第2話 私が勇者!?それなんの冗談よ?

「もう諦めたら?」


 目の前に座る妖艶な雰囲気のお姉さんがそう言ってくる。


「イヤ!諦めたらそこで終わりだってエライ先生が言ってたもん。」


「だからって……。」


 お姉さんが呆れたような目で私を見てくる。


「私はただ街の外に行きたいだけなのよ?」   


「だから、それには許可証がいるの、分かる?」


「許可証ってどうすれば貰えるのよ?」


 ……そして話はループする。


 さっきからこの繰り返しだった。




 目の前のお姉さんはアイシャさんと言って、ある冒険者グループのリーダーらしい。


 門のところで揉めていた私を救ってくれた優しい人だ。


 そして今も私の我儘に付き合ってくれている。


 ……そう我儘だ。


 それは分かってるんだけど……仕方がないじゃない。



 街の外に出る門の所にいたのもやっぱり男の人だった。


 なるべくゆっくり近づいて行ったんだけど、やっぱり恐怖が拭えなくて……それでもなるべく距離を取りつつ、門を通してもらおうとしたら、その行動が怪しいという事で捕まりそうになり、それが更に私の恐怖心を煽ってつい悲鳴を上げてしまった。


 そこに駆けつけてくれたのがアイシャさん達で、私はすぐに彼女の影に隠れると、アイシャさん達には、いたいけな女の子(私の事よ?)に無理矢理迫る門番、と言う風に見えてしまい一悶着あったのだ……門番さんゴメンね。  


 収拾つかなくなって警備隊まで出て来た所で、私はアイシャさん達に、男の人が怖い事、近くに寄ったり話したりする事が出来ないので、なるべく離れて通してもらおうとしただけ、などの事情を話したら……思いっ切り怒られた。


 結局、街の外に出るには許可証必要で、どちらにしても私が街の外に出るのは無理だそうだ。


 なので、どうすれば許可証がもらえるのかと聞いてみると、王様に会って許可証を発行してもらえと言われた。


 ……結局王様に会わなきゃいけないのかぁ。


 大体、許可証云々ってお役所仕事でしょ?何で王様が出てくるのよっ?


 盛大に文句を言ってみたが、ここではそういうものらしい。


 仕方がないのでアイシャさんに、他に方法はないかと相談を持ち掛けると、冒険者になればいいと教えてくれた。


 冒険者になって発行されるギルドカードはそのまま身分証や各種許可証を兼ねる為、外に出るときもギルドカードを見せるだけでいいらしい。


 しかも、一定の年齢以上であればだれでも冒険者になれるらしいので、私も手続きさえすればいいとの事だった。


 そんな便利ならすぐにでも、という事で冒険者登録をするためにギルドまで案内してもらう。


 冒険者は誰でもなれるけど、その資格を維持するのが大変だと、ギルドまでの道すがらアイシャさんが教えてくれる。


 冒険者にはランクがあり、一定の条件を満たすことでランクアップできる……ただし、ある一定の条件を維持していないとランクが下がる事もあるのだそうだ。


 そして、当然ながら冒険者になりたての人は、みんな最低のFランクで、Fランクを維持するためには最低月1回は依頼を受けて完了する事、だそうだ。


 もしこの条件をクリアできないと、冒険者資格は剥奪され、再度登録する為には厳しい審査があるらしい。


 まぁ、考えてみれば当たり前だよね、登録だけしておいて恩恵だけを受けようとする人がいたら困るもんね。


 でも、Fランクの依頼の大半は、お使いだとか採集などが多く、何とかなりそうだから、冒険者になればすべての問題が解決する……と思ってた時がありました……。


 ギルドの受付は優しいお姉さんだったし、細々した手続きも問題なくクリアできたんだけど、いざ登録、と言う段階になって私が名前を告げると、お姉さんが困ったような顔をして「王様の認可がいる」と言うのよ。


 おのれ……またしても王様か……まったく……王様に会って話が出来るのだったら、最初からこんなに悩まないっての。



 ……で、ここまで辛抱強く付き合てくれていたアイシャさんが、諦めて王様に会いに行けって言うんだけど……それが出来たら苦労しないのよ。


 そんな顔でアイシャさんを見るが、彼女も呆れ顔を隠そうともせずに私を見る。


「でもねぇ……あなた指名手配されてるよ?」


 アイシャさんが、いましがたギルドのお姉さんが張った張り紙を見てそう言ってくる。


「何でっ!私何もしてないのにっ!」


「うーん、ミカゲと言う少女を見かけたら、すぐ王宮に通報せよ!……だってさ。」


「何それっ、わけわかんないよ!」


「あ、補足が書いてある、何々……街中の各地で怪しい行動を起こしている少女、テロリストの可能性もあるので、決して手は出さない様に……。」  


 アイシャさんがジロリとこちらを睨む。


「アンタ、ホントはテロリストなん?」


「誤解だよっ!冤罪だよっ!」


 言うに事欠いてテロリストだなんて……くそっ、王様めぇ……そこまでしてこの私に会いたいのかっ!


「まぁ、どっちでもいいけどさぁ、とりあえずがんばってね。」


 じゃぁ、と言って立ち去ろうとするアイシャさんの手を掴む。


「えっと……離して?」


「イヤっ。」 


 ここで逃がしたら後が無いので私も必死だ。    


「でもねぇ……。」


 明らかに面倒事はイヤだと顔に書いてある。


「お願い、せめて門の前まで一緒に行って……アイシャさんと一緒なら頑張れる……気がする。」


「いや、そこは一人で頑張ろうよ?」


 アイシャさんが呆れた声を出すが、私だって必死なのだ。


「酷い!私を捨てるのっ!出会った時は優しくしておいて、用が済めばポイっなのっ?あんまりだわっ!」


 私の声に周りが騒めく。


「なんだなんだ?」


「修羅場か?」


「あの大きな姉ちゃんが、年端のいかない少女を弄んで捨てたんだってさ。」


「女同士で……ゴクリ……。」



 私の知らない内に話が大きくなってる気がするけど……ま、いっか。   


「お願い、(見)捨てないで!」


「わ、分かったから!取りあえず出るわよ!」


 そう言ってアイシャさんは縋りつく私を抱えてギルドに併設された酒場を出ていく。


 背後では受付のお姉さんが苦笑しているのが見て取れた。



「まったく……質の悪いのに引っかかった気分だよ。」


「ゴメンね……でも(見)捨てられたら困るしぃ……。」


「あなた、わざとやってるよね?」


「あ、気づいた?」


「はぁ……もういいよ。王宮の門のところまでよ。」


 アイシャさんは呆れたように言い、私を引きずるようにして王宮の門へと向かって歩き出した。


 ◇


「だから、この子は極度の男性恐怖症なんだよっ……ってお前も逃げるなっ!」


 門番さんに一生懸命説明してくれているアイシャさんの背中に隠れていた私だったが、覗き込んできた門番さんが怖くて逃げだそうとするところをアイシャさんにつかまる。


「アンタも不用意に近付かないでくれよ。この子が逃げちまうから。……って、だから逃げるなっ!」


 アイシャさんの力で首根っこを掴まれては逃げだすことも出来ない……私は諦めて力を抜く。


「まぁ、事情は分かった……でそちらの嬢ちゃんの名前は?用件は?」


 門番さんが距離を取りつつそう聞いてくる。


「ほらっ、それくらい自分で言えるだろ?」


 アイシャさんに促され、私は自分の名前を告げる。


「えっと……ミカゲ……です。用件は……わからないの。母さんが……王様に……会いに行けとしか……。」


 何とかそこまでを伝える事が出来たのだが、私の名前を聞いた途端門番さんの顔色が変わるのが分かった。


 何かマズかったのかな?あ、手配書?


「あ、あの、別に王様に会えなくてもいいんです、街を出る許可証か、ギルドの登録を認可してもらえれば……。」


 私の言葉を聞いて、更に慌てる門番さん。


「いえ、そういうわけには……すぐ係りの者を呼びますのでそこで待っていてください!」 そう言いながら近づいてくる門番さんが怖くて、私は再度逃げようとするがアイシャさんにつかまる。


「だから、アンタも近付かないでって……お前もすぐ逃げ出そうとするんじゃない。」


「ハッ!失礼しました!」


 そう言って再び距離を置き、どこかへ連絡している門番さん……もう帰りたいなぁ。


「ねぇ、帰っちゃダメかな?」


「帰ってもいいけど、また同じことの繰り返しだぞ?私達は明日の朝一でこの街を出るから明日は付き合えないぞ?」


 アイシャさんにそう言われて私は黙って頷く。



「もう少しだけお待ちください。」


 どこかと連絡していた門番さんが戻ってくる。


 そしてアイシャさんに向けて話し出す。


「失礼ですが、冒険者の方ですよね?」


「そうだけど何か問題が?」


 アイシャさんの眼が険しくなる。


「いえ、王宮より連絡が来ています。迎えのものが来るまで、そのお嬢さんを決して逃がさない様にと……それで依頼完了になりますが、もし逃した場合報酬は払えないと。」


 えっ、なにそれっ?私の扱い酷くない?……って、私をアイシャさんがつきだした事になってるのっ!?


「それは構わないけど……。」


 アイシャさんが、お前ホントに何をやったんだと言う目で見てくる。


 そんなのこっちが聞きたいよぉ。



 誰も彼も信じられないよぉ……、もういいや、この村の端っこで、誰にも見つからない様に段ボールにくるまって暮らそう。


 私はそう決意してその場を立ち去ろうとするが……回り込まれてしまった。


「金貨1枚の報酬だからね。逃がさないよ。」


 流石は現役の冒険者。


 ランクがどれ位かは分からないけど、私では逃げる事は出来ないみたいだった。


 でも私の手配額が金貨一枚って……絶対何かが間違ってるよ!


 ギルドで教えてもらったこの世界の貨幣価値……銅貨1枚が大体日本円の100円相当らしい。


 銅貨が100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚……つまり銀貨1枚で1万円、金貨1枚だと100万円相当という事だ。


 ちなみに金貨の上には白金貨と言うのが存在するらしく、これは金貨100枚相当……つまり1億円ね……そんなの一般人が目にすることはまずないって話はよく分かるわ。


 そんな高額賞金首の私って何者なのよっ!……史上最大のテロリストになった気分の私は、釈然としないまま迎えに来た馬車に乗せられる。


 そしてそのまますぐ走り出してしまったため、アイシャさんにろくなお礼も言えないまま別れる事になってしまった。


 でも、お陰で金貨1枚もらえたんだからいいよね?


 私の事情を加味しているのか、馬車の中にはメイドさんだけが乗っていた……どうやら私の案内係らしいけど……メイドさんって初めて見たよ。


 そのメイドさんは大変可愛らしく、メイドさんと言うよりメイドちゃん?


 こういうのがメイドさんと言うなら、真ちゃん達が狂喜乱舞するのも分るかも?なんて思ったりしている間に馬車が王宮の入口に着く。


 私はそのメイドちゃんに促されて王宮の中に足を踏み入れる。


 案内されたのは謁見室と言う所だろうか?


 入り口から絨毯が前方まで通路の様に敷かれていて、その両脇にずらりと槍を構えた衛兵達が並んでいる。


 うぅ……怖いよぉ。


 私がその場から動かずにいると、メイドちゃんが私の手を引っ張ってくれる。


 私はその手の温もりに勇気づけられて歩き出す……ほんのちょっとの我慢だよ、これさえ終わればすぐ逃げ出せるからと自分自身に言い聞かせる。



 前方の玉座にいかつい男の人が座っている……あれが王様かな?


 その横には可愛らしい女の子が立っていた……ここにいるって事はお姫様かな?


 お姫様と目が合うと、彼女はにっこりと微笑んでくれた……可愛い。


 王様の所まであと3m位の所で私の足が止まる。


 頑張ったけど、これ以上は無理……周りを囲まれているってだけでも耐え難いのに、この状況でこれ以上男の人に近づくなんて出来ない。


「ん?どうした。もう少し近くへ。」


「……です。」


「聞こえぬぞ?もう少し近くへ。」


「これ……以上……無理……。」


 私は何とかそれだけの言葉を絞り出す。


「しかし、それでは話が出来ぬ。」


 そう言って王様が立ち上がり、こちらに向かって一歩踏み出す。


 それを見た途端私の中で何かが切れる。


「いやぁぁぁぁ!」


 私の周りに風が吹き荒れる。


 捕らえようと近づく衛兵たちが次々と風に吹き飛ばされる。      


「こ、これほどの魔力とは……。」


「お父様!何をやってるのですか!」


「しかし……。」


「しかしじゃないですっ!私が何とか鎮めてみますけど……。」


 お姫様が王様と何か言い合いをしてるみたいだけど……イヤっ、誰も近寄らないでっ!


 私の想いに答える様に風の勢いが増す。


『大いなる風の聖霊よ、我に力を与え、この身を守らん……エア・シールド!』


 呪文を唱えたお姫様の身体が風に包まれ、そのまま私の方へ寄ってくる。


 イヤっ、来ないでっ!


 私の周りの風が更に激しくなる。


 お姫様の身を護る風とぶつかり合い、その身体に無数の傷を作っていく。


 「あっ……。」


 その無数の傷口から血が噴き出し、お姫様の身体を紅く染め上げるのを見て、私は思わず手を伸ばす。


「勇者様が優しい方でよかった。」


 お姫様が私の手を取る事により、私を守っていた風の渦はお姫様を招き入れる。


 お姫様はそのまま私の傍まで来て抱きしめる。


 私の頭はお姫様の胸に抱きかかえられ、そのまま抱擁されていると、さっきまでの恐怖が薄れてくる。


「大丈夫です、落ち着いて。ここには誰もあなたを傷つける者はいません。だから落ち着いて……。」


 お姫様の声が私の中に染み渡る。


 大丈夫なのかな……怖い人いないのかな……。


 私の心が落ち着くにつれて、私とお姫様の周りを囲っていた風が収まっていく。


「落ち着かれましたか?」


 どれ位そうしていただろうか?お姫様の言葉に私はコクリと頷く。


「それは良かったです。」


 そう言って微笑むお姫様の頬に切り傷があるのに気づく。


「ゴメン、その傷……。」


「勇者様の為ならこれくらいどうってことないですわ。」


「でも……。」


 私はお姫様の傷に手を触れる。


 よく見ると頬だけでなく身体中に切り刻まれた跡が見て取れる。


「女の子がこんな傷だらけ……良くないよ。」


 気づくと私の身体から淡い光が溢れ出しお姫様と私を包み込んだ。


「流石勇者様ですね、癒しの力も使えるのですか。」


 光か消え去った後、私とお姫様 の身体にあった傷は綺麗サッパリと消えていた。


 私がやったらしいけど……何が何だかわかんないよ。


「勇者様、落ち着かれたのでしたら改めてお話をさせていただけませんか?」


「それはいいけど……ココじゃ嫌……男の人がいない所がいい……って言うか勇者様って私の事?」


 このお姫様、何か勘違いしているみたい。


 私が勇者って……このお姫様、顔が良くて性格もいいのに頭が残念な子なのかな?


「何か失礼な事考えていませんか?」


 私の考えを読んだかのようにそう言ってくる。


 その笑顔はとっても可愛いのに、何故か背筋がゾッとした。

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