第2話ヤマタノオロチ
「はいー。それではー朝礼をー始めますー。」と朝は苦手なんだよと言わんばかりの声量と気だるさで朝1発目の1言を放つ。
生徒のやる気を引き出そうなんて微塵も思って無さそうな、まさにただただこなしているだけという感じ。
松岡〇造の力を以てしても熱くはならないだろう。むしろ松岡〇造が冷めてしまいそう・・・・。
そんな、いわゆるサバサバ系女子である彼女の名前は
コ〇ンのヒロインである毛〇蘭の角?を彷彿させるかの様な寝ぐせを立派にこしらえた、少し茶色がかったショートヘアーに、綺麗な平行2重瞼をした鋭い目、そんなクールなイメージに良いアクセントを出すちょこんとした小さな唇。
平均より少し低い背に、それにそぐわない核爆弾を両胸に装備しているにもかかわらず、スラっとしている。
寝ぐせのままという感じで見た目に気を使わず、いつもダルそうな風貌のくせして見てくれは良い。
正直、絶対モテる。外見だけで判断すればそういう結論にたどり着く。
だが、そんな外見で稼いでいるポイントを無に変える、いや、むしろマイナスにまでもっていくほどに彼女には欠点があった。
「えー先生からー1つーお話ーさせてーもらいますー。」
今から始まるのは、朝礼時の先生たちの義務というか1つの仕事というか、この学校特有の物の1つである。
各クラスの担任が生徒のためになる話や、最近の出来事など、簡単に話す、そういった時間だ。
「神様はーよくー生命を作っただとかー人間を作ったとー言われています。今ーこうして生きているのもー神様のーおかげとーいうことにーなります。でもー生きるのってーすごくー難しいじゃーないですかー。なら死ねばいい、そうなるのがー自然だとー思うんです。死ねばー生きていることで生まれるーストレスやー他人への苛立ちなんかのー負の感情からー逃れられるから。でもー神様はーそんなー唯一の逃げ道であるー死というものにー恐怖というー抑制力をー植え付けたんです。そう考えるとー神様ってーすごくー無責任にー感じませんか?望んでー生まれた人なんてーいないはずなんです。皆ー運命的なんです。今ー世界のどこかでー新しい生命が生まれてーいます。でもーそれと同時にー世界のどこかでー生命が朽ちています。その朽ちた生命の何%がー人生を全うした人なんでしょうか。途中でリタイアした人はーどれくらいいるんでしょうか。途中でリタイアした人にー神様は救済措置をーとるんでしょうか?もしー救済措置が無いんであればー神様とやらはー無責任なうえにー薄情でー崇拝されるべきー者ではーないとー思うんです。これはー私のー意見ですのでー。それではー。」
そう言って、いや、そんな爆弾を言い残して先生は一仕事終えたような、そんな満足そうな顔をして教室を後にした。
「「「「「「「怖ぇーーーーーよ!!」」」」」」」
おそらくクラスの人間全員の心の中で叫ばれているだろう。
そう。これが、これこそが彼女の最大の欠点である、若干サイコな性格だ。
今日の話も然り、前回の好きな拷問ベスト10も然り、正直聞いてられない。
それだけならまだしも、そんなサイコ話をする先生の顔は、吸血したてのドラキュラよりも生き生きしており、まさにそこに人生の生きがいを感じているようで、止められない。
なら、喋らなければ欠点なんて無くなるのでは?という浅はかな意見が飛び交いそうだが、バカか?
たしかに、喋らなくても生きていける世界線があればモテモテになるだろうが、俺たちの世界線は喋らないことは生きていくうえで非常に不自由だ。
言いたいことは声に出さなければ伝わらない。口に出して初めて伝わる。
手話なんて理解できる人の方が少ないし、そもそもあの面倒くさがりの先生ができると思えない。
つまり、先生は美人だけどモテない。
あれっ?意外と神様って公平?
朝から何とも言えない空気間で始まったが、そんなもの時間が経てば薄れていく訳で。
朝礼から4時間ほどが経とうとしている今では、もはや無かったかのようである。
4時間目の時間は総合という時間で、これから文化祭の劇について話し合うらしい。
「おいっ、緑。ここが正念場だぞ。俺たちの拳で勝ち取った照明係という大役を死守するんだ!」
こんな情けないセリフを、さも主役や準主役のような奴のように言う我が友である剛田力に今回ばかりは同意、賛成だ。
まぁ拳で勝ち取ったと言うが、喧嘩とか殴り合いしたわけではなく、じゃんけんをしただけなんだが。
しかもこいつに関しては、1番卑怯っぽいチョキで勝ち取っていた。
やはりはりぼて人間。グーを出しそうな見た目をしているくせにチョキ。
最高だぜ!
「ああ。皆さんに光をお届けするためにも、そして自分たちに光が当たらないためにもここは引けねぇよな!」
俺たちは互いに固い握手をした。低い志の下で。
「それでは、文化祭の話し合いを始めたいと思います。」
2人の男女が教壇に立ち、女の方が話し始めた。
2人は文化祭実行委員という、その名の通り文化祭を取り仕切り、実行する委員の方たちだ。
クラスの事をまとめる統率力、リーダーシップがあり、クラスの人間に信頼されている者だけがなれる。
男の方はサッカー部、女の方はダンス部。
これでわかるか。さっきの統率力とかリーダーシップなんて建前なんだよ!
クラスの主人公、キラキラした奴だけがなれるポジションだってことが!
俺たちの様なモブキャラではまぶしすぎて直視することすらできない。
チッ!クソが。俺の口からもキラキラ出してやろうか。
「って、おいーーー!剛田ー!お前なに口に指突っ込んでんだーー!」
後ろを振り返ると、嗚咽を漏らしているゴリラがいた。
「ああっ!?何言ってんだ。あいつらがやけにキラキラしてやがるから、俺も無理やり口からキラキラしたもん出そうと思っ・・・・おえっ。」
「剛田ーーー!!バカ野郎!ここでお前のキラキラ出したら、お前の人生一生キラキラしねぇーぞ!むしろ、ゲロっとしちゃうよ!カエルよりもゲロゲロしたもんになっちゃうよー!」
「た、確かにそうだな。助かった。やっぱ持つべきもんは友達だな!」
「おいーーー!そのくっせぇ指のついた手で俺に触るんじゃねぇー!!」
剛田の触った俺の右肩は、人の口からはありえない動物園の香りがした。
「え、ええーとっ。前回おおまかな配役を決めて、その後こちらで話し合いをしたんですが、このままだとキャラ数が少ないという事になりました。」
「というわけで、申し訳ないんだけど、裏方の人達の何人か出て欲しいんだけど・・・・。」
俺たちの予想は不幸にも的中したようで、俺たち裏方から何人か劇に出演しないといけないようだ。
「でもさ、俺たちの劇白雪姫だったよな?ならキャラこれ以上いなくね?本物にはいないキャラを作るってのか?」と同じく影の立役者である裏方の人がキラキラした方へ1歩踏み出した。
英雄だ!英雄が現れたぞー!
「ああ。今のままいくと基準の15分が稼げないんだ。だから君の言う通り本物の白雪姫にはいないキャラを作った。もちろん、本物がベースだからそのベースを乱さないキャラだけど。」
「それで、今裏方の人が10人いるんだけど、5人ほどお願いしてもいいかな?」
うわっ。二分の一じゃねぇーか。やべぇなおい。
「で?その作ったキャラって一体何なの?」とさっきの英雄が続けて質問をする。
おいおいそんな口調で質問すると・・・・。
「キャラね、動物だけど?文句ある?」とサッカー部が露骨に不機嫌に返事を返す。
あっ、キレたな。こりゃあーキレてるな。英雄大丈夫か・・・・。
英雄ーーーー!!ちょっと泣きそうになってるーー!目、充血しちゃってるよー!
「そ、そうなんだ、ですね。ありがとうございます。」
言葉柔らかくなっちゃってるよー!もう戦意喪失しちゃってるよ!
「なんかお前動物やりたそうだな。動物みたいな顔してるし。お前やったら?てか、やるよな?」
「うぐっ。は、はい。」
オーバーキルだよー!もう泣いちゃってるよー!
でもやっぱり俺たちの英雄だ。枠が1つ埋まった。
ありがとう、英雄。そして健闘を祈る。
その後、俺たち裏方は熾烈な争いの末・・・・いや、裏方らしい、陰険な、揚げ足の取り合いの様な争い(ただのじゃんけん)の末、英雄を含む、5人の狂戦士が決まった。
1人目。眼鏡と天パがチャームポイント。ひょろっと長い手足と胴体。ソロプレイ時の右手の速さはまさに獲物を目掛けて飛ぶ鷹の様。いや、それ以上。中学の時のあだ名はミスターライトハンド。
2人目。透け乳首は彼の十八番。年中半袖半パンは当たり前、冬は人間暖房機、夏は臭気発生源。中学の時のあだ名はレーズン乳首。
3人目、4人目、5人目は説明不要だろう。
なんせ、俺、ゴリラ(剛田)、そして英雄だからな。
それはそうとして、無敵の『グチパ』が使えないのは想定外だった。
あれの有効期限は小学校までだったか・・・・。
ちなみに剛田は秘儀『最初はパー』を使い、あえなく反則判定。
勝負以前の問題で負けていた。馬鹿が小賢しい事を考えるからだ。
俺の『グチパ』はやり直し判定。もう1度初めからにしてくれた。
まぁ負けたんだけど。
そんなこんなで俺たちは裏方という大役からまさかの畜生になり下がることになった。
動物をするってのは決まったものの、結局どんな動物をするんだという疑問が生まれたが、それは文化祭実行委員の方々によって早急に片付く。
彼らが俺たちの見た目に沿って、白雪姫の劇に支障が出ないよう、適当な役を独断で決めるという強引で少し身勝手な形で。
俺は蛇、ミスターライトハンドはテナガザル、レーズン乳首はもちろん豚、剛田も即決でゴリラ、英雄に関しては喋るインコという事になった。
うん。支障しかないよーー!イロモノばっかじゃねぇーか!
俺の蛇と、レーズン乳首の豚がこの中だと当たりのように感じる。
ゴリラなんか野生で遭遇した暁には間違いなく殺されるし、テナガザルシンプルにキモいし・・・・喋るインコに関してはサッカー部の彼の私情が9割だろう。
まさに独裁政治。文化祭実行委員の奴らがヒトラーやムッソリーニに見える。
だがこれは、今に始まったことではない。最初の配役決めから少し強引だった。
もちろん、やる気があるのはこちらにも伝わるし、良いことなんだが、少し空回りしている。
現に、赤城宇黄音はこの時間になると少しむっとした表情をする様な気がする。彼女の顔を毎朝見る俺の意見だ、信憑性は大いに自信がある。もちろん周りには悟られないようにしてはいるようだが。
彼女の役はこの劇の華である白雪姫そのもの。
憧れる人もいるだろうし、やりたかった人もいるだろう。
だが、主役であるこの役は、文化祭実行委員の2人により、いや、サッカー部の奴により、何の投票も、本人の確認も無しに事前に決められてしまっていたのだ。
そこには、彼の馬鹿らしくも、青春という言葉で片付く思惑があるようで。
どうやら彼は文化祭本番の劇で、王子様役として出演し、白雪姫である赤城宇黄音に告白するという事らしい。
このことは俺の様なしがない、平均的な者の耳に入るくらい漏洩していた。多分彼女の耳にも入っているだろう。
この事実だけを聞けば、サプライズ大失敗、となるのだがこの男まさに策士。
この事がみんなの耳に入ることで、クラスに配役を発表するときには、誰も異議を唱えず、むしろ盛り上がりを見せていた。
だからと言って俺にその場をどうこうする度胸は無く、自分の無力さに打ちひしがれていることしか出来なかった・・・・。
同情するだけでは何も変わらない。口を動かさなければ、声を出さなければ見える世界も、感じる世界も変えられないことを再認識する良い機会になった。
そう、俺たちの白雪姫はまさに悲劇の姫だった。
4時間目の話し合いが終わり、いつもの学校生活という苦行を何とか乗り越え、さぁ後は帰るだけだという頃になる。
俺たち5人の狂戦士の役が決まり、畜生に成り下がる事にも少しの遺憾は覚えつつも仕方なく納得し(納得という選択肢しかなかったが)、俺も山で蛇の観察でもしようかと山籠もりの決意を固めようとしていたその頃、後ろからウホウホと唸るゴリラの声が聞こえた、いや、聞こえ続けていた。
「なぁ、なんでこの俺がゴリラなんだ?俺って野性味?が無いだろ?てかシティーボーイだし、水も滴るいい男だろ?それなのによーあいつの目は節穴だよなー。」
「いい加減にしろーー!お前の目が節穴なんだよ!なにがシティーボーイだ、お前はせいぜいシティーゴリラだよ!シティーで1番バナナが似合うゴリラなんだよ!」
「は、はぁ?!何言ってくれてんだよ!ほらこれを見てもまだそんな妄言を言いきれるのか!」
「なに水かぶってんだーー!ついに野生の本能が目覚めたのか?!」
「何言ってんだよ。ほれ見ろ、水も滴るいい男、官能的だろ?」
「狂気的だよ!」
やべぇよこいつ。俺の唯一の友達は自分の学名がゴリラ・剛田・ゴリラであることを忘れてしまったようだ。
友達止めよっかな・・・・。
「おいー。緑川ー。少しー話がーある。職員室にー来てくれ。」
「えっ。は、はい。」
剛田との馬鹿話をしていると、不意に先生に呼ばれた。
「緑、お前まさか、凜ちゃん先生とアフターか?」
剛田よ。貴様は十分野性味あふれる男だよ・・・・。
「急にー呼び出してー悪かったーですね。」
先生に呼ばれ俺は人のいない保健室・・・・ではなく社会を支える大人たちがむさ苦しく働く職員室にいる。
「いえ、それで、話とは一体何ですか?」
特に何かやらかしたとかは心当たりないし、成績も・・・・呼び出しをくらうほどではないよね。うん。
「いやいやーあれだねー最近ー勉強ー頑張ってるーみたいですね。」
「ま、まぁ。受験生ですから。」
「でもー頑張っているだけでー伸びませんね。なんかー私ー思うんですけどー頑張ってる馬鹿ってー醜いですよね。かわいそうというよりもーざまぁーっていう感じ。」
えっぶち殺しますよ?俺は先生のストレス発散のために呼ばれたのか。残業手当出るんだろうな。
「それはー置いといてですねー蛇役、おめでとうございます。」
どこに置いておくんだ?貴様の遺影の横に置いてやろうか?
「ありがとうございます。」
「蛇ってー緑川君らしくてー私はーすごくー適役だと思っていますよー。」
「は、はぁー。」
まぁ、なよなよしてるとことか、心持ちもくねくねひねくれてるしな。
「蛇ってー昔からー縁起のいいものでー富をもたらすだとかー医学と医療のー象徴だとかー言われているんですー。」
「お好きなんですか?」
「ええ。蛇ってー首を切られてー頭だけになってもー人を襲おうとー懸命にー動くんですよ。そんなのー最高にーしぶと可愛いじゃないですか。」
それを可愛いと言える先生の神経の方がしぶといよ!
「そんなー蛇もーひとたびー姿をー変えればー悪魔にー人々のー恐怖の象徴にーなるんです。日本じゃーヤマタノオロチなんかがー有名ですね。海外だとーメデューサがーいますね。」
「ま、まぁ。確かに。」
話の論点が見えない。一体何が言いたいんだ?
「つまりですね、お姫様はーいつでもーどんなときでもー王子様がー助けに来ることをー待っています。それがー気高くー美しい白蛇でもー醜いー8つの頭を持つものでも。必ずー来るとー最後までー馬鹿まじめにー信じてます。緑川君はー先ほども言った通りー馬鹿です。どれだけー勉強してもー全くー成績がー上がりません。でもー緑川君、あなたはー蛇のようにーしぶとい。結果がー出ずともー小さなー光をー目掛けてー懸命にー努力する。私はーそんなあなたにー無責任にもー期待してしまっている。物語のー終止符を打つのは、打てるのはーあなたであると。」
先生は俺の両手を冷たく、爬虫類のようにカサカサの手で包み込み、蛇のように鋭い平行二重の瞼で俺の目を貫きながら、小さな口を懸命に動かして言う。
そんなのずりぃーじゃねぇかよ。やり方がひねくれ過ぎだぜ。
つまり姫さんを助けろってことだろ。
「俺には8つの頭があるんだ。1つ2ついかれたって屁でもねぇ。もし仮に全部いかれても持ち前のしぶとさで最後まで喰らいついてやるよ。だからよ、先生、事が終わった後はよ、俺の白蛇になってくだせぇよ。俺の心を癒せるのは神に近いその力だけなんだからよ。」
「もちろんです。その時は必ず。」
さぁーて、フィナーレといきましょうか!
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