15 使いみち

 前回の魔物の巣での報酬振り分けが決定したと、冒険者ギルドに呼び出された。

 大規模なほど時間がかかるものらしい。


 ギルド発表によって正式に、「魔物の巣掃討者」、「核破壊者」の称号は僕が頂いてしまった。

 シアーダの所業が例のほぼスマホ冒険者カードの記録によって暴露されると、

「これはもう『掃討妨害者』では」

 という声が上がり、巣に潜って生還しただけでも貰えるはずだった報酬を全て無しにされ、その分を他の冒険者、主にマイルトやチェスタに割り振られた。


 僕は先の二つの称号に付随したものに加え、魔物の巣自体のクエスト報酬で、合計二千万ゴルも貰ってしまった。

 チェスタとマイルトが八百万ゴルずつ、アトワとキュアンは五百万ゴルずつだから、核を破壊したことにされただけで格差付き過ぎでは、と物申してみた。

「冒険者カードの記録は嘘をつかん。ヨイチの魔物討伐数は群を抜いている。ヨイチが数多くの魔物を討伐したお陰で救われた命が幾つもあったのだ。寧ろ足りないくらいだ」

 統括に懇懇と諭されてしまった。


 更に、冒険者ランクがSに昇格した。チェスタもめでたく暫定が外れ、正式なランクAとなった。

 大規模な巣の討伐に参加した冒険者が軒並みランクアップするのは珍しいことではないらしい。

 アトワとキュアンもランクBになっていた。


「はぁ、どうしよ」

 暗い顔で沈み気味なのはキュアンだ。

 冒険者はランクCのときが一番死亡率が低く、稼ぎとの釣り合いが良い。アトワとキュアンは意図的にランクCでいられる時間を伸ばしていたクチだ。

「だったら巣掃討に参加しなければよかっただろうに」

 アトワはランクBを粛々と受け入れていた。

「だって、あんな大きな巣、見たことなかったから……」

 キュアンの参加理由は好奇心だったのか。ちょっとわかる。

「引退するのか?」

「しない。頑張る」

 覇気のない口調で話しつつも、冒険者を辞めたりはしなかった。良かった。


 そんな大規模魔物の巣掃討クエストで、ランクを下げた冒険者が二人いた。

 一人は、核がまだ破壊出来ていない時点で降格が決定したアルダ。

 冒険者は強さが正義と言っても過言ではない。もしアルダが下層のマップを埋めるとか、高危険度の魔物を積極的に倒す等していたら、降格にはならなかった。ギルドの作戦を全無視して、自分の気の赴くままに巣を散歩してただけだったからね、あの人。アルダは統括やギルドの偉い人たち、他のランクA冒険者に代わる代わる説教されて、小さくなっていた。

 もう一人は、シアーダ。例の記録と、ランクZ冒険者マイルトの証言により行動に悪意があったと認められ、ランク降格の上、三年間は昇格できないという厳重な処罰が下った。アルダとの決定的な違いは、本人に反省の色が全く無いこと。


 ところで現在ギルドを出て帰宅途中なのですが、背中に殺気が刺さってます。最早物理的に痛いレベル。


 家まで付けられたくないので、町を適当にうろつきつつ、冒険者カードで統括さんとマイルトにこっそり連絡を取る。

 統括さんの指示通りに歩くと、ギルドから3ブロック離れた場所にある広めの空き地に到着した。

 そこで、冒険者カードに向かってボソボソ喋りながら、誰かと待ち合わせるフリをしてみせた。

 殺気はここがギルドからそう離れていないと把握できない程目が曇っている様子で、一息に距離を詰めて僕に剣を振り下ろした。


 剣は避けるまでもなく、別の場所から飛んできた攻撃魔法によって弾かれた。


「信頼はありがたいのですが、ヒヤヒヤしますね。もう少し逃げる素振りをしてくださいよ」

 魔法を使ったのはマイルトだ。

「当たりそうになったら避けるつもりでした」

 僕はすぐに避けるよりギリギリまで引きつけたほうが、犯人も油断するかと思ったのだ。


 殺気の犯人は、先日と同じように身体中を地面から生えた蔦でぐるぐる巻きにされている。

 もちろんシアーダだ。


「くそっ、貴様のせいでっ! 俺はっ!」

「ヨイチのせいではありません。全て貴方の自業自得です」

 マイルトが何度も繰り返している台詞だ。

「言いましたよね? これ以上、他の冒険者に危害を加えるならば……」

 冒険者ギルドが冒険者に対して行える最大の罰則は、カード剥奪及び再登録不可というものだ。

 それと普通に、国が定めた法の基にも裁かれる。

 シアーダは僕に対して明らかに危害を加えようとしていたから、傷害未遂罪になるかな。

 罰の内容には罰金、投獄、あとは奴隷労働というのもあるらしい。冒険者の体力なら多少の肉体労働は何でも無いように思えるのだけど、この世界の常識からすると、一日十時間以上の強制肉体労働というのは耐え難い苦痛と屈辱だそうで。

「時間を取らせてすみませんね、ヨイチ」

 地面に転がっているシアーダを完全に放置して、マイルトさんがやや困ったような笑みを僕に向ける。

「おそらく数年単位で労働奴隷に落ちると思われますが……シアーダは腐っても元ランクAです。反省もしないでしょう。勤めを終えたときは必ず連絡しますが、どこまで抑止力になるか……」

 確かに反省しなさそうだなぁ。今も足元で「絶対許さない」「俺はランクAだぞ」等など喚いてるし。

「こういうのは、何かの法に触れますか?」

 思いついた方法をマイルトに耳打ちで相談すると、「その程度なら正当防衛です」とお墨付きを頂いた。


 しゃがみこんで、シアーダの頭を片手で掴み、顔が僕へ向くよう固定する。

「痛っ! 離せ」

「黙れ。動くな」

 魔力を乗せた言葉でシアーダの動きを封じる。

 この方法で暗示をかけられないかと試すことにした。

 言葉に魔力を乗せるのは、通常でもかなり魔力を消耗する上、長いほど消耗が激しくなるので、慎重に言葉を選ぶ。

「二度と人に危害を加えるな」

 青くなっているだろう目でシアーダを睨みながら、言い切る。

 これでどこまで効果があるのかは未知数だ。でも、やらないよりマシだろう。

 動けず、声も発せないシアーダから返事はなかったが、身体はカタカタと震えていた。


 動きを封じている言葉は魔力とのつながりを切ると解除されてしまう。

 しかし、身体は震えっぱなしだったので、暗示は効いている気がする。

「貴方をランクZにお誘いしたいですね」

「普通の冒険者やっていたいです」

 マイルトが冗談に聞こえない口調で言うので、慌ててお断りした。

 僕は基本的に嘘を付くのが苦手なので、マイルトがやったような、敵を欺くにはまず味方から的な動きは無理だ。

「ふふ、本人の意向を無視してランクSをZにすることはありませんよ。冒険者は魔物討伐が最優先事項ですからね」

 マイルトは足までぷるぷるさせているシアーダを、蔦で縛り上げたまま連行していった。転移魔法を使えるはずなのにシアーダをわざわざ人通りの多い方へ歩かせたのは、見せしめだろうな。


 マイルトが去り、僕も帰ろうとしたところで思いついた。そうだ、転移魔法を試してみよう。

 その場で「家に帰りたい」と念じると、足元に魔力の渦が起こり、次の瞬間には家の前に立っていた。

「本当に理屈がわからない……」

 確かに魔力は消耗したし、一瞬の出来事とはいえ不思議な空間を抜けたような気がした。

 何の属性を使ったのか、僕が抜けた空間はこの世のどの部分だったのか。自分でやっておいて、どうしてできたかわからない。

 家の前で呆然と突っ立っていると、ヒイロが自力で入口の扉をあけて、足元へ駆け寄ってきた。

「おかえりヨイチ。転移魔法できたね」

「ただいま。できたけど、やっぱり理解不能だよ」

「何度も使えば、ヨイチなら解るんじゃないかな。そしたら燃費も良くなるよ」

「燃費、確かに悪いね」

 魔力の消費量が大きい。歩いて帰ってきたほうが疲れなかったくらいだ。

「今日はもうお仕事ないの?」

「ないよ」

 明日はチェスタ達と今後についての話し合いがある。

 僕がランクSに昇格したため、パーティをどうするか決めるのだ。

 できることなら、僕は……。

「じゃあ、自動標的で遊ばせて」

「うん」

 ヒイロは自動標的のタイムアタックに夢中だ。僕の剣に近いタイムを出せるようになり、今の目標は一秒を切ることだ。

 一旦家の中に入り、裏口から運動場へ出る。

 夕方近くまで、ヒイロに付き合って過ごした。




 夕食の後、家のみんなに今回得た報酬等について全て話した。

 家計はみんなで共有しているし、管理についてはほぼヒスイに任せてある。

「ヨイチはそれで、何か欲しい物とかないの?」

 一通り話した後、ツキコに問われた。

 今回、流石に金額が大きかったから、自分でも何か欲しいものはないかと散々考えた。


 結果、特に思いつかなかった。


「たしかに日本に比べたら娯楽少ないけどさ。もっとこう……無いかなぁ!?」

 ツキコが後半は叫ぶように言い募る。

「ツキコ達は無いの?」

 女の子が欲しがるものってよくわからないけど、服とか装飾品とかかな。

「金物はツキコが普通のより良いのを職場で作ってきてくれるし、家電はヨイチくんが買ってくれるし……」

 家の鍋やフライパンはツキコが職場の空き時間にトンカンやったものだ。DIYって何だっけ。

 家電は日本で使っていて便利だったものに近い魔道具を、僕が「家事のお供に」とあれこれ買い足している。お掃除ロボット的な物まで存在していて、今も無人の部屋を掃除しまくっていたりする。

「生活必需品的な欲しい物じゃなくて、アクセサリーとか、そういうのは?」

「必要ないから」

「自分で作る」

「ツキコにお願いする」

 無欲なヒスイに加えてツキコが万能すぎる。


 まあ、貯金しておいても問題ないし、必要なときが来たらでいいかと思いはじめた時、ずっとツキコの膝の上でもふられていたヒイロが僕のところへやってきた。

「ヨイチ、皆にローズが持ってるのと似たようなブローチをあげたら?」

「魔法よけのブローチのこと?」

「ローズが持ってるのは闇魔法だから、護るより報復の意味合いが強い。ヨイチが聖属性の魔力を込めれば、ほんとうの意味で護れるよ」

「それ、いいな。どんなアクセサリーでも魔力って籠められるの?」

「樹脂やガラスじゃない、天然の鉱物なら何でもいいよ。大きさは、ヨイチの小指の爪より大きな石がいい」

「わかった。……あのさ」

 三人に、本物の宝石を使っていて普段遣いできるアクセサリーを一人一つ必ず買うようにとお願いした。

「ヨイチの魔力が護ってくれるものになるのね? それなら欲しいわ」

 装飾品に興味を示さなかったヒスイが、一転して目を輝かせた。

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