第14話 旅の仲間その2
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「ほらっ、ほらっ、ほらっ……。」
「ちょっ、ちょっと、ま、待って……。」
「ま、た、な、い、よっ……!」
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
「くっ……。」
右、左と繰り出されるミュウの剣を、手にした杖で何とか捌いていく……けど……。
「ミュウちゃん……速すぎ……るよぉ……。」
ガンッ!
「しまっ……。」
私の杖が弾き飛ばされ、目の前にミュウの木剣が突きつけられる。
「ふふん、これで87勝0敗ね。」
ミュウが勝ち誇ったように言ってくる。
「ぶぅー、大体魔法使いの私が、前衛職のミュウちゃんに敵うわけないよぉ。」
「いやいや、ミカゲは『勇者』なんでしょ?だったら剣ぐらい使えないとね。それにハンデとして、私に一撃入れるか5分持てばミカゲの勝ちにしてるでしょ。」
「そうなんだけどぉ……使ってるの剣じゃなくて杖だしぃ……。」
いくらハンデもらってもねぇ……素人の私が適うわけないのよねぇ。
とはいっても、この世界は過酷だからいざと言う時の為に戦闘訓練はしておくに越したことないわけで……。
「ミュウお姉ちゃん、ミカ姉ぇ、ご飯できたよぉ。」
テントの方から私達を呼ぶ声がする。
「あ、ご飯だよ~。続きはまた後でね。」
私は逃げる様にしてその場を離れる。
「……ったく、すぐ逃げるんだから……はぁ、私ももっと精進しないとね……ホント、勇者ってズルいなぁ。」
だから、ミュウが自嘲気味にそんな事を呟いていたのに気づかなかった。
◇
「ん?マリアちゃんはまだ帰っていないの?」
「マリアお姉さんはさっき帰ってきたんだけど、何か街でケガ人が多発しているみたいで、また行っちゃった。」
テントの中にもマリアちゃんがいないことを確認してから聞いてみると、クーちゃんがそう答えてきた。
「そうなんだ……ありがと。」
クーちゃんが差し出してくれたお椀を手に取り口を付ける。
「美味しぃ……クーちゃん腕をあげたね。」
「エヘッ、ミカ姉のご指導の賜物です。」
クーちゃんがお道化た様にペコリと頭を下げる。
「私にも頂戴。」
「あ、ミュウお姉ちゃんお疲れ様です。」
戻ってきたミュウにクーちゃんが、いそいそとお椀にスープをよそって手渡す。
「ありがとう……ホント美味しいね。」
ミュウの誉め言葉に、クーちゃんが頬を染めながらも満面の笑みを浮かべる。
その様子は憧れのお姉さんに褒められて悦ぶ妹そのものだ……うぅ、あの笑顔を向けられるミュウが妬ましい……って、べ、別に嫉妬してるわけじゃないんだからね。
あの事件から1ヶ月近くが過ぎた。
クーちゃんがお母さんとお別れした翌日、街の人が訃報を聞きつけて押し寄せ、その後の色々をやってくれたので私達はすることが無かった。
ただ、問題はクーちゃんの今後についてだった。
あのような街なので、街の人たちは全員でクーちゃんを見守るつもりでいて、中には引き取って一緒に暮らそうと言ってくれる人もいたのだが、クーちゃんはそれらのすべてを丁寧に断って、私達と一緒に居たいと言い出した。
私もミュウも、街の人々も説得をしたけど、クーちゃんは頑として聞き入れず、私達と一緒に行く事だけを望み、結局戻って来たレフィーアの『頼まれてるし、いいんじゃない?』と言う一言でミュウを連れていく事になったのだった……まぁ、クーちゃんのお母さんから「娘をよろしく」と言われた時点でこうなるんじゃないかって予想はあったんだけどね。
それから何だかんだと準備をして街を後にしたのは1週間たってからの事だった。
私としてはもっと街にいても良かったんだけど、クーちゃんが「世間を見て回りたい、この街にいると思いだすだけで悲しくなるから。」と言うので思い切って旅に出る事に決めた。
ただね、クーちゃんの本音はミュウの事だと思うのよ。
亜人排斥者が少ない町とはいっても、皆無ってわけじゃなかったし、色々な嫌がらせを受けていたのを私は知っている……多分クーちゃんもどこかで見たか聞いたかしたんだと思う。
多分ミュウも気付いてたんじゃないかな?
旅に出ると言った時、凄く優しい目でクーちゃんを撫でていたからね。
でも、ここで予想外の出来事が一つ……私達が旅に出ようと馬車の所までくると、その御者台に何故かマリアちゃんが……何でも私達について来るって言うのね。
いやいや、司祭のお仕事、放っておいたらいけないでしょ?
「私は女神様に信仰を捧げています。即ち、女神様のいる所が私の行くところです!私の信仰は何物にも邪魔はさせません!」
そう言ってミュウと大立ち回りを始めたのよ。
まぁ、ミュウも本気ではなかったと思うけど、マリアちゃんも中々しぶとくて、結局人が集まり始めたので、根負けしたミュウがマリアちゃん共々、私達を馬車に押し込んで逃げる様に街を飛び出したのね。
ちなみにこの馬車は、クーちゃんをさらった悪徳商人の持ち物だったんだけど、何故か私達の者になっちゃったんだよね。
ミュウが言うには報酬代わりだって言ってたけど……まぁ、細かい事はいいかぁ。
と言うわけで、今の私の仲間は双剣使いの猫獣人ミュウと、神聖魔法の使い手であるクレリックのマリア、私の妹分のクミン、そして自称守りの女神の妖精レフィーアなんだけど……旅立った時は一人が気楽とか言ってたのに、気づいたら仲間と一緒に旅してる……不思議なもんだね。
「なに、ニマニマしてるの?」
気持ち悪いわよ、とミュウが言う。
「ミカ姉気持ち悪い。」
追従してクーちゃんまで言ってくる……酷いよぉ。
「クーちゃんの料理の腕が上がって嬉しいなって思っただけよ。」
一緒に旅が出来るのが嬉しいと思ったなんて事は恥ずかしいので言わず、別の事で誤魔化す。
「ミカ姉にはまだまだ敵わないのが悔しい。」
ちょっと拗ねたようにそんな事を言うクーちゃんが可愛いと思い、思わず頭を撫でる。
しかし、「ミカ姉」ねぇ……。
ふと幼馴染の男の子の顔が浮かぶが、慌ててそれを振り払い、思考を切り替える。
クーちゃんは最初の頃は、私達を「お姉さん」と呼んでいて、なんとなく距離を感じていたんだけど、最近では慣れてきたせいなのか、ミュウの事を『ミュウお姉ちゃん』、マリアちゃんの事は『マリアお姉さん』、そして私の事を『ミカ姉』と呼ぶようになった。
心の距離は縮まったような感じでそれはいいのだが、なんとなく私には「姉の威厳」が無い感じで、何かモヤモヤする。
その事をクーちゃんに訊ねてみた事もあるけど「えー、だって、ミュウお姉ちゃんは「お姉ちゃん」だし、マリアお姉さんはなんとなく「お姉さん」って感じだから……。」と言われ、じゃぁ私は?って聞くと「ミカ姉はミカ姉だよ?」って笑顔で言われたため何も言えなくなってしまった。
まぁ……それだけ心を許してくれるんだって思う事にする……でも、「お姉ちゃん」って呼んでもらいたいよぉ。
「ところで、明日ぐらいに一度、街に行かない?」
食事を終えたところで、私はそう提案する。
「街って……大丈夫なの?」
ミュウが心配そうに聞いてくる。
「ウン、まぁほとぼりも冷めただろうし、クーちゃんの服も買ってあげたいし、何よりお風呂に入りたいよね?」
ここから街までは目と鼻の先だ、それなのになぜこんな森でテントを張っているかと言うと……まぁ、いつものアレ、です……私が悪いんじゃないからねっ。
ただ、マリアちゃんとクーちゃんにちょっかいを掛けようとする男たちがいて、助けに入ってくれた男の人共々吹き飛ばしちゃったってだけで……。
慌てて街の外へ逃げたから、顔は見られてない……はず。
「ミカゲがいいなら、別にいいけど……まぁ、マリアが上手くやってくれてるはずだしね。」
「ミカ姉……ムリしないで。」
二人とも心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
「や、やだなぁ、私は大丈夫だよ。それにマリアちゃんの話だと、穏やかで住みやすそうな町みたいだし、ここに落ち着くならしっかりと下調べも必要でしょ?」
今後の方針として、まず落ち着ける拠点となる街を探す事、いい所が見つかれば、そこを中心にして、依頼を受けたり修行したりして自分たちのレベルアップを図りつつ情報を集める事等を話し合っていた。
実際ミュウもまだコレと言う目的があるわけでもないし、私だって、胡散臭い魔王退治という事以外目的があるわけじゃない。
また、実際に魔王を倒すことになるにしても、今の私では到底敵わないので、どちらにしてもじっくりと腰を据えてレベルを上げる必要がある。
とはいってもねぇ、どこかでのんびりゴロゴロ暮らせればそれでいいやっていうのが本音なんだけどね。
クーちゃんをあての無い旅につき合わせる訳にもいけないしね。
その為にも、こんなところで躓いているわけにはいかないのよ。
「という事で、明日は街に行くわよ。」
「あら、それはちょうどよかったですわ。」
私が高らかに宣言したところに背後から声が重なる。
振り返ると、ニコニコとしながらマリアちゃんが立っていた。
短い付き合いだけど分かる……彼女がこういう表情をしている時は、何らかのトラブルの前兆だという事が……。
「どういうこと?」
ミュウがマリアちゃんに訊ねる。
「えぇ、実は……。」
マリアちゃんの話をまとめると、私達がいる所から丁度町の反対側にある森で、ゴブリンの目撃例が頻繁に上がるようになったんだって。
今のところ被害は無いらしいんだけど、森に採集に行く人たちからの不安の声も多くて、ギルドで調査の依頼が出たのらしいけど、丁度手頃な冒険者がいなくて困ってるんだって。
「で、その依頼を得私達が受けようって事?」
「えぇ、一応依頼内容は森の調査、もし危険があれば出来る範囲での排除。依頼料は調査で銅貨30枚、危険があった場合内容に応じて銀貨1枚からの追加アリってところだけど、どうですか?」
そう言ってマリアちゃんが私達を見る。
依頼そのものとしては別に受けてもいいんだけど、問題は……。
私はそっとクーちゃんを見る。
「依頼の内容としては妥当な所ね。受けてもいいとは思うんだけど……。」
ミュウも同じことを考えていたのか、クーちゃんに視線を向ける。
そうだよね、流石に戦闘が発生するかもしれない所にクーちゃんを連れて行くわけにはいかないよね。
「私なら大丈夫ですよ。」
クーちゃんはそういうけど……。
「クミンさんの事は安心してください。私達が依頼で留守にする間、ギルドで面倒を見て貰う事で話がついています。」
「「「えっ?」」」
私達の声が揃い、一斉にマリアちゃんを見る。
「それなら安心……かな?」
「うぅ、私大丈夫なのにぃ。」
「話しつけたって……まさか既に受けてきたの?」
驚いたのは同じでも、私と二人では驚きの内容が違ったみたいで、私はマリアちゃんの手回しの良さに驚いたんだけど、二人は、勝手に話が進んでいる事に驚いたみたい。
そして、勝手に依頼を受けて来た事を責めるミュウにたじたじとなっているマリアちゃん。
「ほら、皆困っていたみたいだし……ほっとけないよね?ねっ?」
「知らないっ。」
助けを求めるようにこっちを見るマリアちゃんだったが、クーちゃんは勝手にお留守番を決められた事がお冠だった様でプイッとそっぽを向いてしまった。
マリアちゃんは私を見てくる……仕方がないなぁ。
「まぁ、いまさら言っても既に受けちゃったようだし、これからどうするか考えましょ?」
私はそう言ってミュウを宥めると、マリアちゃんはホッとしたように胸をなでおろす。
「ふぅ……そうね、取りあえずは街へ行って詳しい話を聞きましょ。で、美味しいものを食べて早めに休みましょうか。」
ミュウの提案に私達は大きく頷く。
「あ、もちろん、今夜の食事はマリアの奢りだからね。」
そう言って、マリアににっこりと笑いかけると、マリアちゃんは目に見えて蒼褪める。
ミュウは、人の奢りとなると際限なく食べるのだ。
それを知っている私とクーちゃんは、心の中でマリアちゃんに手を合わせる……世の中は世知辛いものなのよ。
そして私達はテントなどを片付け、予定を変更して街へ向かう事にした。
◇
「はい、これで手続きは終了です。」
受付のお姉さんが笑顔でギルドカードを渡してくれる。
取りあえず問題が無いみたいでよかったよ。
私達は街に着くと、まずはギルドへ向かった。
依頼を受けるにしても詳しい話を聞いておかないといけないし、そもそも冒険者じゃないはずのマリアちゃんが本当に依頼を受けたのかという確認もしなければならなかったからね。
そして案の定、マリアちゃんは冒険者じゃない為、依頼の受注はされていなかった……まぁ、適当な冒険者がいないというのは本当みたいで、依頼は宙に浮いたままになっていたんだけどね。
なので、まずはマリアちゃんを冒険者登録して、私達のパーティ『フェアリーメイズ』の一員として登録してもらい、改めて依頼を受ける事にした。
「取りあえずこの子の特記事項の件、よろしくお願いするわよ。」
「えぇ、大丈夫です、当方としても無用なトラブルは避けたいですからね。隣国での事柄でしたが、この国でも問題なく周知される様に、ギルドとして追記しておきましたのでご安心ください。」
そう言って微笑む受付のお姉さんをまじまじと見つめる……おっとりしている雰囲気なのに、仕事ができる人なんだぁ、憧れちゃうね。
「ところで、受けていただいた依頼についてなのですが……。」
美女と美少女の真剣なやり取り、絵になるねぇ……と、私はミュウとお姉さんが依頼について話しているのをぼんやりと眺めていた。
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