第18話 日常の一コマ
「ミカ姉、朝だよぉ。」
「う、ウーン……あと5分……。」
「ダメだよ、ミカ姉。早く起きないと……ってキャッ。」
……うーん柔らかいなぁ、気持ちいいなぁ……ギュゥゥゥ……。
「み、ミカ姉、寝惚けてないで、離してっ……アッ……ン……。」
ドカッ!
「あたっ……何なのよぉ。」
私は頭を押さえながら身を起こす。
「あふぁ……クーちゃん、おはよぉ……。」
「ミカ姉、起きた?まだ寝惚けてない?」
「うん、だいひょうぶ……ふわわぁ……ん?顔赤いよ、熱あるんじゃない?」
私が手を伸ばすとクーちゃんは慌てて身体を逸らす。
「大丈夫だからっ!起きたなら早く来てね……もぅ、ミカ姉のバカぁ……。」
クーちゃん、唇押さえて、真っ赤になって出て行っちゃった……どうしたんだろうね?
私達がターミナルを発見してから1ヶ月が過ぎた。
レフィーアの助けもあって、ターミナルがどういうもので、何が出来るかなど大体わかったんだけど、知れば知るほど厄介ごとに巻き込まれる未来しか想像できなかったのね。
それは私以外の二人もそう思ったらしくて、全員一致で隠匿する事で意見がまとまったの。
ちなみに、レフィーアがずっと反応しなかったのは『禁則事項』に引っかかるからなんだって……「どれだけツッコミを入れたかったことか!」というけど、そんなの知らないよ。
そして、元凶となったあの依頼は「ゴブリンキング率いる50匹を越えるゴブリンが森に巣を作っていたのを私たちが発見、巣毎吹き飛ばして解決。」と言うことにした。
私達はギルドにそう報告した後、クーちゃんを連れて森に戻り、ターミナルが用意した家を私たちの拠点として生活を始めることにしたのよ。
それから今日まで、細かい問題は色々あるけどそれなりに平和に暮らしている……。
っと、早く起きないとまたクーちゃんに怒られちゃうね。
私は思考を中断して、手早く着替えると、食堂へ向かう。
「みんなおはよぉ~。」
私がそう言って食堂に入っていっても返事はない。
「あれっ、みんなは?」
「もう行っちゃったよ。」
私の前に朝食を用意しながら、クーちゃんが言う。
今日の朝食は、香草を練り込んだふわふわパンにシーザーサラダ、カリカリベーコンと目玉焼きに果実水……ウン、美味しそうだね。
「みんな待っててくれてもいいのにぃ……せっかちだね。」
「ミカ姉が遅すぎるんだよ。それより目玉焼き、どう?採れたてのを使ったからきっと美味しいと思うんだけど。」
「ウン、玉子の新鮮さもそうだけど焼き加減が絶妙!クーちゃんの朝御飯はサイコーだね。」
私が手放しで誉めると、クーちゃんが照れくさそうに笑いながら、手にしたミルクに口を付ける。
「あれっ、クーちゃん朝それだけ?ダメだよ、しっかり食べないと大きくなれないよ。」
私が言うと、クーちゃんは大きくため息を付いて、呆れた様に言う。
「だから、ミカ姉が遅いんだって。朝御飯はみんなと一緒にしっかりと食べました。」
「そ、そうなんだ……。」
どうやら私が一人ぼっちでの食事にならないように、おつき合いしてくれていたらしい……まだ小さいのによく出来た子だねぇ。
「じゃぁクーちゃんは、わざわざ私の為にお留守番?」
「それもあるけど、今日は街に行く前に採取に付き合ってもらいたくて。」
「そっか、じゃぁこれ食べたら出ようか。」
「ウン、お願い。」
私は可愛い妹の”お願い”を叶えるべく、残りの食事を大急ぎで片付ける。
「お待たせ。」
私が外に出るとすでに装備を調えたクーちゃんが待っていた。
白のブラウスとセットになった膝丈のフレアスカートに、タイトな感じの紺のベスト、ヘッドドレスによく似たカチューシャがクーちゃんのイメージによく似合っている。
一見では探索や戦闘に向いていないような、ごく普通の衣装に見えるけど、特殊素材と古代文明の英知で一般的な金属鎧並みの防御力、上位魔導師ローブ並みの耐魔力がある優れ物……私がクーちゃんの為だけに作った自慢の装備なのですよ。
……ゴメンナサイ、ウソです、実際に作ったのはターミナルの製作工房です……って私がコンセプトを入力、操作したんだから私が作ったっていってもいいよね?
ちなみに私の装備は、桜色のチュニックに濃い紫のキュロットスカートにマント、一応剣をさげているけど殆ど使わないから飾りみたいなものね。
これもターミナル製で、見かけ以上のスペックを誇るんだよね、しかもターミナルの機能の70%はまだ解放されていないからこの程度しかできないって言うけど、100%解放されたらどうなるんだろうね?
近くの森で採集するだけには少し過ぎた装備で、ここまでは必要ないんだけど、それでもこの装備で出かけるのには訳があるのよ。
まずはクーちゃんの訓練。
実はクーちゃんは、私達が依頼に行っている間に、こっそりと冒険者登録していたらしいのね。
何を勝手に……と言いたかったけど、理由が私達に置いてかれないように、って言われたら怒れないじゃない。
だから、冒険者となったからにはそれなりの技術と知識が必要と言うことで、私とミュウでクーちゃんを鍛えてるってわけ。
この装備も、普段から着て慣れておく事と、森では何があるかわからないから何かあったときに対処できるようにと、お出かけの際はこの装備でと言い含めてあるのよ。
まぁ、見た目は普段着に見えなくもないから、クーちゃんもそれ程抵抗なく着てくれているんだけどね。
それから、ギルドにたむろしている暇人達への対策。
アイツ等は、よく難癖を付けてくるから、それなりに自己防衛しておかないといけないのよ。
まぁ、私のクーちゃんに手をかけるバカがいたら容赦しないけどね。
「あ、そうだ、ミカ姉。ギルドに行ってもむやみに冒険者の人たち吹き飛ばしちゃダメだよ?」
野草を採集しながら、ふと思い出したかのようにクーちゃんが言ってくる。
「吹き飛ばすって、私そんな事してないよ?」
……クーちゃんって心読める?
「誰よ、そんな噂流してるのは?風評被害もいい所だわ。」
「……2週間前。」
私が文句を言うと、クーちゃんがジト目で見ている……はて、2週間前何があったっけ?
「……何かあった?」
「覚えてないの?私と一緒にギルドに行った時、レイコブさんやガボエラさんが声をかけてきたじゃないですか。」
「……れいこぶ?がぼえら???」
「本当に覚えてないの?」
クーちゃんが呆れたような声を出す。
と言われてもねぇ……2週間前でしょ?
「アハハ、ミカゲが覚えてる訳ないよ。」
突然、背後から声がかけられる。
「ミュウお姉ちゃん。」
「がんばってる? あ、ミカゲこれしまって置いて。」
ミュウが持っていた魔物の素材を渡してくる。
どうやら一狩り終わった後らしい。
「それで、覚えてないって?」
私は素材を仕舞いながらミュウに訊ねる。
「ほら、この間ギルドでクミンに言い寄っていた男たちがいたでしょ?」
ミュウにそう言われて思い出す。
あの時は確か、クーちゃんと一緒にギルドに行って、買い取りなどの手続きの間クーちゃんはギルドショップを見てくるって言って別行動したんだっけ?
それで、手続きが終わって戻ってみたらクーちゃんが柄の悪い男たちに囲まれていて、助けなきゃってクーちゃんの近くに行ったら、男の一人に肩をつかまれて、それで……。
「あの時の痴漢?」
「そうそう、ミカゲがクミンに群がる男達を吹き飛ばしたでしょ?」
「あぁ、あれね、クーちゃんや店内を傷つけないように苦労したんだよ。」
「そうよねぇ、あのミカゲが、通常の状態であそこまで魔法を制御出来る様になったなんて、お姉さん嬉しいわぁ~。」
「誰が誰のお姉さんよ!」
「ミュウお姉ちゃん、ミカ姉……。」
『諦めなよ、大体最近のミカゲは、恐怖からというより、ほぼ反射的に男を吹き飛ばしてるんだから……。』
何やら困った声を出すクーちゃんをレフィーアが宥めているけど……なんか酷くない?
「うぅ……とにかく、その時吹き飛ばしたのがレイコブさん達ですよぉ……あの人たちは私に色々と親切に教えてくれていただけなんですぅ。」
うーん、クーちゃんはこう言ってるけど、世の中、一見親切に見えて、酷い事する男って一杯いるからねぇ。
きっとその、れい……何たらも、クーちゃんを丸め込んで連れ去ろうとしていたのかもしれないし……。
「いーい、クーちゃん。世の中にはねぇ『俺達が色々教えてやるから、ちょっとこっち迄来いよ』なんて言って逃げ場の無い所に連れ込んであんなことやこんなことをしようとする男が一杯いるのよ。騙されちゃダメよ。」
「うぅ……だから誤解なのにぃ……。」
「ボーイフレンドが出来たら大変だねぇ。」
ミュウがクーちゃんの肩をポンポンと叩きながら笑っている。
「うぅ……ミュウお姉ちゃ~ん………。」
「クーちゃんにボーイフレンド?ダメよ、まだ早いわ。それにもし出来たのならちゃんと紹介するのよ?吹き飛ばしてあげるから。」
「だから吹き飛ばさないでってば。それに今はまだボーイフレンドなんて考えられないよ。お姉ちゃん達と一緒にいたいし。」
くー、このいじらしさ……。
私たちの妹は最高ですよ。
「い、痛いよ、苦しいってば。」
「あ、ごめんね。つい……。」
あまりにもの可愛らしさに、つい抱きしめる腕に力が入っちゃったみたい。
「いちゃつくのはそれぐらいにして置いて、そろそろいける?」
「あ、ちょっと待って、後レチゴの希少種が残ってる。」
先を促すミュウにクーちゃんが待ったをかける。
「希少種ねぇ……収納に入っているけどそれじゃぁ意味がないんだよね?」
私の言葉にクーちゃんがコクリと頷く。
自分で受けた依頼だからね、自分で探さないと意味がないけど……手助けぐらいはいいよね。
「じゃぁクーちゃんにレクチャーしましょう。レチゴの群生地ってどんなところかは覚えてる?」
「うん、直射日光が当たらず、でも比較的明るくて、涼しく、多湿なところ。」
ウン、よく勉強してるね。
「その通り、ちょうどココみたいな場所ね。じゃぁ『希少種』って何なのかはわかる?」
私の問いかけにクーちゃんが黙り込む。
分からない訳じゃないけど、どう言葉で説明すればいいかわからないって感じね。
「希少種って言うのは、簡単に言えば突然変異なのよ。生物が生き抜くために環境に合わせて、自らの特性を変える……それが突然変異……ココまではいい?」
コクコクと頷くクーちゃん。
「じゃぁもう一つ質問ね。レチゴに限らず果実って何であんなに美味しいのかわかる?」
「うーん……動物に食べてもらって種を運んでもらうため?」
「正解!植物は自分で動けないから……例外もあるけど………広域にわたって繁殖するための手段として果実ごと種子を運んでもらうのね。つまり希少種が通常種より美味しいのは、自分の種子をより多く運んでもらうための、これもまた環境適合の一環な訳。ここまで理解できた?」
ちょっと自信なさげながらも一応頷くクーちゃん……うーん難しかったかな?
「簡単にまとめると、希少種は自分たちの繁殖の為に通常種以上の努力をしているって事。逆に言えば努力をしないといけなかったって事なんだけど……通常種と希少種の違いは覚えてる?」
「希少種は通常種に比べて葉が大きく、また一株に1房の果実しかできない……。」
クーちゃんが思い出すようにしながら答えてくれる。
そこまで知っていれば後はおのずと答えが出るんだけど……。
クーちゃんは少し考えた後、目を輝かせる。
「つまり、希少種は通常種より過酷な条件の所に群生している……であってる?」
「その通り。葉が大きいのはより多くの光を効率的に浴びる為、果実の数が少ないのは、多くの果実に回すほどの栄養が無いから……そして、この群生地を見てみると?」
「分かった、分かったよミカ姉!」
クーちゃんは、少し離れた大木の裏側に回る。
クーちゃんが向かった先にあるのは、レチゴの群生地からさほど離れていないけど、大木の所為で日当たりが悪く、根元にはたくさんのキノコが根付いている為、いかにも発育が悪くなりそうな場所だ。
それを裏付けるかのように、そのあたりにあるレチゴは、実も小さく、色合いも良くない……が、そういう場所は突然変異が生まれやすいというのは自然の摂理なのよ。
「あった、あったよミカ姉!」
やせ細ったレチゴの中から希少種の果実が3つ顔をのぞかせていて、それを見つけたクーちゃんは満足そうに笑っていた。
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