23 魔力と魔眼
ツキコは何度もこちらを心配そうに振り返りながら、ロガルドに引っ張られていった。
そういえばロガルドって、最初にギルドへ救援要請を出した人じゃなかったかな。
状況判断が確かなようだから、安心してツキコを任せられる。
一方の亜院は無理やりもがくせいで、魔力の糸が身体に食い込み血が滲み出した。
痛いはずなのに、それでも動こうとする精神力は流石だ。
「おれをどうする気だっ」
僕がなにかすると思っているということは、自分が僕になにかした自覚はあるらしい。
「なにかする気はなかったんだけどね」
あまり口を利きたくないけれど、亜院は一から十まで説明しないと解ってくれないタイプだから、仕方なく話す。
「僕は確かに弱かったし、皆の足を引っ張ってた。殺そうとしたのは酷いと思うけど、このことで僕が亜院たちに何かするつもりはなかったよ。僕自身がお前たちに復讐するつもりは、全く無かった」
なるべく淡々と、手短にを心がける。
亜院はもがくのをやめて、不思議なものを見る目で僕を見ている。
「何なら、あの城の連中は誰一人信用ならないから早く城から出たほうがいいよ、ってどうにかして伝える方法はないかなって考えてた。いくらなんでも搾取されすぎだ。お前らが城を出た後で関わりたくはないけど」
「信用ならない……?」
「サントナ、冒険者が受け取るべき報酬の九割をピンはねしてるよ。そろそろギルドから制裁が行くはずだ」
報酬ピンはねの件は、相手が城の神官ということと、過去にも同様のことをやっていた可能性があったということで、冒険者ギルドが慎重に慎重を重ねて調査しているため制裁までに時間がかかっている。
僕はもうあの城での出来事なんて忘れたいし、ピンはねされた報酬は勉強代だと思って諦めているのだけど、冒険者ギルドは怒り心頭だ。
冒険者カードを渡さないまま「クエストです」と偽って他人を危険生物の前へ送り込み、自分は安全な場所で報酬だけ吸い上げる行為は悪質極まりないから、相応に罪を償ってもらうべきだと統括が言っていた。
「あの野郎……」
亜院が怒りの方向を一瞬、僕以外へ向ける。
「でももう、どうでもいい。僕はこれからお前を壊す」
亜院は再び僕に意識を向けた。
「壊す? はっ、どういう手段か知らんがおれを動けなくしたくらいで、お前ごときが」
「黙れ」
感情のままに声を出すと、言葉に魔力が乗った。
亜院は喉の奥に何かを詰め込まれたかのように、言葉を発せなくなった。
魔力は、筋力や体力みたいな物理的な力だ。元いた世界にはなかったけれど、この世界には普通に存在している。
魔力だけなら、皆生まれたときから持っている。子供でも魔道具が使える。
魔法として操るには『属性』を得ることが必要不可欠だ。先天的に持つ人と、訓練により後天的に得る人がいる。訓練は、自分の中に元々持っていないものを外部からの刺激で強引に得るという極めて難しいものなので、後天的に得る人は少ない。
魔力のみを属性を介さず自在に操り、魔法みたいなことができるのは、今の所僕以外に知らない。
「僕に止めを刺しに来るだけなら、別にいい。今ならもれなく返り討ちにできるし、適当に相手して追い返すだけにしてただろうよ。だけど、ツキコに……僕の大事な人達に手を出したのは、絶対許さない」
今回、ツキコは多少衰弱はあるものの、ギリギリ無事だった。
でもロガルドがイデリク村の危機を連絡していなかったら、ツキコが拐われたと教えてくれなかったら……。
ツキコや村の人達は相当怖い目にあったのだから、精神的外傷を負っているかもしれない。
亜院を、青くなっているだろう眼で睨む。
「気の弱い奴なら気絶するが、おれには効かない、だっけ」
「……! ……!!」
亜院はどうやら、「どうやってそこまでの力を手にした?」と言いたいようだ。
「お前らのせいだよ」
亜院を許せない。村を襲い人を傷つけ、ツキコを拐ったことを後悔させてやる。
前髪があった時は一番抑えていた感情だ。心地の良いものじゃない。
真っ黒い感情は[魔眼]で魔力に変換され、留めきれなかった魔力が青い燐光となって体外へ溢れ出る。
僕をこんなふうにしたのは、他でもない亜院たちだ。
[魔眼]の解放条件は、「命の危機」だから。
こんなことを、詳しく教えてやる義理はない。
これ以上話すのも面倒くさくなってきた。
魔力が高まった僕の眼で、亜院をじっくり視る。
亜院もこちらの世界に来たから、体内に魔力がある。意外なほど多い。
亜院の心臓のあたりに、右手の人指し指を、わざと突き刺すように強めに当てる。
「!?」
指を伝って僕の魔力を亜院の魔力と繋げた。気色悪いけど、亜院を壊すためだから我慢する。
血液のように一本につながっている魔力の流れの、心臓付近にある一番太い場所。
そこに、僕の魔力を絡めて、引き絞った。
「!!」
亜院が声にならない声で叫ぶ。
僕がやっているのは、血管を周りの筋肉や神経ごと無理やり引っ張り出して、ぐりぐり弄っているようなものだ。
相当痛いと思う。
引っ張り出す道具は僕の魔力だから僕自身も結構痛いが、亜院ほどじゃないだろう。
「! ……!! ……! ……!!」
「やめてくれ! もう二度と節崎に手出しはしない! お前にも近寄らない!」だってさ。
せっかく黙らせたのに、言ってることが解ってしまうと耳障りだ。
うるさいし、あまり亜院に触れていたくないから、引き絞る力を一気に強めて……千切る。
魔力は物理的とはいえ、物体ではない。なのに、ぶちり、と嫌な感触がした。
「!……。………」
亜院が白目をむいて気絶してから、指を離した。
体内循環魔力の一番太い部分を壊したから、亜院は今後、二度と魔力が回復しない。外から受け取っても、留めておくことができない。
この世界の人間は体内に魔力がないと、魔物を倒してもレベルアップはしないし、魔力のおかげで強まっていた各ステータスも初期値に戻る。魔力には病気に対する免疫力みたいな力もあるから、病気になりやすくなるだろうし、この世界に充満している自分以外の魔力へ抵抗する術が消えたわけだから、どんどん衰弱する。
つまり、あと数時間もすれば亜院は生まれたての赤子くらいの力しかなくなる。
身体は成人だし、元々が異世界の人間だから、立って歩くくらいはできるかな。
ほんの少しだけ、やりすぎたかと後悔がもたげる。
でも、僕の大事な人達に手を出したらこうなると、知らせておかないと。
それに、今回はツキコが比較的無事だったからこの程度で済ませたのだった。
もしツキコが傷ついたりしていたら、間違いなくこれ以上のことをしていた。躊躇もない。
イデリク村だって後少し対応が遅れていたら、酷いことになっていたのだし。
魔力の糸の拘束を解くと、亜院はその場にべしゃりと崩れ落ちた。
亜院の体から魔力がどんどん抜けている。気絶から回復しても、立ち上がれないだろう。
このまま放っておいても良いけど、「森に捨てる」をやると連中と同じレベルに落ちてしまうし、生き延びて行方不明になり動向が掴めなくなるのも困る。
ちゃんと捕まえて、所在が確認できる場所へ送らなければ。
冒険者カードを取り出して、通話を開始する。相手は、ギルドの統括だ。
「イデリク村襲撃犯を再起不能にしておきました。森の……あ、そっかこれGPS機能もついてましたっけ……いえこっちの話です。はい、お願いします」
通話の最中、統括がまた「マジかよ」と呟いていたけど、気にしないでおこう。
もうすぐ明け方だ。今日は一日中動きっぱなしで寝ていないから流石に疲れた。
統括はイデリク村にいる冒険者を向かわせると言ってくれたけど、こちらから少しでも近づいたほうが早く済む。
僕は亜院をイデリク村目指して運ぶことにした。
持ち上げようとすると、嫌な臭いが鼻についた。
よく見ると、亜院の股のあたりが前後共汚れている。やっちゃったか。
水属性があれば水で洗い流すのだけど、生憎持っていない。
他の属性で何かできないかと考えて……気分的に勿体ないけど、浄化魔法を使うことにした。
成功したので安心して、でもなるべくその辺りは触れないように担ぎ上げた。
亜院は一旦イデリク村で拘束し、ツキコの無事を確認すると、僕は限界を迎えた。
村の厚意で宿屋に泊めてもらい、図々しくも昼過ぎまで眠りこけてしまった。
「一度ならず二度も助けていただいて」
ビイラさんにお礼を言われかけて、待ったをかけた。
「キラーベアのときのことなら、十分頂きました。今回は元仲間の不始末を自分で処理しただけなので、お礼を言われることではありません」
そしてお礼やら報酬やらの話は、宿代をチャラにしてもらうことで納得してもらった。
……と、思い込んでいた。
後日、アルマーシュさん経由で僕のサイズにピッタリの服や防具が何着も届いた。
防具はディオンさん作の一級品だし、中には「これ着る機会あるの?」という貴族みたいな服も混じっていた。
僕が現金を受け取らないから、村の有志が出し合って揃えてくれたらしい。
僕サイズの服や防具は不本意ながら着れる人が少ないから返却しても持て余してしまうだろう。ありがたく受け取ることにした。
モルイに帰ってこれたのは、騒動から二日経ってからだ。
ヒスイとローズにはギルド経由で連絡をいれていたとはいえ、随分心配させてしまった。
ツキコはとにかく休めと自室に押し込まれ、食事も運び込まれ、三日は至れり尽くせりの扱いを受けたらしい。
僕はというと、ツキコと似たような扱いをうけるはずが、半日の睡眠では魔力が回復しきれなかったらしく、家に帰るなり食事も取らずに眠ってしまった。
魔力の回復には睡眠と食事だとイネアルさんに聞いていたのに、空腹よりも眠気がひどい。
他人に自分の魔力をねじ込むなんて真似をしたから、余計に疲れたのかな。
眠り、たまに起きるとヒスイやローズによって口にスープやサンドイッチを詰め込まれ、また眠る。
そんな生活を五日ほど送っていたらしい。
部屋に差し込む朝の光で、爽快に目覚めた。
着ているものが起きるたびに全身入れ替わっていたのは深く考えないことにして、久しぶりにベッドから立ち上がる。
自分でごそごそと着替えていると、水差しを持ったツキコがノックもしないで入ってきた。
「ヨイチ、もういいの!?」
「うん。ツキコは?」
「ウチは平気。水飲む?」
「頂く」
僕が着替え終わってベッドに腰掛けると、ツキコがコップに水を注いでわたしてくれた。
飲んでいると、ツキコが僕の横に座り、肩に顔を押し付けてきた。
「ヨイチ、ありがとうね。……無事でよかった」
肩にしっとりした感触が伝わる。
しばらく無言で、そのままにしておいた。
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