第16話 ひとつの決着
――――チカリ
不意に走った閃光に松田は反射的に身構えた。
ラスネイル以外にまだ一党が潜んでいたのかと思ったからだ。
しかしなんの反応もないどころか、光っているのは自分自身であることがわかって思わず松田は脱力した。
『レベルアップしたようですね』
「この世界じゃレベルアップすると身体が蛍みたいに光るのか?」
苦笑しながら松田はディアナに解析を任せた。
この優しくない世界では自分の能力の把握をおろそかにするわけにはいかないのである。
『って、またですかああああああああ…………!!』
ディアナの絶叫が再び松田の脳内に轟いた。
松田毅 性別男 年齢十八歳 レベル2
種族 エルフ
称号 ゴーレムマスター
属性 土
スキル ゴーレムマスター表(ゴーレムを操る消費魔力が百分の一) 秘宝支配(あらゆるアーティファクトを使用可能) 並列思考レベル2(二百体のゴーレムを同時制御することができる) ゴーレムマスター裏(土魔法の習得速度三倍の代わりに土魔法以外の魔法が使用できなくなる) 錬金術レベル1(素材なしに魔力から錬金した物質を維持する消費魔力十分の一 位階中級まで)
錬金の難しいところは素材を集めることにある。
魔力で錬金したものは戦闘の間あればよい使い捨てのようなもので、ゴーレム同様魔力の無駄遣いであると思われていた。
松田の壊れっぷりがゴーレムから錬金術にまで拡大したのである。
ディアナが絶叫するのも無理はなかった。
捕虜は耳のほかに四名、大怪我をして息のある者もいたが彼らは迷宮を移動の途中で息を引き取った。
やはり回復魔法が使えないというのは痛い。
しかしながら松田はスキルの関係上、土魔法以外を習得することができない。
もしかしたらディアナは習得できるのかもしれないが、秘宝である彼女は神から使徒として祝福を受けることは可能なのだろうか?
『私がお仕えするのは主様だけです』
遠まわしに神に仕えるなんて嫌ですという突っ込みが入りました。
ステラはどうだろう? 本人はやる気かもしれないが、本人の意思を尊重するのもひとまず親の意向を確かめてからだ。
子供の意思だけを尊重して連れまわしたら日本なら誘拐犯だし、これは勘だがステラと父親の間には何か重大な錯誤が生じている気がする。
「――――前途多難だなあ……」
「わふ?」
そうぼやくと松田はラスネイルたちの首をゴーレムに回収させて地上への帰途に就いた。
――もう少し周りの見る目に気を遣うべきであった、と松田は地上に出てすぐに後悔することとなった。
迷宮の出口から出てきた怪しい一団を目撃した住民が、蒼白になって守備隊へと通報したからである。
無機質なゴーレムがいくつも苦悶の表情を浮かべた生首をもって現れたら大概の人間はパニックになるであろう。
迷宮から魔物が溢れ出したと勘違いされても無理からぬ話であった。
事実そうして迷宮が外界に牙を剥いた事例がないわけではない。
血相を変えて出撃してきたゴドハルト率いる守備隊と松田が再会したのはそれから少し経ってのことであった。
変わり果てたラスネイルの首を見たゴドハルトは複雑な表情を浮かべた。
目撃者の証言からラスネイルが一党のなかにいることは掴んでいた。
剣を交えたことはないが、リジョンの町でゴドハルトに匹敵する武の持ち主といえば筆頭にあがるのがこのラスネイルであった。
すなわち、ラスネイルがあっさりと倒されたということは、ゴドハルトもまた松田の敵ではないということなのだ。
わかっていたこととはいえ、こうして現実に見せつけられるとゴドハルトも坦懐なままではいられなかった。
「――――貴様は……ドルディア」
ゴドハルトは捕虜のなかに見知った男を見つけて愕然とした。
ドルディアと呼ばれた貧相な小男は、気まずそうに顔を俯かせる。野盗たちが耳と呼んでいた男であった。
「そうか、守備隊があっけなく侵入を許したのか貴様がいたからかっ!」
あるいは守備隊の仲間に奴らの仲間がいるのではないかと疑心暗鬼になっていたゴドハルトである。
守備隊に出入りを許された使用人であるドルディアが野盗に通じていたというのなら、なるほど疑いもせずに通すはずであった。
もともとドルディアはリジョン子爵の使用人であった。
子爵の屋敷では馴染めずに、追われるようにして守備隊に雇われたという経緯がある。
何一つ不平も漏らさず、よく働く男だとゴドハルトは感心していただけに衝撃は大きかった。
「貴様には目をかけたやったつもりだったが」
「ゴドハルトの旦那には感謝しておりやすよ? だがあんな俸給じゃ酒だって碌に飲めやしねえ。少しはいい暮らしをして嫁だって欲しいと思うのは間違いでしょうかねえ?」
「だからといって野盗に混じって人を殺めるのが許されるはずもなかろうが!」
「まあ、今回のことがなければ大人しく情報を漏らすだけのつもりだったんですがねえ」
ドルディアの言い訳にゴドハルトは激怒した。
守備隊の情報を漏らすということが、結果的に野盗を助け数知れぬ犠牲者を生んでいるということをなんら自覚していない言葉であった。
「よくも子爵様の情けをあだで返してくれたものだな!」
鬼のような形相でドルディアを睨みつけるゴドハルトを遮るように、リジョン子爵バドムントはいやらしい笑みを張り付かせてドルディアへと問いかけた。
この男が生きていてくれたことは、子爵の企みにとって非常に都合がよかったのだ。
(これは手間がはぶけたわい)
「――――久しいなドルディア」
「はぁ」
「ところでひとつ聞きたいことがあるのだが、お前に仲間を助けるよう指示したのはラスネイルなる者で間違いないか? 包み隠さず申すがよい」
隠すも隠さないも殺された守備隊兵士を見れば手を下したのがラスネイルであることぐらい容易にわかるであろう。
子爵が聞きたがっているのはそんな当たり前の事実ではない。
人の顔色を窺うことでこれまで生き抜いてきたドルディアである。
すぐにそのことを察して表情は変えずにドルディアは猛然と考え込んだ。
(――なんだ? 子爵は何を求めている? ラスネイルが首謀者では都合が悪い? だがあいつ以外に誰が……)
そのとき、ドルディアは表情にこそ出さないが、子爵の興味がステラへと向いていることに気づいた。
ドルディアは迷宮でステラが人狼に変身したことを知っている。
なるほど、これはそういう話か。
「子爵様のお慈悲にすがり申し上げたいことが」
「うむ、素直に話せば慈悲はあるぞ」
「されば申し上げます。実は我らを迷宮に逃がし力を貸しましたのはこのマツダなるエルフでございます」
「おい、貴様何をデタラメを――――」
ゴドハルトは本気でドルディアを殺そうと剣の柄に手をかけた。
松田がガイアスとなんの接点もないことは、昨日引き渡しに立ち会った彼が一番よく知っていたからだ。
「そうか! 彼には故意にお前たちを逃がしたのではないかという疑いがかかっていたのでな。やはり報奨金を二重にせしめようという企みであったか!」
芝居がかった声で子爵が演説を始めると、ゴドハルトは信じがたいものを見るかのように顔を歪めた。
「いけません! 閣下、マツダ殿は我が領の恩人ですぞ!」
察しの悪い部下を睨みつけて、子爵は配下の騎士に視線で合図を送る。
昨日ゴドハルトに吹き飛ばされたガラハッドが無理やり、もう一人の騎士とともにゴドハルトの巨体を引きずっていった。
「何か言い訳でもあるか?」
したり顔の子爵を蹴り飛ばしてやろうかと思いつつ、それでも松田はかろうじて自制した。
「言い訳もなにも茶番はほどほどにしていただきたいですね」
これはあれだな。
力関係を利用して、上辺だけはクレームをつけているように見せかけてくる得意先の担当と同じだ。
結論ありきで最初からこちらの弁明など聞く気もない。
要するに反論するだけ無駄なのである。
「ほう、観念したか。私は慈悲深いゆえ見逃してやらんでもないぞ? その人狼の娘を差し出すというのなら」
「――――断る」
思ったよりも素直に、というより思うよりも早くその言葉が口から零れた。
自分はこの世界でホワイトな生活を手に入れようとしてたはずだ。
チートのおかげで、高望みさえしなければそれも難しいことではないと思っていた。
――――だがそれは違う。
松田が一番望んでいたのは労働時間の問題や休暇にあるのではない。それはあくまでも表面だけにすぎない。
理不尽に押し潰されるのが何より嫌だった。
上司だから、得意先だから、理不尽を当たり前に受け入れてきた。
逆らっても同じことだからと諦めてきた。誰も助けになんて来ちゃくれない。世の中で綺麗ごとほど当てにならないものないと知った。
「…………ふざけんな」
だからといってどうしてこの世界でも理不尽に耐えなければならないと言える?
そのためのチートがある。
命を救ってくれた大切な仲間がいる。
転生する前の日本では決して手に入ることがなかった仲間が。
「――――この際ホワイトな生活は後回しだ! 俺はもう我慢しないぞ! てめえら権力者の言いなりに人生を浪費するのはコリゴリだ! 俺は――――」
松田は大きく息を吸い込んだ。
こんな正面から反論されるとは夢にも思っていなかったらしい、子爵の驚きに歪んだ顔が心地よかった。
「今度こそわがままに――――
曲げない。何があっても権力者の理不尽に生き方を譲らない。
そのうえでホワイトで幸せな人生を掴みとって見せる。そのためにはこんなところで躓いているわけにはいかないのだ。
「――――
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