゃないかな。

 椿木がもう片方の手を不東に向けると、不東は開きっぱなしの扉の向こうへ吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

「がっ……!?」

「痛い? それを死ぬまで続けられたんだよ、ボクは。二回も」

 口から血を吐く不東に、椿木がゆっくりと近寄る。軽く蹴り上げたように見えたが……。

「あぐっ!」

 人間の身体とはこんなに跳ねるのかと思った。不東は天井、床、壁と何度もぶつかり、廊下の端に転がった。

「うわ、思ったより力上がってるなぁ。加減の練習しとこ」

「ゲホッ……」

 倒れたまま動けない不東を、椿木が見下ろす。

 つい先日まで、不東はスタグハッシュの城で最強を誇っていた。

 それが、魔道士である椿木に、手も足も出ない。

「今度殺しに来たら、ボクがお前を殺す。安心しなよ、蘇生魔法ならボクにもできるから。ただし、属性が闇と邪しかないからさ」

 不東の左腕があらぬ方向に曲がっている。その折れた腕を椿木が無理やり持ち上げた。不東が悲鳴を上げても、お構いなしだ。

「治癒系の魔法がグロいんだよね。こういう治し方しかできない」

 椿木が不東の腕に手を翳す。暗い紫色が折れた部分を包み……ゴキ、バキ、ボコ、と凡そ治療とは思えない音を立てはじめた。

「ぎゃあああああっ!? 痛い痛い痛い! やめろぉ! やめてくれっ!」

「あ、やっぱり痛い? ボクが自分でコレやったときは痛覚なかったから、わかんなかったんだよね」

 不東がどれだけ暴れても、椿木は手を掴んだままだ。ようやく放した時、骨折は治っていたが、腕は真紫色に変色していた。

「蘇生だと全身こうなるからね」

「わ、わかった、悪かったっ! もう殺さない!」

「兵士にも手を出すなよ。死刑囚でもだめだ」

「わかったよっ!」

 あの勇者様が顔面を涙と鼻水でグチャグチャにして、椿木から逃げ去った。


「ボクは城下町の冒険者ギルドに正式登録してくるけど、土之井はどうする?」

 不東のことなど既に頭から消えたような振る舞いに、寒気がした。

「俺は……」

 返事に窮していると。椿木は何故か「あ、ごめん」と謝ってきた。

「魔物と戦うつもりないんだっけ。無理強いする気はないんだ。じゃあソロで頑張ってくるよ」

「ああ、そうしてくれ」

 椿木は一旦俺の部屋に戻り、残りの朝食を胃に片付けると、自分の部屋へ戻っていった。


 横伏は逃げ、亜院は壊された。

 次のサンドバッグは椿木だと安心していたのに。


 このままでは、拙いな。




***




「ヒイロ、『解せぬ』って顔になってる」

「本人納得済みのはずなんだけどね」

 邪獣を消し、椿木がスタグハッシュへ帰った翌日。僕が背負っているバックパックに入り頭だけ出したヒイロを、ツキコがわしゃわしゃと撫でている。

 ヒイロは魔力と体力を大幅に消耗し、僕の近くにいることでの自然回復待ち中だ。

 聖獣に回復ポーションは効果が薄かった。甘い味がするはずの魔力回復ポーションを飲んで「マズイ」と顔をしかめ、しかも回復量は極僅か。ヒイロはポーション類を「嫌いな食べ物」と認識してしまった。

「あの大きい姿になるのは身体に負担がかかるってこと?」

「いや、大きくなるだけなら問題ない。飛んだり、大きな魔法を使う時に必要な姿なんだって。今のこの状態は、魔力と体力を使いすぎた結果だ」

「じゃあ今度またやってよ」

 ツキコは大きな姿のときにモフり損ねたのが悔しかったらしい。僕とローズに、背に乗った感想をしきりに聞いてきた。

 緊急事態だったから、感触を堪能する暇もなかったんだよなぁ。

「ヒキュン」

「回復したらツキコも乗せてあげる、ってさ」

「本当!? やった、ヒイロ優しい!」

 ツキコがますますヒイロをモフる。くすぐったいのですが。ヒイロわざとやられてるな?


「行ってきます」

「ローズ、ちゃんと着けた?」

「着けた」

 仕事へ出かけるローズに、ヒスイが忘れ物チェックをしていた。

 ローズは椿木と相対した時、護りのペンダントを着けていなかった。大事にしすぎて部屋に飾っていたのだ。

 邪獣はローズに対して攻撃らしい攻撃をしてなかったから魔法が発動しないのかと思いきや、それ以前の問題だった。


 先日の出来事は、イネアルさんに話しておいた。退勤途中で椿木と遭遇したのが切っ掛けだから、ローズが話しておくべきと判断したのだ。

 するとその日から、帰りはイネアルさんが家まで送ってくれるようになった。

「大事な従業員に何かあってはいけないからね」

 はじめて家まで送ってくれた時に、真剣な顔でこう言っていた。

「僕が迎えに行きますよ」

「ヨイチは仕事でいないこともあるだろう?」

「まあ、そうなんですが……。僕がいない時だけイネアルさんにお願いするというのは?」

「私では頼りないかな」

「そういうわけでは!」

 自動標的くんの調整がてら攻撃魔法の練習している等と理由をつけられ、結局イネアルさんに押し切られた。職場の店主にここまでさせて良いのだろうか。

「いいんじゃない?」

「問題ないわよ」

 ツキコとヒスイはあっさりと承諾した。最近ローズはこの二人から「妹扱いされる」と嘆いていた。かく言うローズこそ先日僕を「お兄ちゃ……ヨイチ」とありえない呼び間違いをしかけたわけで。全員同い年のはずなのですが。


「ローズが兄と間違える気持ち、ちょっとわかるわ。ヨイチくん、しっかりしてるものね」

 ツキコも仕事へ行き、今日は家にヒスイと二人だ。尚ヒイロは相変わらず僕が背負っているバックパックにいる。寝てる。

「僕からみたらヒスイのほうが……。いや、皆しっかりせざるを得ない環境というか」

 日本で高校生をやっていたら、僕たちは未成年で、保護者の庇護下にありぬくぬくと生きていたはずだ。

 今は、自分のことは金銭的なことも含めて全て自分でこなさないと、生きていけない。

 ひとりじゃないだけ、かなり助かっている。

「ヨイチくんはこの家の主で、私達のことも養おうとしてたじゃない」

「皆が家でメイドやるなんて言うから」

「こっちも強引に迫っちゃったけど、受け入れてくれたのはヨイチくんよ」

 買いかぶりすぎだ。僕は流されただけに過ぎない。

「助かってるよ。今日くらいは僕にも何かさせてよ」

「じゃあ買い物の荷物持ちを頼んでもいい?」

 ヒスイと街へ繰り出して、食材や日用品の買い出しで午前中を過ごした。


 家に帰ると、冒険者ギルドの使いの人が僕を待っていた。

 手には冒険者ギルドの指令書と、見たことのない封蝋で止められた紙の筒を持っている。



 封蝋された手紙よって、僕は転移魔法を駆使してモルイとリートグルクを行き来する日々が始まってしまった。





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 第二章これにて閉幕です。

 2021年9月中には第三章開始予定です。

 またお付き合い頂けますと幸いです。

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