第二章
1 新たな仲間
家の裏にある空き地は更に雑木林を切り拓き、かなり広めの運動場になった。
端に設置してある「弓矢練習くん」改め「全自動標的生成機Ver2.5」略して「自動標的」の赤いボタンを左手のひらでぽん、と押す。
同時に僕は駆け出して、右手に握っていた長剣で運動場中にランダムに出現した幻影の的を斬り裂いていく。
二十の的を斬り終えると、自動標的のところにいたイネアルさんが「駄目かー」と声を上げた。
駄目だったか、という気分を口に出さないようにして、僕も自動標的のところへ戻る。
的全てに剣を当てるのに掛かった時間が表示されるはずの画面には、「
「もう追いつけなくなったよ」
イネアルさんが残念そうな口調とは裏腹に、ニコニコとした笑顔で自動標的を撫でる。
「すみません」
「いいのいいの。こっちもやりがいがあるよ」
自動標的は、最初の弓矢練習くんの時から格段に性能が上がった。
イネアルさんとおやっさんは僕の要望に応えて、的の表示位置を上下にも対応したり、的の色や形を変えたり、全ての的に攻撃を入れる速度を測るようにしたりと、どんどん改造してくれた。
魔法技術を応用してプログラミングのようなことをしているみたいだけど、僕にはよくわからないです、はい。
しかし、僕の攻撃速度が速すぎるらしく、時間計測に関しては何度改良してもエラーを吐いてしまうのだ。
「また一週間ほど預かってもいいかな」
「構いませんよ。むしろ、僕に付き合わせて仕事を増やしてしまって、申し訳ないというか」
「何度も言ってるけど、私もアルマーシュも趣味でやっていることだからね。最近は実益も兼ねてきているし、ヨイチが試用してくれるのは本当に助かるのだよ」
初期型である弓矢練習くんの方は試行錯誤の末、安価での量産に成功して実際に商品化され、そこそこ売れている。
主な販売先は冒険者ギルドや武具屋。冒険者や傭兵が個人で購入し、ギルドの運動場や郊外の空き地で練習しているのを時折見かける。
いま僕が使っている自動標的は僕に合わせて調整したもので、これは弓矢練習くんでは物足りない人向けに、受注生産する予定だそうだ。
「商品化の目処が立ったら、ヨイチにデモンストレーションをお願いするよ。これより性能は落ちるだろうから、手は抜いてね」
「はい」
僕の意見を散々聞いてもらったのだから、喜んで引き受けるつもりだ。
「それにしても、剣でもこの速さか。しかし何故また、剣の練習を?」
「パーティに入ることになって」
「ああ、義務付けられていたね」
僕は偽名の「ヨイチ」を名乗り、人前では得意の弓矢を封印し、剣を使っている。
これまでソロでクエストを請けていたのだけど、冒険者ギルドから「一定期間パーティに所属するように」という要請が来たのだ。
冒険者は基本、誰かとパーティを組んでクエストを請ける。普通はそうしたほうが安全で効率が良い。
僕の場合は、僕自身が異世界から来たチート持ちで本名を隠したいという事情があって、これまで特定の人と組むことは殆どなかった。
しかし有事の際は複数人で協力して行動することが求められるため、冒険者は必ず一定期間パーティに属す、という決まり事がある。
大抵の人はランクが低い時に自然とパーティを組み、条件を達成している。
僕はスタグハッシュ城の神官サントナに騙されていたため、元仲間たちとこなしたクエストはノーカウント扱いになっていた。
元仲間といっても、リーダー気取りの不東は僕を囮か盾のように扱うことしかしなかったから、パーティプレイらしいものはしたことがない。
いい機会だし、統括にパーティのことを言われた時に「わかりました」と返事をした。
クエストをいくつか、剣での戦闘のみでこなした。
問題なく魔物を討伐できたので、早速パーティを探すことにした。
パーティの仲間は、冒険者ギルドハウスにある募集掲示板で探すのが主流だ。クエスト掲示板とはホールを挟んで対面にある。
どこかのパーティに入りたい冒険者と、仲間を募集しているパーティが思い思いにメモを残している。
クエスト掲示板の前は時間帯によってはごった返しているけど、募集掲示板はいつ行っても人が少ない。
既存のパーティに入るにせよ、自分で集めるにせよ、冒険者ランクは近いほうがいいらしい。
僕のランクはAだからと、ランクC~Aの人たちをの募集を探す。……あまり見当たらない。
そもそもモルイにはランクAの人が僕を含めて七人しかいないらしい。恐らく僕以外は既にパーティに入っていて、仲間も足りているのだろう。
どうしたものかと悩みながら掲示板を眺めていると、後ろから「パーティ探しかい?」と声をかけられた。知らない声だ。
振り返ると、僕と同じくらいの身長の栗色の髪の男が、人懐っこそうな笑みを浮かべていた。
「俺はチェスタという。ランクはBだ。ランクC以上の冒険者をひとり探しているのだが、どうかな」
チェスタと名乗る冒険者をじっと見る。……なんとなく、いい人そうだ。
「ヨイチです。ランクはAです。ギルドの規則で一時的に属するパーティを探していました。それでよければ」
僕が名前をランクを告げると、チェスタは目を見開いた後、少し気まずそうな顔になった。
「すまん、てっきりランクCくらいかと……。いや、こちらは問題ないのだが、本当にいいのか?」
「はい」
ギルドの規則で、と前置きしたから、僕のパーティ加入が短期間であることは伝わっているはずだ。
本当にいいのか? はこちらの台詞だというのに、丁寧な人だ。
「ランクAを迎えられる幸運に感謝するよ。では、宜しく頼む、ヨイチ」
「こちらこそ」
チェスタのパーティは、モルイにあるチェスタの自宅を拠点に活動している。
冒険者ギルドを出た足でその拠点に向かい、他の仲間を紹介してもらった。
「アトワだ。ランクはC」
「キュアン。同じくランクCよ」
アトワは回復と補助が得意な魔法使いだ。薄水色の髪を後ろで一つに括っている。焦げ茶色の瞳は無表情を崩さないからクールに見える。
キュアンは碧色の髪と瞳をした女性で、こちらも魔法使い。眠たそうにゆっくりと話す口調が特徴的だ。
全員僕より年上に見える。
「俺は前衛だが、ご覧の通り二人は魔法使いでな。前衛は他に二人いたのだが、それぞれ訳あって抜けたんだ。ヨイチは一時的な加入だから他に二人探すが、それまでの間はお願いしたい」
「わかりました。できるだけ頑張ります」
僕が気合をいれていると、キュアンがチェスタの袖をくいくい引っ張った。
「ねえチェスタ。ヨイチって、あのヨイチ? 知ってて声かけたの?」
「いや。有名なのか?」
問われても、心当たりがない。
「知らないです」
「どうして本人が知らないのよー!?」
キュアンが眠たげな瞳をカッと見開いた。
「眼光鋭い黒髪のランクA冒険者。グリオをゴブリンの群れから救った英雄の」
ああ、やっぱり目つき悪いのは目立つのか……。
「その話って広まってるの?」
「当たり前よ! よくぞ、よくぞやってくれたわ!」
キュアンは僕の手をわしっと掴み、ぶんぶんと振る。ゴブリン嫌われすぎでしょう。
僕が呆然とされるがままになっていると、アトワがキュアンを引き剥がしてくれた。
「気持ちはわかるが落ち着け。それで、今日はどうするんだ?」
アトワが無表情でチェスタに問いかけると、チェスタが手にメモを摘んで見せた。
「早速クエストを請けようと思う。ヨイチの小手調べだな。どうだ?」
クエストは危険度Dのブラックウルフ討伐。イデリク北西で大群が確認されたため、パーティで請けること推奨されているクエストだ。
「パーティ推奨とはいえ、ランクAが請ける仕事か?」
アトワがチェスタに苦言を呈している。僕に気を遣ってくれているらしい。
「ヨイチに声を掛ける前に手続きしてしまってな」
「三人でやるつもりだったのか。それなら仕方ない。ヨイチ、退屈かもしれないが、やってくれるか」
相変わらずの無表情だけど、僕の目をまっすぐ見て話してくれる。
「勿論」
討伐場所まで徒歩で半日かかるというので、数日は帰れないことをヒスイ達に告げるために一旦家に帰った。
野営の支度をして、今度は町外れへ向かう。
町外れには通称「冒険者広場」という、冒険者がよく待ち合わせ場所に使うちょっとした広場がある。
僕が向かうと、既に皆待っていた。
「ごめん、待たせた?」
「問題ない。俺たちは家からここへ直だからな」
「って、荷物それだけ?」
僕の手荷物は小さめのバックパックに水筒と携帯食料と回復薬がいくつか入っているだけだ。
しかし他の三人も似たような格好をしている。
「マジックボックス使えるから」
チェスタ以外は魔法使いだから、使えるだろうと踏んで正直に答えた。
「ヨイチって魔法使えるのか」
「うん」
そういえば話していなかったな。
というか、三人のこともアトワとキュアンが魔法使いということ以外、詳しく聞いていない。
今のうちに聞くべきかな、どう聞けば失礼にならないかな、と考えていたら、チェスタが驚きながら質問してきた。
「魔法使えるのに、剣もつかうのか?」
「え? うん」
「どうして両方使うの?」
「元々剣しか使ってなくて、魔法は最近使えるようになったんだよ」
キュアンにも詰め寄られ、これも正直に答えた。アトワですら、わずかに目を見開いて僕を見つめている。
「後天的な魔法使いか、珍しいな」
「最初から魔法使いだったら、武器は持たないの? 魔力切れの時はどうしてるの?」
逆に質問すると、アトワが答えてくれた。
「魔法さえ使えれば武器は不要だ。魔力切れを起こさないように戦うか、その前に撤退するのが基本だ」
そういえばスタグハッシュでも、土之井と椿木は武器を持たせて貰っていなかったっけ。
「両方使えたほうが便利じゃない?」
「そんな力ないわ。私、
キュアンは冗談ではなく本気で言っていた。
「ヨイチの戦いぶりは実際に見せてもらおう。さ、行こうか」
チェスタの号令で、僕たちは目的地へ向かって歩き出した。
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