第2話 ちゃんと食べて

 事件、というか、決定的に何かとんでもないことが起こる気がすると感じ取ったのは、昼休みでのことだった。


「……何してんだあいつ……?」


「じー……」


 教室の外から俺の方を険しい表情で見つめてきている灯璃。


 一瞬自意識過剰かと思い、俺以外の誰かを見ているのかと、背後の方を見やったりしてみたのだが、うしろには灯璃と大して仲が良くないであろう女子三人組が机をくっつけて弁当を広げているだけだった。


 試しに椅子から立ち上がって移動すると、灯璃の視線も一緒に俺からブレることなく動く。


 どうやら見ているのは俺で間違いなさそうだった。


 となると、理由も大方推測できる。仕方のない奴だ。


「――!」


 俺が近付いていくと、灯璃はギョッとして背を向けてきた。


 実にあいつらしくない反応。こういう時、いつもなら冷めた目をして「早く来なさいよ」とでも言いたげな態度を取ってくるはずなのにな。


「なんだ灯璃? 俺になんか用か? 弁当のことならしっかり食べるから安心していいぞ」


「………………」


 近付き、声を掛けてみるものの、返事はない。


「? 灯璃?」


「な、なら早く食べてよ……」


「え?」


「なら早く食べて! 私の見てるところで! 今すぐここで!」


 すごい勢いで振り返り、言ってくる灯璃。


 声もそこそこ大きかったから、扉付近にいた奴ら何人かが俺たちの方を見てきた。まあまあ恥ずかしい。


「お、おい、ちょっと落ち着けって。さすがにここで食べれるわけないだろ? こんなとこで広げて座って食べながら『おいしー』とか言ってたら、それはそれでヤベー奴だ。まだ美味しいかどうかもわからんけども」


「なっ! ……っ~! ま、まあ、確かにそうね。ここで食べるわけにもいかないし、美味しいかどうかもわかんない。けど、もうこの際美味しいかどうかなんてどうでもいいし、成哉がヤバい人だと思われるとか、そういうこともどうでもいいの! 早く食べてここで!」


「えぇっ!?」


 わかってくれたと思ったが、一切そんなことはなかった。


 やっぱり今日の灯璃は様子がおかしすぎる。


 弁当を俺にくれた時点で深刻だったが、これはさすがにいつもの灯璃じゃない。


「く、くそっ……! ――!」


 歯ぎしりしていると、廊下の向こうの方から雄太がやって来るのが見えた。


 あの上機嫌ぶりを見るに、購買のパン争奪戦に勝利したようだ。


 ちょうどいい。


「っ!」


「あっ!」


 隙を突き、俺はア●シールド21のごとく灯璃を交わして突っ走る。


 目指すのはこっちへやってきている雄太の元だ。


「ん? おお、成哉! 見てくれよ、今日の購買戦線は――って、おわっ!」


「わかってるよ、パン争奪戦に勝ったんだろ!? 話なら後で聞くから今日は外行って飯食べるぞ!」


「は、はぁっ!? ちょ、おまっ、意味がわかんねえっつの! 今日は教室で食べるって――」


「教室は無理! 理由はうしろ! 逃げるぞ!」


 大急ぎでうしろを見るよう指示。


 そこには――


「なーりーやああああああ!!!」


「「ひぃぃぃぃぃっ!!!」」


 走ってこっちへ向かってきている狂気……いや、灯璃の姿があった。恐怖しかない。


 俺たちはそんな灯璃から全力で逃げた。


 向かう先はとにかく外。


 中庭でも屋上でもどこでもいいが、とにかく逃げたのだった。



「はぁ……はぁ……」「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」


 ようやく灯璃を撒いた。


 最終的に俺たちが行き着いたのは屋上だ。


 理由は扉の鍵が閉められるし、立ち入り禁止区域になっているということで、昼休みでも他の生徒がいない。


 長居はできないが、ここでなら落ち着いて弁当も食べられるはずだ。


「ゼェ……ハァ……それにしてもだけどよ……成哉……」


「はぁ……はぁ……なんだ……?」


「なんで……灯璃ちゃん……あんなに凄い形相でお前追っかけて来てたんだよ……? なんか……したのか……お前……?」


「……なんも……してねーよ……」


 二人で大の字になって寝転ぶ。


 走ったし、階段も駆け上がったことで体力の消費は半端なかった。


「俺は……なんもしてねーけど……今朝……灯璃から弁当もらってさ……」


「……弁当……? ……弁当か……はは…………。って、えぇっっ!? 弁当!? 何それ手作りぃ!?」


「……いきなり元気になるなよ……お前……。……たぶん……そうだ……」


 言って、俺は手に持っていた弁当袋を軽く揺すって雄太に見せてやった。


 奴は疲労もあるはずなのに、そんなことお構いなしとでも言わんばかりに俺に飛び掛かり、弁当袋奪い取った。


 そして、珍しいものを与えられた動物園のチンパンジーみたいに珍しそうに袋は開けず、それを観察し始めた。


「うっわぁ……。ガチじゃねーかよ……。この感じ、確実に手作り弁当じゃんかよ……」


「こんなことする奴じゃないんだけどな。俺たち、あんまし仲良くないし」


「いや、そりゃわかってっけどよぉ。いくらなんでもこれは…………なんで?」


「だろ? そうなるだろ? 俺もなんだよ。灯璃が俺に弁当? なんで? って感じ」


「毒でも入ってんじゃねーのか?」


「今朝もらった時に俺もそうやって聞いたよ。そしたら、強く否定された。そんなわけないって」


「はぁぁ?」


 雄太との友人関係は中学からだ。


 灯璃と比べては短いが、俺の幼馴染ということで、面識くらいはあるし、二人共喋ったこともある。


 だから、俺たち三人は互いが互いにどういう関係なのかくらいは理解してる。


 それを踏まえて、雄太は疑問符を浮かべていた。今朝の俺とまったく同じ反応だ。


「まあいいや。よくわかんねーけど、とりあえず開けてみろよ」


「言われなくても開けるよ。今日の昼飯はこれだしな」


 雄太に言われ、俺は起き上がり、弁当袋の紐をさっそく解き始める。


 中では、二重の弁当箱が現れ、さらにそれが小包に包まれていた。


それも外し、お待ちかねの弁当の中身を確認。


「……開けるぞ?」


「お、おう……」


 二人して「ゴクリ……」と生唾を飲み込み、ゆっくり蓋を開けていく。


 気になる中身は――


「……っ」「……?」


「「って、案外普通かよ!」」


 息ピッタリで顔を見合わせながらツッコみ合う。


 緊張しながら開けた弁当の蓋だが、中身は全然普通。


 卵焼きにウインナー、ブロッコリーにミニトマトに、きんぴらごぼう。そして大きめのおにぎりが二つ入っている、極めて普通なものだった。


 普通なものなのだが……。


「ふぅ……。まあ、さすがにか。いくら何でも殺すの目的にしたダークマターとか、そんなの入れんわな」


「………………」


「……? どした成哉?」


「……いや、たぶん気にしすぎだな」


「? 何がだよ? ……まさか、やっぱ毒みたいなもん入ってたのか!?」


「違うよ。毒じゃないけど…………うん。たぶん警戒しすぎ」


「は? なに? 何なんだよ?」


「何でもねーよ」


「気を付けろよ!? 灯璃ちゃんがお前を毒殺しようとしてるとか、そういうことは思いたくないけど、今回ばっかりはちょっと不審なんだからな!? あれだったら残せ!?」


「いいよ。食べるっつの。あんま警戒しすぎても灯璃に悪い。もぐもぐ」


「はぁ!?」


 食べてみた感じ、味は何もかもいたって普通だった。


 けど、なんとなくの違和感。


 それは何かと問われれば、ハッキリと答えることができない。


 まあ、言葉通り警戒しすぎなんだろう。


 そうに決まってる。……そうに。

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