第38話 僥倖
――――こいつは異常だ。
ドルロイは顔にこそ出さないが、松田の魔力量の多さと、鍛冶と錬金の習得の速さに畏怖すら抱いていた。
座学による基礎知識の習得が終わり、松田が素材の加工を学び始めるまでおよそ半月。
そして魔力の坩堝たる火釜の調整に至るまで二月もかからなかった。
どんな才能あるドワーフでも、まず習得まで一年はかかる工程である。現にドルロイですら師匠から火釜を教えてもらうまで半年以上の時間が必要であった。
平凡な鍛冶師であれば、ここまで三年は優に費やすのが普通であろう。
それをやすやすと二月で習得しようという松田は明らかに尋常ではなかった。
これは松田の持つスキル、土魔法の習得三倍が影響している。
さらに錬金術のレベルも2のうえ、そもそも松田は土魔法に関するステータスが高い。
神が与えた恩恵に加え、ディアナの身体を造りだすために全力で努力した松田の習得速度が異常であるのはむしろ当然というべきなのかもしれなかった。
(もしこいつが一人前の鍛冶師になったとしたら……)
ドルロイは背中に嫌な汗が噴き出るのを抑えることができなかった。
すでに松田は机上とはいえ、ドルロイが編み出したレシピの大半を学習している。
さらにあの莫大な魔力――――
(あれには本当に驚いたもんじゃ)
その事件は火釜の修練の過程で発生した。
読んで字のごとく、火釜は強力な火の属性付与による炉の火力で素材を溶かすためにある。
当然のことながらもっとも強い影響を与えるのは、四大のなかでも火の属性であり、これをどう調整するかが鍛冶師の腕の見せ所なのであった。
腕の良い鍛冶師ならば、火だけではなく、水や土の魔力をいかに配合するかで全く別の性質を合金に付与することもできる。
レシピ以上に秘中の秘とされているのが、この火釜の操作なのだ。
だがここで重大な問題が発生する。松田はスキル、ゴーレムマスター裏により土魔法以外の属性に全く適性がない。
そんな彼がありあまる魔力を火釜に注ぎこめばどうなるか。
結果、ドルロイも予想しえなかった事態が発生した。
まともな弟子であれば、ドルロイは落ち着いて火釜の制御をフォローすることもできたであろうが、松田の魔力と土属性の濃度は常識を遥かに超えていた。
火釜のなかで土属性が飽和状態に達することで、火属性もまた濃縮され天井知らずに温度が上がっていく。
こんなことはかつて一度も経験したことはない。
松田がチートをもった、さらに土魔法だけに特化したピーキーな存在であることが災いしたのである。
「炉を落とせ! 早くしろ! 死にたいのか!」
間一髪、火釜を強制停止させることで、かろうじて破滅を回避したときにはドルロイはほぼ数十年ぶりに腰を抜かしたものである。
ドルロイの持つ火釜は、マクンバでももっとも巨大な出力を持つもので、下手をすればマクンバの鍛冶街が壊滅、ということにもなりかねなかったからだ。
滝のような汗を流して松田を怒鳴りつけようとしたドルロイは、火釜のなかに鈍く光る白銀の輝きを見つけた。
「――――なんだこれは?」
鍛冶師となって年月の長いドルロイをして初めて見る代物であった。
まず普通のミスリルではない。
もともと造ろうとしていたのは、松田に渡したレシピのもう一段階上のミスリルの合金であった。
だがこの合金は明らかにドルロイが予想していた者とは違う。
まず色がミスリルというよりは白金に近いものであり、何より魔力の内包量が違った。
「おいおい、冗談じゃねえぞ…………」
少なくともこの合金の内包魔力量はドルロイの知る最上位のミスリルに勝る。
下手をすれば失われた技術――緋緋色鉄には及ばないが、その足元には届くかもしれない。
そのことに思い至ったドルロイは激しく松田の肩をゆすった。
「おいっ! 何をした! 何をやったんだマツダ! 吐け! 今すぐ吐けええええええ!」
「おおおお落ちつつついてええくくくだだださいいいいい! こ、これ以上揺らさないで! おろろろろろろ!」
「馬鹿野郎! そういう吐けって意味じゃねえええ!」
「だったら揺らすのを止めめめ、おろろろろろろろろろろろ」
結局松田の胃の中の内容物が空になるまで、ドルロイは必死に松田の肩を揺らし続けた。
「――――要するにお前は土属性以外はからっきしってわけだな?」
「黙っていてすいません」
いまだ自分の秘密のすべてを打ち明けるには抵抗のある松田は、自分のスキル構成をドルロイに告げていなかった。
もっとも告げていたとしても、にわかには信じがたいものであったかもしれないが。
「そうか…………まじりっけなしの土属性、それとあの魔力量、考えられるとすればそのあたりか……」
あのとき出来上がった合金をドルロイはまじまじと見つめる。
信じられないほどに高密度に圧縮されたそれは、ミスリルを遥かに上回る魔法強度と同時にある種異常な魔力許容量マジックキャパシティーを有していた。
伝説級の秘宝に匹敵する、おそるべき許容量である。これならば失われた禁呪にすら耐えうるのではないかと思わせるほどであった。
全くの偶然から、ドルロイは緋緋色鉄の秘密へのヒントを得たことを確信した。
おそらくは古代の技術では火釜の圧縮密度が桁違いであったに違いない。あるいは鍛冶師自身の魔力のほうが規格外であったかのどちらかだ。
松田が土に特化した稀代の才能を所有していたがために、もともと魔法に染まりやすいミスリルが変化したと考えるべきであった。
「うおおおおおおおおおおおおっ! これが燃えずにおられるか! マツダ! 今日は寝かせんぞ!」
「どこまでつきあわせるつもりなんですか! いやです! 俺は定時で帰るんです!」
「甘い! 甘いぞ! 謎が解明できればまとめて休みをくれてやる!」
「フ、フレックスタイム制だとおっ!?」
ぐい、とドルロイに腕を掴まれた松田は、抵抗虚しく再び火釜の運転につき合わされたのだった。
――――が、これは松田にとっても僥倖な話であった。
四十時間ぶっとおしで続けられた実験によって、松田はほぼ五割に近い確率で錬成できるようになった新たな合金――ドルロイは これを純ピュア土銀アースミスリルと名づけた――は、ディアナの高密度な魔力に耐えうる可能性があったからである。
まともなゴーレムでは、たとえミスリル製であってもディアナの魔核から発生する莫大なエネルギーに耐えられない。
ディアナを新たな身体に移行するためには、その魔力に耐えうる伝達機能が絶対に必要であったのである。
懸案のひとつが、事故にも等しい偶然によって解決されたのだ。
「ふむ、やはり上級を超えるか。わしの鑑定を受け付けん。緋緋色鉄同様、現物を解析していくほかあるまいな。休んでいいぞ」
「お、お疲れ……さまでし……た」
松田は四十時間ぶりに解放され、翌日まで死んだように眠り続けた。
幸いにしてドルロイがまとめて休みをやると言ったのは本当だった。
というよりドルロイは研究室にこもり、純土銀の解析にかかりきりで食事にも出てこない有様である。
最低限の食事はリンダが肉体にものを言わせて摂らせているが、少なくとも今週いっぱいは出てこないだろうというのがリンダの予想であった。
「ほんと、思い込んだらほかのことには見向きもしないんだから、あの宿六は……」
「ごちそうさまです」
松田が当たり前のように惚気と受け取ったことに気づいたリンダは、頭から湯気をたてて憤慨した。
「ちょっと! 私はね。あの馬鹿を――――」
「やあっ! どうしたんだいリンダ? 照れる君も素敵さ!」
「死ねやああああああっ!」
「うんげろっ!」
にこやかなに顔を出したハーレプストは、いきなりリンダの鉄拳制裁を受けて銀河の星のひとつとなった。
「なんて間の悪い…………」
「あんたも煽ったろうがっ!」
「本当に素敵な夫婦ですよね。ステラもそう思うだろう?」
「わふぅ。はいです! リンダさん、昨夜も遅くまでお夜食を作ってニコニコしてたです! うらやましいです!」
「ちょ、ちょっとステラちゃん!」
「ドルロイさんはブルスト(ソーセージ)が大好きで、鍛冶に夢中になっていても、それだけは食べてくれるんだそうです! わふ」
「もう! ステラちゃんたら!」
さすがのリンダも幼女の無邪気な暴露には赤くなってうろたえるだけであった。
ステラGJ!
「…………痛たたたたたた! リンダ、会うなりひどいよ!」
お星様になっていたハーレプストが戻ってきた。
左頬には痛々しい拳の跡がありありと残っている。相変わらずタフな人であった。
「乙女の秘密を笑うやつにはいい薬さ!」
形勢悪しとみたのか、そう吐き捨てるとリンダは店の奥へ戻ってしまった。
その様子を微笑ましく見つめたハーレプストは、松田に向かって肩をすくめると楽しそうに笑った。
いったいどうしたら五十年来の夫婦がここまで初心でいられるものか、夫婦円満の秘訣を本にしればベストセラー間違いなしであるかもしれない。
「それはそうと、今日は君に用があったんだよマツダ君」
いまや永遠を目指す同志となったハーレプストは、ドルロイにつかまり缶詰め状態であった松田にひとつの情報を持ってきたのである。
先ほどギルドの近くを通りかかり、うわさを耳にしたときには思わず耳を疑ったものだ。
まさかこのマクンバでその名を耳にすることになろうとは――――。
「何かありました?」
「四十七階層に到達したトップパーティーが、シトリに遭遇したらしい。あれは人形の肌を人間に近づけるには得難い魔物なのだ」
豹頭に人間の身体を持つシトリは、その皮が人形加工用として一部の好事家の間で非常な高値で取引されていた。
腐敗しないうえ、魔法抵抗力も高く、探索者が皮鎧として加工することも珍しくない。
ただ絶対数が少なく、しかもシトリ自体が金級探索者以上でないと討伐が難しいほどに強いので、滅多に市場に出回るものではない。
ここでシトリ遭遇の報に出会えたのは、ある意味では僥倖に近いものであった。
「マツダ君、乗るしかない。このビッグウェーブに!」
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