【10-2】




 いつもと同じ、珠実園での朝の職員会議。


 泊まりでいてくれた先生と、私も含めた日勤の育児支援センターの職員も含めて、みんなで情報共有をする。


「先日お話がありました、松本花菜さんですが、今週末の日曜日から正式にお預かりすることになりました」


 副園長の茜音先生が発表する。


 私も一度面談に来たところに同席させてもらった。あの子が入所するんだ。


「松本さんは高校2年生なので、個室を用意してあげてください。生活指導を担当する先生についてはまた決定の上でお知らせします」



 打ち合わせが終わり、それぞれ持ち場に出ていったとき、職員室の中には私と茜音先生だけになった。


「あの、茜音先生お願いがあります」


「結花先生どうしました?」


 茜音先生が立ち止まって不思議そうに私を見る。ここで怯んじゃいけない。あの子のために私ができること。その第一歩なのだから。


「松本さんを、私にみさせてください。お願いします」


「あらあら、どうしたの?」


 茜音先生はバインダーを胸の前で抱えると、頭を下げた私の手にそっと触れて、視線で応接室に移動する合図をした。ここなら二人きりになれるから。


「結花ちゃん、どうしたの? この間面談に来たから、松本花菜さんが気になる?」


「あの……。この松本さんなんですけど、お母さんを亡くされてしまったんですよね……」


「そう。小さい頃にお父さんを病気で亡くされて、母子家庭で頑張ってこられたの」


「やっぱり、そうだったんですね」


 私が納得するのを、茜音先生はさっきとは違って微笑んでくれた。


「実は、子どもたちを連れて本を借りに行く図書館でいつもお仕事をしていた子なんです。真面目で小さい子たちにも人気があるいい子だなって。でも直感でしたけど、何かあるなって思ってました」


 それは、茜音先生や私も同じだ。どんなに明るく振る舞っていて、普段は全くそんなそぶりは見せない。


 それでも、ときどき見えてしまう影に気づいてしまう。


 本当はもっと楽にさせてあげたい。抱え込んでいるものを解放させてあげたい。そんなことを図書館で何度か見ているうちに思うようになって、でも接点がない私と彼女では手段がないと思っていた。


「そっか。もうそこまで見抜いていたのね」


 茜音先生は頷いて、テーブルに置いてあったバインダーを膝の上に乗せた。そこには彼女の書類が挟まれている。


「迷ってたの。高校2年生で時間が短いから、心のリハビリも短期間で終わらせて、進路も考えてあげなきゃならない。ベテランの山田先生にお願いしようかと思っていたんだけどね」


 茜音先生は、私と初めて接してくれたときのようにふんわりと微笑んでくれた。


「でも、この花菜ちゃんの気持ちに一番寄り添える先生はうちでもひとりしかいないって。この子は結花ちゃんにしかお願いできないと思っていたのよ」


 ペンで私の名前を『担当者』に書き入れながら、茜音先生は「ありがとうね」って私にお礼までしてくれた。


「一緒に来てくれた、担任の先生を覚えてる?」


「はい。すぐに分かりました」


「さすが結花ちゃんね。あたり。あとは説明不要でしょ?」


 確か長谷川先生と言っていたっけ。学校での生活だけではない。


 趣味嗜好、雷の音が苦手だなんで、普通の先生ではここまで深く知ることはないはずた。



 あの当時の私と同じ。ふたりは心の中では『先生と生徒』という関係ラインをすでに越えている。


 陽人さんがいつも言っている『第二の原田結花わたしを作っちゃいけない』。


 それは決して恋愛を否定することじゃない。ふたりの大切な気持ちを踏みにじって壊したりすることは絶対にしてはいけない。


 助けが必要ならば全力でサポートをすることが、自分たちの責務だとも言っている。


「きっと『それ』を理解できるのは実体験のある結花ちゃんしかいないと思う。相談にのってあげて? もし、難しい問題があったら早めに相談してくださいね、そのときはみんなで解決しましょう」


 珠実園始まって以来、初めてのこと。育児支援担当の私が松本花菜ちゃんの指導担当に決まった瞬間だった。


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