第24話 君のことが好きだから

「着いたね、海。昔と全然変わってない」


「……だな。小さい時のままだ」


 落とした帽子を拾い上げ、俺たちは昔と何も変わっていない砂浜と海を目にする。


 人は誰もおらず、ただ、波の音だけがここのすべてで、時折水平線の向こう側で船が行き来してるのがわかる。


 そのままだった。


 小さい時遊んでた、そのまま。


「ねぇ、成哉?」


「ん。何だ?」


 隣に立ってた灯璃が、少しいたずらっぽく笑いながら話しかけてきた。


「なんかさ、いざこうして来てみたら、何していいのかわかんなくならない?」


「懐かしすぎてってか?」


「うん。懐かしすぎてー、もあるけど、昔ここに来たらまず何してたっけ? って思い出すところから始まってる、私。そっちは?」


「え。俺?」


「そう。俺」


 楽しそうにクスクス笑いながら言う灯璃。


 いやぁ……、どうなんだろうか……。


「別に俺は何したらいいかわからんってこともないけど……、まあ、そう思う気持ちもわからなくはない。戸惑い、みたいな?」


「夏ならわかるじゃん? 海水浴しかないしさ」


「まあなー」


 言いながら、俺たちは適当に砂浜の中心辺りまで歩く。


 踏みしめる砂の感じも懐かしい。


「てか、だいたいさ、ここ来たら俺たち貝殻とかよく集めてなかったか?」


「貝殻? そうだったっけ?」


「ほら。こう……なんか色々な形したヤツとか結構あって、どっちが立派なの探せるか競争したりしてた」


「貝殻ってより、私がよく記憶してるのは丸まったガラス片だったかな?」


「あー! アレな!」


「そそ、アレ。砂浜に打ち上げられて小さく石みたいになっててさ、けどその一つ一つがカラフルで、宝石みたいだったの」


「クソ覚えてる。子ども心ながら本当に宝石だと思ってたアレ」


「でしょ? 私も。宝石見つけたーって(笑)」


「はっはは!」


 昔話に花が咲く。


 俺たちはその場で腰を下ろしてた。


「けど、何だよ。覚えてないとか言っときながら割と覚えてんじゃん。ガラスの宝石のこと、俺すっかり忘れてたわ」


「……うん。それだけは覚えてんの」


「それだけ?」


「昔、私が元気ない時とか、決まって成哉、それ探して私にくれてたから」


「え……」


「おばあちゃんが亡くなっちゃう前とか、病気が辛そうで、それを見てられなくて、一人で泣いてた私によくくれてた。だから、これだけはしっかり覚えてるの」


「……っ」


「それ以外は、もうほとんど記憶から消してる。一つ思い出すだけでも、元気だった時のおばあちゃんに繋がるから」


 ……そういうことか。


 だから、さっきから覚えてないって言ってたんだ。


「もちろん、ここのことは覚えてるよ。遊んでたの遊んでたし。場所の存在認知くらいはしてます」


「あ、ああ」


「じゃなくて、ここでの思い出とかはねって話。……あんまり、思い出さないようにしてる。辛くなっちゃうから」


「……そっか」


 どうしようもない沈黙が流れる。


 でも、ここで黙ってちゃダメだ。


 俺は自ら沈黙を破った。


「じ、実は……さ、昨日俺、美代姉ちゃんから灯璃のこと、ちょっと色々聞いたんだ」


「私の……こと?」


「そ、そうそう。その……な、なんで中学辺りから俺のこと避け始めたのかーとか……さ」


「……へ……?」


「も、もちろんアレだぞ!? 前々からこっそり聞いてやろうとしてた、とかじゃなくて、ほんとたまたまだったんだ! たまたまタイミングよく美代姉ちゃんに教えてもらえて、それでって感じで……」


「………………」


「……だから、不可抗力的要素もあった、というか…………う、うん」


「………………」


「は、はは……」


 またしても訪れる沈黙。


 何やってるんだ俺は。いきなりぶっこみ過ぎだろ。


 思い切り過ぎたのを若干後悔しつつ、けれども言ってしまったことは取り返せず、ということで、ひたすらに自分を責めるしかなかった。次の言葉、なんて切り出そう……。せっかく勢い込めたのに……。


「そう……だったんだね。色々聞いたんだ」


「……! あ、う、うん。そ、そうなんだ。ほ、ほんと悪かったんだけど……」


「ううん。謝らないで。事実だし。私が成哉にひどいことしたの」


「あ、い、いや――」


「当てつけみたいなものだよね。いくらおばあちゃんが亡くなったからって、なりくんにまでそんな対応するとか」


「……っ。お、俺は別に……」


「本当にごめん。ごめんなさい。……本当に」


 謝りながら、灯璃の顔はうつむいていった。


 それと共に、声もかすれ、小さくなっていく。


 違う。違うんだ。


 俺が今見たいのは、そんな灯璃じゃない。


 そうじゃなくて、俺は――


「……灯璃……」


「――……!」


 灯璃の頭にそっと手を置いた。


 最大限、慰めの気持ちを込めて。


「ごめん、なのは俺の方なんだ。灯璃こそ悪くない。全然悪くないよ」


「……な……なり……くん……」


 俺の顔を見上げる彼女の瞳には、薄っすらと涙が伺える。


 たまらない気持ちになった。辛かっただろう、と。


「俺がもう少し灯璃のこと、わかってあげられてたらよかった。辛い時、何してあげたらいいか。なんて言葉を掛けたらいいか。そういうの、知っとけばよかった」


「そ……そんな……。私……」


「ただ優しくなんて、そういうのは考え無しにやるもんじゃないよな。傷付いてるところを優しくしとけばいいとか、自己満でしかないし」


「ち、違うの……! 違うんだよ、なりくん……! 私は……!」






「好きな女の子には、もっと他に掛けてあげるべき言葉とか、色々あったよな」






「へ…………?」


当たり障りのない言葉なんて要らなかったんだ。本当に必要なのは、もっと単純で、もっと簡単なものだった。


 ――そう。それは……、


「灯璃。俺は……君のことがずっと好きだ」


 だから、もう一度。もう一度だけ――




 ――傷付いた君を助けさせて欲しい。










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