第22話 大髭のドワーフ

 ギルドを出た松田は、迷宮ではなく中心街を離れた錬金街を訪れていた。


 ゴーレムの強化にはどうしても錬金知識が必要になるからだ。


 残念ながらこの世界に知識を一般公開してくれる図書館という便利な公共機関は存在しないようである。


 「こちらで一番腕のよい錬金術師というとどなたですか?」


 通りすがりの客に聞いてみると、彼らは異口同音に『ドルロイの大髭』と答えた。


 錬金街の一番奥に彼の店はあるという。


 ただし、と声を潜めていうには、相当気難しい性格であるらしい。


 「やめておいた方がいいよ。怪我をする前にね」


 ――――気難しいどころか暴力的であるようだ。


 『殲滅しますか?』


 「お前は殲滅する以外の交渉手段を知らんのか!」


 「わふ? 私が守るから大丈夫ですよ?」


 エルフと幼女という違和感溢れる松田たちに、奇異の視線が注がれる。


 いでたちと探索者証を見れば、松田たちが探索者であるのは一目瞭然であった。


 そんな二人を見て通行人たちはひそひそと噂話をし始めた。


 「幼女に守るとか言われとるぞ?」


 「杖もってるし、まさかあの嬢ちゃんが前衛なんじゃ……」


 「あのエルフの男は鬼か!」


 「幼女虐待じゃね?」


 「急ぐぞ! これ以上俺の精神が削られないうちに!」


 まさかゴーレムを召喚して前衛はステラじゃなくこいつだ、と説明するわけにもいかない。


 松田はステラの手を握ると早足でその場を逃れたのだった。




 錬金街は半ばは鍛冶師街でもある。


 錬金術師がその加工のために鍛冶師を兼ねることが多いためだ。


 入り口こそ剣や鎧などが軒先に並べられた普通の商店街に思われたが、奥はもはや異次元に等しかった。


 店というよりは工房がメインとなり、怪しい薬品の香りが漂い、そもそも商売をしようという気があるかどうかもわからない。


 槌を叩いているであろう金属音が響き、小声では会話もままならないほどだ。


 それでも腕に見合った客はいるようで、それなりの人数が店先で商談に勤しんでいた。


 「…………ここか」


 その店は確かに錬金街の一番奥のどん詰まりにあった。


 看板にはドルロイ工房と書かれているが、煤けて文字をよむのも一苦労なありさまである。


 「ごめんくださ~~い」


 閑散とした玄関から顔をのぞかせて松田は声をあげた。


 「ドルロイ工房に何か御用ですか?」


 ちんまりとした女の子がカウンターからニコリと笑って答える。


 ステラとそれほど変わらないのではないか、という小さな体だが、表情は比べ物にならないほど大人びていた。


 「……もしかして、ドワーフを見るのは初めてですか?」


 まじまじと凝視する松田に嫌な顔ひとつせず女性は微笑んだ。


 「わわ……ぶしつけに見てしまって申し訳ありません」


 反射的に松田はぺこりと頭を下げた。


 ファンタジー小説ではエルフと並ぶ定番種族、ドワーフ。


 身長が低いが膂力は強く、鍛冶の技術は名人級、酒を友とし好戦的な性格をしている。


 松田のドワーフに対するイメージがそんなところだ。


 女性ドワーフが横幅広くなくて良かった、と思ってしまうのは男ならやむを得ないところであろう。


 「――少々思うところはありますが、見逃してあげます。私もエルフの男性を見るのは久しぶりですし」


 やはり女性の視線に対する感覚は敏感らしい。


 いったい幾つなのか考えようとして、慌てて松田は考えるのを止めた。


 ドワーフの女性がこちらをじっと見ているのに気付いたからである。


 「急にお邪魔して恐縮です。私は探索者のタケシ・マツダと申します。こちらで錬金術について教えてもらうことはできますか?」


 「――――はあ?」


 松田の言い出したことがよほど想定外であったらしく、女性ドワーフは素っ頓狂な声をあげて絶句した。


 「おい、どうしたリンダ! いったい何があった?」


 女性の声に驚いたのか、ドスドスと地響きをあげて巨躯のドワーフが奥から現れると、松田を見つけて親の仇でも見るようにジロリと睨みつけてきた。


 「この俺に錬金術を教えてほしい? このやさエルフがか?」


 リンダと呼ばれていた女性に誤解を解いてもらうのに、十分近い時間が必要であった。


 油断すると丸太のように太い腕で掴みかかられ、ディアナはまた殲滅、殲滅と言い出し、ステラは危うく人狼化しそうになって宥めるのに苦労した。


 この十分だけで一日分疲れてしまったように、松田はぐったりと座りこんだ。


 「なんとかお願いできないでしょうか。私は主にゴーレムを使いますもので、錬金術の知識は必須なのです」


 「待て、ゴーレムだと? ちょっと見せてみろ!」


 急に子供のように顔を輝かせて、ドルロイは松田の肩をガクガクと揺らす。


 人並みはずれたドワーフならではの膂力で揺らされて松田は脳をシェイクされ、危うく意識を失う寸前となった。


 「いい加減にしなさい! そうやって夢中になると人の迷惑を考えない癖止めなさいよね!」


 ――――ドゲシ!


 見事な回転回し蹴りで、ドルロイのこめかみにリンダのつま先がヒットする。


 もしかして本気で殺しにかかっているのでは、と思われるほどの鳥肌が立つような鋭い蹴りであった。


 「痛いじゃないか、リンダ」


 それを受けて平然としているドルロイもどうかしている。


 松田はドワーフの恐るべき耐久力に戦慄した。


 ドルロイは多少落ち着いたものの、自らの興味を諦めたわけではなかった。


 「すまんかったな。なかなかゴーレム使いというのはめぐり合う機会もない。いまここで見せてくれ! 頼む!」


 「まあ、それくらいは構いませんがね」


 邪気のない子供のような大人というのが松田は嫌いではなかった。


 自分が本当は捨てたくなかったもの、捨てなくてはならなかったものを思い出すからだ。


 「――――召喚サモンゴーレム」


 いつもの騎士ゴーレムを召喚すると、ドルロイは興味深そうにゴーレムを撫でまわした。


 「ほう、なかなか見事なゴーレムだな。魔力配分も均一だし鋼の錬金も悪くはない。これなら銅級上位の力は出せるだろう」


 コンコンとゴーレムの胸を指でつついてドルロイは豪快にがはは、と笑った。


 「が、なるほど素材が悪い。ただの鋼ではこのマクンバの迷宮では中層までしか通用せんわ」


 ドルロイはまさか松田が二百体という軍団を動員できるとは夢にも思っていない。


 だがたった一体でも中層までは通用するとお墨付きをもらったのだ。マクンバ最高の鍛冶師たる男に。


 「それにしてもさすがはエルフの魔力だな。このゴーレム、どれほど維持できる?」


 「必要であれば一日でも二日でも」


 「二日…………なら強化しても耐えうるか」


 うむうむ、と勝手に頷いてドルロイはひとりごちた。


 職人はあまり人の話を聞かないことがままあるが、ドルロイはその典型のようである。


 「お前さん、本気で俺に教えを乞う気なのかい?」


 「は、はい。是非このマクンバ最高の鍛冶師ドルロイ殿に教えていただきたいと」


 「エルフがドワーフに教えを乞って、火と鉄に手をだすかねえ……」


 こんなエルフには生涯二度と会うことはないだろう、とドルロイは確信していた。


 もともとエルフは魔力に恵まれ四大の魔法にも高い素養を持つ。


 その代わり自然のままを愛し、ドワーフの得意とする錬金と加工にはむしろ嫌悪感を示すのが普通であった。


 「エルフとドワーフが犬猿の仲だってことぐらいはお前さんも知ってるだろう?」


 「はあ……長く旅をしているとあまり気にならなくなるんですがねえ」


 やむなく松田はそういうことにしておく。


 「がははっ! 本当に変わった野郎だ。個人としてはそうでも種族としてはそうもいかねえのさ。俺でもエルフを弟子にとるとなりゃ元老評議会の許可が必要になる」


 世界各国に散らばったドワーフの種族規定に携わっているのが元老評議会である。


 これはあくまでもドワーフという種族の特質の維持に関わる機関であり、政治には関与しないがドワーフに対する権威は絶対的だ。


 「許可があれば弟子入りさせてくれるんですか?」


 「――――これでも俺はマクンバ最高の鍛冶師と呼ばれる男だぞ? そう簡単に弟子をとれるわけがないだろうが」


 ドルロイはにべもなく言い放った。


 確かに松田は面白い男だが、面白いというだけで弟子入りさせられるはずがない。


 「もちろん対価はお支払いします」


 「対価? この俺を納得させられる対価をお前が用意できるというのか?」


 不機嫌そうにドルロイは口元を歪めて鼻を鳴らした。


 金貨でドルロイに言うことを聞かせられると思っているのなら、そのときは腕の一本くらいは覚悟してもらおう。


 このドルロイの大髭、決して誇りを金で譲渡しはしない、とドルロイは自慢の胸まで伸びた髭をしごいた。


 「きっとお気に召すと思いますがね――――解凍デフロスト


 「んん? 宝石魔法か?」


 かなり高レベルの土魔法使いでないと使えないはずの魔法であり、ドルロイ自身もたまに素材運搬に利用している。


 ドルロイは松田に対する認識をやや上方修正した。


 どうやら金でドルロイの頬を叩こうというわけではないらしい。


 宝石が花が咲くかのように淡い魔力の光を咲かせる。と同時に宝石に変換されていたものが松田の前に出現した。


 それは松田がディアナが封印されていた迷宮から回収したあの古代の鎖の欠片である。


 手のひらに乗るようなサイズであり、そのまま見ただけでは鎖であったことすらわからないだろう。


 「ま、まさかっ!」


 ドルロイの目が驚愕に見開かれた。


 齢百歳を超え、このマクンバのドワーフで誰よりも博識であることを自認している。


 そのドルロイにして、いまだ噂にしか聞いたことのない物質であった。


 とうの昔にその製法は失伝したとされ、遠い古代の秘術として現代に残されているのは国宝とされる数点の秘宝のみと信じられてきた。


 「この魔力伝導率、内包魔力、属性抵抗、信じられん。この目で緋緋色鉄ヒヒイロガネを見られる日がこようとは!」


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