5 大規模クエスト
初めてのパーティプレイから二日後、ギルドから呼び出されて赴くと、ギルドハウスには大勢の冒険者がいた。
その中には同じパーティの仲間であるチェスタ達の姿もある。
「でかい魔物の巣だってな。先行隊の情報によると、八階層目まで下っても危険度Gしか見当たらないらしい」
魔物の巣、つまりダンジョンには危険度HからAまでの魔物が発生し、階層を降りるごとに徐々に強くなる。
僕がひとりで核を破壊した巣は全五階層だったから、二階層目で危険度E前後が出現し、五階層めで危険度AとSが出た。浅い巣でA以上が出るのは本当に稀なことらしい。
八階層目で危険度Gまでということは、最低でも二十階層だろうと予測された。
魔物の危険度がGだからといって舐めて掛かってはいけない。問題は数だ。
深い巣ほど一つの階層自体が広く、それだけ魔物も多くいる。
今ここに冒険者が集まっているのは、巣の攻略に駆り出されたからだ。
「ランクAはヨイチの他に三人、都合がついた。残りの三人とランクSのアンドリューは今のクエストを片付け次第、応援に来る」
チェスタが事前に集めていた情報を教えてくれる。
「ランクAって八人いなかった? もう一人は?」
首をかしげるキュアンに、アトワが首を横に振った。
「つい先日、どこぞの貴族の傭兵として雇われて暴行未遂事件を起こし、カード剥奪の上で町から追放されたらしい。だから今、モルイのランクAはヨイチを含めて七人だ」
せっかくランクAまで頑張ったのに、クエスト以外で事件を起こすなんて軽率にも程がある。
ん、待てよ? 貴族、ランクA、暴行……どこかで聞いたような……。
「あっ」
「どうした、ヨイチ」
「なんでもない」
あいつだ。モルイに来た日にヒスイを追いかけてたやつがランクAだとか言ってた気がする。
名前は聞いていないし顔も全く覚えていない。
「元々評判の良くないやつだったからな。そんな奴のことはどうでもいい。俺たちも行くぞ」
数には数だ。チェスタのパーティを含めて二十組、総勢百二十人の冒険者によるダンジョン攻略超大型クエストが幕を開けた。
巣はモルイから馬車で三時間の場所にある荒野に入口が出現していた。
先行隊と、僕たちより先に出発していた冒険者以外にも、商人らしき人たちがいる。
商人たちはギルドに乞われてここで臨時の露店を開き、攻略に必要な物品を売り、素材の買取をしてくれるのだ。
五階層の巣のときは、こうする間もなく僕が核を破壊したため、見られなかった光景だ。
ちょっとしたイベント会場みたいになるんだなぁ。
「ヨイチ、不謹慎じゃない?」
僕の心の声にツッコミをいれるのは、背中のバックパックから頭だけ出したヒイロだ。
先日、自動標的で張り切りすぎたヒイロは未だに魔力が万全ではない。
僕の側にいることが一番の回復が早いというので、こうして連れてきている。
時折背中に視線が刺さり、一部の冒険者からは直に「撫でてもいい?」と訊かれたりする。ヒイロは撫でられたそうだけど、僕も頭を撫でられる感覚になってしまうため、「噛み癖があるから」とやんわりお断りしている。
ヒイロが少々不機嫌なのは、撫でられチャンスを僕が潰しているせいだろう。
「あとで僕が撫でてやるから」
「ヒキュン」
ヒイロは「仕方ないか」という声で鳴いた。
「家ではどうしてるの?」
キュアンがヒイロを見つめながら尋ねてきた。
「ほぼ犬扱いだよ。ヒイロも気を悪くしないし」
僕が女の子三人と一緒に暮らしていることは、それとなく話してある。
「犬扱い……」
いつも無表情のアトワが渋面を作る。
アトワは聖獣に何か夢を持っていたらしく、ヒイロを丁重に扱ってくれる。ヒイロ自身は誰のどういう扱いも、嫌なことさえされなければ全く気にしないのだけど。
そんな空気を察したヒイロが、アトワの頭に前足をぽふん、と置いた。
「ヒキュン」
「もっと気楽にやれよ、って言ってるよ」
一応通訳したけど、それは逆効果なんじゃないかなぁ。
ああ、ほらアトワが膝から崩れ落ちちゃった。
「アトワ、あの……」
「いや、勝手に幻想を抱いていたのは俺だ。気にしないで……少しだけ時間をくれ」
ぐぎぎ、と歯を食いしばりながら立ち上がるアトワを、チェスタが呆れ顔で見つめる。
「もういいか? そろそろ俺たちの番だ」
巣が十階層を超えると判明した場合、浅い階層の、低危険度がでるところは低ランクの冒険者達に任される。
巣の内部は冒険者カードが自動でマッピングし、冒険者たちに共有される。
高ランクの冒険者を深いところへ最短ルートで送りこめるよう、冒険者たちで協力して巣を攻略していくのだ。
僕たちのパーティは、ランクAの僕がいるため高ランク扱いなので、危険度D出現の連絡が入るまで待機している。
待機と言ってもやることはある。巣から溢れた魔物の討伐や、周辺から魔物が集まらないよう定期的に巡回もする。
巣の中の魔物は一度討伐すると発生しづらいけれど、時間が経てば増えてしまう。
浅い階層ほど頻繁なので、それらの討伐も待機組の役目だ。
そうして三日ほど過ごした頃、冒険者カードに連絡が入った。
配信された巣マップによると、二十階層でようやく危険度Fが現れたらしい。
「だいぶ深いな。俺たちが付き合えるのは危険度Bの魔物が出る層までだが、それより早く一旦戻る事も有り得るぞ」
チェスタが僕に告げる。
僕は危険度Bの魔物が出た時点でこのパーティとは一旦離れ、可能ならば現地で他のランクA冒険者と臨時パーティを組むことになっている。
別のパーティを組むことに対する不安は殆どない。チェスタ達のお陰だ。
「巣の早期攻略は急務だが、俺たちが無理をする必要はない。他のパーティもいるしな。焦らず確実に攻略しよう」
チェスタのパーティに誘ってもらえて本当によかった。
さらに待機すること二日、三十階層目にて危険度D出現が確認された。
準備万端の僕たちは、すぐに巣へと突入した。
***
先発隊のお陰で魔物とほとんど遭遇することなく、三十階層目まで辿り着いた。
ここから先にも既に何組かパーティが入っているため、マップは三十二階層目まで埋まりつつある。
「ヨイチ、降ろして」
「大丈夫か?」
待機中、僕が寝る時以外はバックパックに入ったまま背負われていたヒイロが、もぞもぞと動き出した。
「もう回復してるし、ヨイチの魔力にもかなり馴染んだ。やっと役に立てる」
バッグから取り出して地面に降ろすと、ヒイロは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振った。
「ヒイロ、何だって?」
「一緒に戦ってくれるらしい」
「聖獣と共闘……」
アトワが天を仰いで陶酔しながら何か祈りだした。嬉しいらしい。天から降り注ぐ光のエフェクト、どうやってるんだろう。
「この先はまだマップが完成していない。気を引き締めていくぞ」
チェスタの言葉に、全員改めて気合を入れる。ヒイロも足元でキリリとした表情を作った。
三十三層目では、別のパーティを助けた。
魔物を討伐した直後に別の魔物に襲われ、ピンチに陥っていたのだ。
キュアンが攻撃魔法で魔物の気を引き、僕とチェスタで魔物を蹴散らし、アトワが怪我人に治癒魔法を使った。
「助かった。礼は必ず」
「楽しみにしておく」
チェスタがあまりに気安く会話をするから、知り合いかと思ったが違った。
「同じクエストを請けてる者同士だからな。このくらいのノリでいいんだよ」
チェスタの人徳が為せる業な気がする。
助けたパーティは、僕らに食料や回復薬をいくらか分けてくれた。
これ以上は実力の問題で進めないと判断した場合、より奥へ進めるパーティに持ち物を譲ることはよくあるらしい。
「ヨイチ、頼めるか」
「うん」
マジックボックスに余裕のある僕が貰った荷物を受け取る。
「ヨイチだって? あんたが?」
そのパーティのリーダーらしき人が、僕の名前を聞いて振り返った。
「はい」
リーダーらしき人は僕を上から下まで値踏みするように眺め、足元のヒイロに一瞬目を留めてから、僕と目を合わせた。
「すまん。いきなり不躾だった。あんたはまともそうだ」
「何のこと?」
「ランクAの冒険者にいい思い出がなくてな。って、ここであんたに話すことじゃないな。引き止めて悪かった」
そう言って、上り階段の方へ行ってしまった。
妙なことを中途半端に言われる方が気になるんだけどな……。
「確かにランクAの連中は一癖あるからな。ヨイチは別として」
アトワが、さっきの人が去っていった方向を見ながらぼそっと呟いた。
「今後パーティ組むらしいから聞いておきたいんだけど」
「知らないのか?」
僕が知らないと言うと、アトワが「それなら」と前へ進みながら教えてくれた。
今回この巣の攻略に参加する予定のランクAは、僕以外に三人。
マイルトは火炎魔法使い。魔物を燃やすのが好きで、素材が目的でも燃やし倒してしまうため、いくつものパーティから追放され現在ソロ活動している。アトワから見た感じ、魔物を燃やす悪癖以外はまともな人だそうだ。
シアーダは剣士。腕は確かだが身勝手な性格で、パーティに所属してもすぐに揉め事を起こすため、冒険者間での評判は良くない。先程、ランクAにいい思い出がないと言っていたのはこの人のことではないか、とのこと。
アルダは……。
「豪快な女性、だ」
「豪快な女性……」
「自分に自信を持っていて、圧が強い。強すぎる」
アトワは「俺は苦手だ」という表情を隠さなかった。
話を聞く前まで「別のパーティを組むことに対する不安は殆どない」なんて言えてたのに、今は不安しかないよ……。
話している間も魔物を討伐し、死骸をマジックボックスに放り込み、下の階層を目指した。
巣の内部は正体不明の光源により常に薄明るいから、時間の流れが掴みにくい。
冒険者カードにアラーム機能がついているのは、巣の攻略のためと言っても過言ではない。
日暮れを知らせるアラーム音代わりの振動を感じ取り、全員その場で立ち止まった。
一番近くの小部屋に入り、そこで野営の準備をする。
僕は小部屋に残って食事の準備をし、他の皆は周辺に魔物が残っていないかを偵察しに行った。
食事の支度ができた頃、小部屋の扉が開いた。
てっきり皆が帰ってきたのかと思って振り返り、おかえりと言いかけて止めた。
「いい匂いは、ここね」
大柄な、知らない女性が立っていた。
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