第6話 エデルベルトへ
エファリアを仲間に加えた俺達は大躍進を果たした
なんて事はなく。
精々、以前より少し多い程度の成果に加え、薬草を取ってくる様になったぐらいで、それまでと大して変わらない暮らしを送っていた。
「突然で申し訳ないけど、明日からエデルベルトに向かっても良いだろうか?」
咲耶がそんな事を言い出したのは、そんなある日の事だ。その手には今日の探索を終えた後、受付の人から貰った手紙があった。
「エデルベルト?」
俺は地図をあまり見ないので地名には詳しくない。咲耶の口にした地名をオウム返しにするとシオンが説明してくれた。
「ここアルテアから見て南東にある、発掘された古代遺跡の技術を元に発展してきた工業都市でございます」
そして咲耶も地図を取り出し、地図上のエデルベルトの場所を指差してくれた。
「この地図だと……ここだね」
俺は地図上のアルテアとの直線距離を見ながら
「走れば三日三晩くらいで着くか」
「それは君だけだよ」
(ん? あ、そうか女の子だもんな。三日も風呂に入れないのは嫌だよな)
咲耶の指摘に一瞬、疑問を感じたが、すぐに自己完結して、他の二人にも問いかける。
「そういや、シオンとエファリアは一緒に行くか?」
「はい、同行させて頂きます」
「……ん、行く」
「じゃあ、みんなで行くって事で大丈夫だな」
「ふふ、ありがとう……では、改めてエデルベルトまでの経路を確認しようか」
そう言って、咲耶は広げた地図上のアルテアを指し
「アルテアとエデルベルトには直通の街道が敷かれていないから、大街道を通り、王都を経由して向かう」
アルムガルド王国は王都を中心に、地方に向かって放射状に街道が伸びている。この王都と各主要都市を結ぶ街道は『大街道』と呼ばれ、流通の要となっている。
「横道は使わないのか?」
それ以外にも地方と地方を結ぶ街道も地図上にはあったので俺はそれを指差し、疑問を口にする。
「アルテアとエデルベルトの間にある道は使用頻度が少なく、保全や管理が行き届いていませんので、避けた方が無難かと思われます」
「大街道なら道中に多くの街があって巡回を定期的に行っているから、治安も安定している。道中の街で休憩しながら進んでも、大体七日ほどで着く。危険を冒してまで急ぐ必要は無いからそれで十分だよ」
「なるほどな。じゃあ、出発は何時にする?」
シオンと咲耶の説明で大体の疑問は解消されたので、俺は次の話題に切り替える。
「出発時間はいつも通りで大丈夫だけど、長期外出の手続きがあるから早めに起きた方がいいね」
「ああ、それがあったか……」
通常、長期間部屋を開ける場合、その期間の宿代を支払わなければ、他の人に貸し出すものだが、同じ部屋を長期間借りていた冒険者なら申請すれば、無償で部屋をキープさせてもらえる。幸い、俺達はこのサービスを使えた。
「なら、早めに休んだ方がいいか」
俺はあまり朝が得意じゃない。なので、今日の所はさっさとベッドに潜り込んで眠る事にした。
翌日、いつもより早い時間に起きた俺達は宿屋の主人に長期間開ける旨を告げ、その間の部屋の保存を申請する。
そして、冒険者ギルドにもエデルベルトに向かう事を報告する。
この世界では水晶版と呼ばれる、タブレット端末の様な物があり、それを使う事である程度、遠方との情報のやり取りが出来る。それを使ってアルテアとエデルベルトの間で情報のやり取りをし、もし俺達が期日までにエデルベルトの冒険者ギルドに現れなかった場合、失踪者扱いになり、捜索依頼が出される事になる仕組みだ。
こうして一通りの手続きを終わらせて、ようやく出発準備が整う。
「じゃあ、行くか」
そして、エデルベルトに向かう交通手段は、徒歩である。
この世界にも獣車と呼ばれる、馬車の様な乗物はあるのだが主に荷物を沢山運ぶ用途で商人などが使う物で個人移動用は偉い人やお金持ちぐらいしか使わない。一般人でも定期的にやって来る商人に乗せてもらう事が出来るが、それを待つより走った方が早い。
なにせアニマによって強化された肉体なら、乗用車ぐらいの速度を数時間くらい維持できる。
なので、この世界でもっとも一般的な移動法は徒歩、もとい走りなのである。
最初の休憩地点に予定した街に着いた時には、日も大分傾いていたので俺達は寄り道せずに宿に移動して部屋を借り休憩をとる事になった。
その時に俺は道中ずっと気になっていた事を尋ねる。
「なぁ、エファリアの移動法って疲れないのか?」
道中、四人の中でエファリアだけ
土で作りだした浮遊する手の上にくつろいだ姿勢で座り、そのまま水平移動していたのだ
「ん……別に」
「念の為言っておくけど、もし私が同じ事をやれば十分と持たないからね」
顔色一つ変えなる事無く答えるエファリアだったが、それに咲耶が注釈を入れる
「ええっと、じゃあ、やっぱりそう云う事?」
「はい、エファリア様はこの国でも最大級のマナの持主です」
(国家規模かぁ……)
「……乗る?」
「え? いや、いいよ。俺にはこの二本の足があるからな!」
半ば強がり込みだったが、俺は自分の太腿を勢い良く叩き、そう宣言する。
「……そう」
「まぁ、大丈夫なら良いけど、疲れたらいつでも言ってくれよ。肩くらいなら貸してやるから」
その言葉にエファリアは少し考え込み
「疲れたら……乗って、良い?」
「え? ……背負うって事か? ……いや、まぁ、別に良いけど」
「それはエファだけなのかな?」
咲耶がいたずらっぽい笑みを浮かべ問い掛けて来くると、シオンもそれに追従するように黙って俺を見つめてくるので
「ああもう! 良いよ! 咲耶もシオンも背負ってやるよ! ただし、一人ずつな!」
俺は思わず、やけくそ気味に叫ぶ。
(まったく、アトラクションかよ、俺は……)
その後、俺は女性陣から逃げるようにベッドに潜り込み、そのまま眠りにつく事にした。
途中、立ち寄った王都は俄かにお祭り騒ぎになっていた。あちこちにばら撒かれているチラシを拾って眺めると、そこには見知った顔が映っていた、一緒に召喚された男子生徒だったはずだ。
その見出しには『新鋭の冒険者、史上最速でアイアンランクに到達!?』なんて書かれていた。
俺はそのチラシを咲耶に見せながら
「後悔してるんじゃないのか? こいつと一緒に行ってれば、今頃話題の人の仲間入りだったんだぞ?」
「興味ないよ、地位や名声なんて私には何の価値も無い」
咲耶はそのチラシを受け取ると、綺麗に折りたたみ、ゴミ箱に入れながらそう答える。
「そうか?」
(まぁ、俺も別に欲しいとは思わんが)
「そうさ、私にとって一番価値があるのは平穏な日々だからね」
「わからんでもない」
「それはさておき、先を急ごうか。早く着くに越した事は無いからね」
「それもそうだな」
日はまだ高く正午にもなっていない。俺達は昼食用にいくつか食べ物を購入し、エデルベルトへ続く大街道に歩を進める。
その後もいくつかの街で休息を挿み、そしてアルテアを出立してから、丁度七日後。俺達はエデルベルトに到着した
エデルベルトは工業都市と言うだけあって、いくつもの工場とその従業員の住居、そしてそんな彼等を対象にした様な商売を行う商店が数多く存在した。
俺達はそんな街の風景を眺めながら、到着報告をする為に冒険者ギルドに向かう。
報告を済ませた後ギルドを後にしながら、ふと思い立った事を咲耶に尋ねる。
「そう言えば、なんでエデルベルトに来たんだ?」
「……今頃聞くかい?」
「いやぁ、そう言えば聞いてなかったなって」
「それは……」
「さっくっやー!ひっさしぶりー!」
何か言いかけた咲耶に1人の女性が飛びついて来た
「……この天音に呼ばれたからだよ」
咲耶は抱きついて来た女性―大黒天音を引き離しながら、少々呆れをにじませた声色で答える。
「いやー、今日着くって聞いて待ちきれなくってさー、ここまで来ちゃった♪ ところで、後ろの二人は咲耶のお連れさん?」
「はい、シオンと申します」
「ん……エファリア」
「うひょひょひょ、こりゃまた綺麗所を捕まえてぇ、咲耶も隅に置けませんなぁ」
「後ろの二人だけでなく、前の一人も、だよ」
「しってますぅー、無視しただけですぅー、もう! 咲耶ってばひどいよ! 私をほっぽり出してこんなどこの馬の骨とも知れない奴と冒険者になるなんて! 私とのあの熱い夜は嘘だったって言うの!」
「そんな事より、私を呼び出した理由を早く聞かせてもらえるかな?」
大黒さんの取り留めの無いマシンガントークを突っぱねながら咲耶は話を促す。
「はーい! でも、ここじゃあなんだから、まずは私の店に来てちょ」
大黒さんも特に気にした様子も無く話を切り替えて、自分の店へと案内してくれる
咲耶と大黒さんは日本にいた頃からの友人同士で、以前は仲良く話をしている場面を度々見かけていた。そして、それはどうやら異世界に来ても相変わらずらしい。少しだけ、日本に帰ってきた気分さえした。
「いやー、急に呼び付けてごめんねー! 緊急事態でさー、こんな時でも無きゃ、ハイテクな古代遺跡とか、この街の工場とか案内したんだけどさー。まぁ、工場に部外者は入れないんだけどけどねー」
そんな彼女のトークを右から左へ聞き流していると、大黒さんの店に辿り着く
「じゃじゃーん! ここが私のお城! ささ、みんな入って入ってー」
看板の様な物が見当たらないから、何の店か分からないが促されるがままに扉をくぐる。
中に入ると休憩室やら更衣室が見えたので、おそらく俺達が入って来たのが裏口なのだろう。そして、俺達はその内の休憩室に通された。
「さて、とじゃあ早速本題を話そうか」
全員が休憩室の椅子に座った事を確認してから、大黒さんはおもむろに話を切り出す
「咲耶を呼んだ理由、それは! 妖樹のダンジョンで妖虹の綿花を取って来てもらう為だよ!」
「わかった。じゃあ、みんなの準備が出来次第行ってくる」
「ちょちょちょ! ちょっと待って! いくらなんでも早すぎない!?もっとこう……詳しい理由とか経緯を聞こうと思わないの!?」
「いや、別に興味ないし」
「持てよ! 興味! もう! そんなんじゃ女の子にモテないぞ!」
「大黒さんみたいな女の子にならモテなくてもいいかな」
「じゃあ、そんな事言ってると、私がメロメロになっちゃうぞ!」
「話を聞こう」
「ひっでぇ!」
「漫才は終わったかい? じゃあ、そろそろ続きを聞かせてもらえるかな」
俺達のやり取りが終わるのを律儀に待っていた咲耶が話の続きを促す。
「はーい、と。まず、私がなにを作って成り上がったか知ってるっけ?」
「庶民向けの女性用下着であると聞き及んでいます」
「う~ん、半分ハズレなんだけど……シオンちゃんはカワイイから大正解にしちゃう!」
「この国には下着が無かったのか?」
「いえ、存在はしております。しかし貴族、又は富豪向けの商品で一般には流通しておりませんでした」
「そうそう、代わりに材質とかデザインとか、すっごいえっげつないだよねぇ。あれはマジで一生に一度は付けてみたいシロモノだわぁ。ってのは、置いといて私は作ったのは『規格』」
「規格って、AとかBってやつ?」
「それそれ、規格を決めて、コストを抑えて、大量生産する事によって、庶民向けに売り出したって訳」
「それで今度は妖虹の綿花を使って新作を作るとかって話か?」
妖虹の綿花は冒険者にとって馴染み深い素材だ。耐久性に優れ、魔術も組み込みやすい。その為、魔導スーツを初めとした装備にも使われている。
「違う違う、それをやろうとしているのは別の商会。安くしたから売れてんのに、無駄に値段上げたら売れるわけ無いのにね」
たしかに庶民向けには確かに過剰スペックかもしれな。い
「ただ、その為に妖虹の綿花の流通を抑えられちゃってさ、私の店に直接影響がある訳じゃ無いんだけど、他の店はちょっと困った事になってる所もあるみたいなんだよね」
「それなら、なんで大黒さんが動いてるんだ?」
「いやぁそれがさ、上の人から『お前が蒔いた種なんだからお前がなんとかしろ!』って言われちゃってさ」
「まぁ、出る杭は打たれると言うし、自業自得じゃないかな」
「咲耶ひどい!親友を見捨てるって言うの!?」
「そんな事はしないよ。天音はともかく、天音の所為で困っている人を見捨てる事は出来ないし
何より、私達のリーダーが既に依頼を受けているからね」
「あれ?これもしかして私が自分語りしただけ……?」
「もしかしても何もこちらの答えは初めに言っていたからね」
「いや~ん、天音ちゃん、ちょーショック~
という事でこれに妖虹の綿花できるだけ入れて持って来てくださ~い」
そう言って、大黒さんが渡してきたのは、この世界で一般的に魔導鞄と呼ばれるものだった。
魔導鞄は魔術によって容積を増やしている鞄だ。それだけ聞くと凄く便利な物の様に思える実際は仕様がめんどくさいので、普段使いには向かない。
その仕様というのが、まず形が筒状になっているのだが、それは取り入れ口と取り出し口が決まっているせいで、取り出し口からは入れることが出来ず、取り入れ口からは取り出せない。
そして、入れた順番にしか取り出せず、前後させる事は出来ない。その上、大体同じ形状、同じ大きさの物しか入れる事は出来ないので、今回の様に採取目的で使う場合は専用の容器に詰めてから鞄に入れる事になる。
因みにこれと同じ機能を持つ物がシオンのスカートの内側にも二つ付いていて、その中には彼女の得物である
「具体的な量は指定しなくていいのか?」
「あ~、いいよいいよ、どうせ独占は長く続かないだろうし、その間の受注を賄えるだけの量があればいいからさ」
「ずいぶんいい加減だな」
「だって、私は困ってないも~ん」
「はぁ、まぁいいや。しかし、ダンジョンを探索できる日が来るとはな」
段々雑になってきた大黒さんの態度は一先ず横に置いて、俺は感慨深げに呟く。
妖樹のダンジョン、正式名称は妖樹の洞というのだが、この世界におけるダンジョンとは人工物でなければ自然物でもない。突如として出現する正体不明の洞窟又は、建造物の総称だ。内部はこの世界とも異なる法則に支配されており、外観からは想像もできないほどに広いらしい
さらに魔物の繁殖手段も特殊で、個体数が大幅に増減する事がない。その為、弱い魔物であっても群れている事がほとんどである程度実力のある冒険者でも油断すれば命に係わる。その反面ダンジョン内の魔物はダンジョンの外で生命活動を維持する事はできない。
当然、危険に見合うだけの価値があるものも手に入る。それは魔物の素材だけでなく、内部に生えている植物や埋まっている鉱石、そして深部で生成されると言われる魔宝玉、それらはいずれも高値で取引される為、ダンジョン探索のできる冒険者は商人から専属契約を結ぶ事を求められる事もある。そうで無くとも、地上に比べ危険の多いダンジョン探索を成功させる事は冒険者として一人前の証明とも言われてたりする。
「でも妖樹の洞はダンジョンの中では危険は少ない方だから、あまり気負う必要は無いよ」
「ああ」
危険が伴うとは言え、未知の場所を冒険するのは楽しみというのは何物にも代えられない。
正直、冒険者になって以来、ずっとダンジョン探索には憧れていたのだ。
それが叶う日がやってきたのだから、俺は心が浮き立つのを抑えられなかった。
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