第17話 仲良し夫婦みたい

 灯璃のおばあちゃんの家は、俺たちが住んでるところから見ても、そこまで遠い場所にあるわけじゃない。


 車やバス、電車などを使うほどでもなく、普通に歩いて行ける。


 町の中心からは外れるから、その点で言うと割と田舎になるのだが、そもそも俺たちの住んでる中心街でさえそこまで都会ってわけじゃないんだ。どんぐりの背比べってところだろう。


 ただ、空気は段違いで灯璃のおばあちゃん家周辺の方が美味しい。


 なんというか、草木に囲まれてて、植物の香りに満ちてるんだよな。


 その分、虫もたくさん出るけど、それはあまり気にしないでいいことだ。空気が美味しければ何でもよし。空気の美味さしか勝たん。


「――ね、あれ見てよ成哉。久しぶりじゃない? あの建物。まだあるんだ~」


「お、おぉ。そうだな。結構懐かしいな」


 ――ってなわけで、やって来た土曜日。


 俺と灯璃は、約束通りおばあちゃん家周辺を目指して歩いてた。


 二人で仲良くリュックを背負い、オシャレも程々にしっかりと歩ける運動靴を履いてる。


 正直に言って高校生の男女がするデートスタイルじゃない。


 高校生ってよりも、既にもう結婚してる中年夫婦が仲良くハイキングしてるみたいな絵面だ。俺はいいけど、これって灯璃的にいいことなんだろうか、とか考えてしまう。


 灯璃はもっとオシャレに決めたかったんじゃないかとか、そんなことをグルグルと考えるわけだ。


 だから――


「あれもさー。……って、成哉? 聞いてる?」


「ん! あ、ああ! 聞いてる聞いてる!」


 こうして、気を抜けば心ここにあらず、というような感じになってしまう。


 灯璃と一緒にこうして昼間から並んで歩くのも久しぶりなんだ。もちろん緊張もあった。しっかりしないといけないのに。


「でも、今日はほんとありがとね、成哉」


「え? どした? いきなり」


「突然こうして誘ったから。前、カラオケで遊んだ時、私勝手に一人で帰っちゃったわけだし……」


「あぁー」


 そういやそうだった。他に色々気を張らないといけないことが多すぎて、すっかりそのこと忘れちまってたよ。


「あの時はあれだろ? なんか置手紙にも書いててくれてたじゃん。先に帰らないといけない理由があったって」


「っ~……。う、うん。そ、そうなんだけど、ね……」


「……? うん」


 急に返しがぎこちなくなったな。


 気になるけど、気にしない方向で俺は会話を進める。


「理由があったなら、俺は別に不必要に追及したりしないよ。今日こうして誘ってくれたんだ。昔から俺、細かいことは気にしない性格だろ? 今が良ければすべて良しってな」


 はは、と笑いながら言うと、灯璃はどこか安堵したかのように表情を緩ませ、返してくれた。


「ごめんね。ありがと。成哉のそういうとこ、ほんと救われる」


「救ってるつもりもあんまりないけどな。これが俺の性格ってとこだ」


「うん」


 柔らかく笑み、頷く灯璃。


 木の間から差し込む日光がそのタイミングでちょうど彼女の横顔を照らし、より一層輝いてるように見せてくれる。


 ほんと、前までの不仲が嘘みたいだ。


 表情も、少し前に比べると圧倒的に明るくなってる。灯璃。


「にしても、灯璃。一つ聞いていいか?」


「……? うん。全然いいよ」


「今回、なんでおばあちゃん家の周辺へ行こうって思ったんだ? えらく唐突だったけど」


 俺が問うと、灯璃は「んー」と少し考えるような声出した。


 で、すぐにその答えを教えてくれる。


「なんか、ちょっとだけまた、昔みたいに戻れたような気がしたから」


「昔みたいに……?」


「……うん。昔みたいに」


 具体的にどう昔みたいに戻れたのか。


 それを話さず、灯璃は満足げに視線を下のまま、てくてく俺の横で歩いてる。


「昔みたいにって、それはどういう意味?」


 スルーしてもよかった。


 そのまま、「ふぅん」とでも言って、流すこともできたんだ。


 だけど、俺はそれがいつも以上に気になった。


 灯璃は、そんな俺の問いかけに対し、一言「内緒」と返してきた。


 内緒なのかよ。心の中でツッコむ。


 やっぱり、まだ言えない思いとか、そういうのがあるんだろう。無理もない。


 なんだかんだ言っても、最近までほとんど口を利いてなかったからな。ブランクみたいなものはあって当然だ。


 灯璃が話したいと思った時に話してくれればいい。


 俺も一言、「そっか」と返しておいた。


「でもね、成哉」


「ん……?」


「私、一つだけ言えることがあるんだ」


「何じゃ?」


 肩からズレてきたリュックをもう一度ちゃんと背負い直しながら聞き返す。


 何だ、言えることって。


「私ね、少しズルいことしてるの」


「ズルい……?」


「そう。普通じゃない、ちょっとズルいこと」


「……?」


 何じゃそりゃ。


 疑問符が頭上に三つくらい浮かんだ。


 灯璃は首を傾げる俺を見て、にへ、と笑った。


 で、笑いながら続ける。


「正直なとこ、そのズルいことしなきゃ今日はこうして一緒にいられなかったと思う。だから、今はそのズルいことにも感謝してる」


「ズルいことに感謝……か」


 なんとなく深い話な気もするが……余計なことを考えるのはやめとこう。頭の中で話が脱線する。


「……成哉は……さ。今、こうして私といれて……楽しい、かな?」


「ん……?」


「あ、あのねっ、私は楽しいんだけど、なりくんはどーかなーって思ったの。……どう、かな……?」


 さりげなく今『なりくん』って呼んでくれたな。ほわっと胸が暖かくなりました。これだけで三日は元気に生きられる。サイコーです。


「そりゃ楽しいに決まってる。久々だもんな。俺も灯璃と一緒にいられて楽しいよ、すごく」


「……っ~……」


 俺の言葉を受け、灯璃はなぜか悶えるように顔を隠した。


 こちらに向けられた耳が若干赤くなってる気がするが……。灯璃、もしかして照れてる?


 だとしたらこっちまで恥ずかしくなるんだが。質問に素直な気持ちで答えただけなのに。


 互いに顔を逸らし合った謎のスタイルで歩く。


 そうやって適当なやり取りを続けてると、灯璃のおばあちゃん家が見えてきた。


 今は灯璃のお母さんの兄が家族ごと住んでるらしい。人はいる。そんでもって、おばあちゃんが大切に育ててた家周辺の植物も丁寧に保たれてた。


 それはこの目で見ても明らかだ。


 風景は昔のまま。


「……なんか、いつの間にか家着いちゃってたね」


「……だな」


 未だ顔を逸らし合ったまま、やり取りをする俺たち。


 特に何も言わないが、互いに示し合わせるかのように、二人で家の前まで歩く。


 で、家の前まで来ると、騒がしい声が俺たちを出迎えてくれた。


「あれ!? 灯璃ちゃん!? それに成哉くんも! えーっ! 懐かしーっ!」


 メガネに丸顔。けれども美人。


 灯璃のいとこのお姉ちゃん。日笠美代ひがさみしろがそこにいた。

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