[27]
「みんな、ちょっといいかな」
朝食を食べ終えた護衛員達を前に、紗耶はそう切り出した。全員の視線が集まるのを確認し、紗耶は今朝の通話内容を話し始める。
「お知らせがあるの。本当に突然で悪いけど、準危険区域へ行くことになった。日時は明後日だよ」
紗耶からの発表があっても、その内容に比べて護衛員達の反応は特に変化しなかった。唯一反応したのは新任の諏訪で、驚きで目を見開いていた。
「諏訪君には後で個別で詳しく説明するから、いまは何言ってるか分からないだろうけど、少しだけ我慢してね」
諏訪に顔を向けた紗耶はそう言うと小さく笑みを浮かべてウインクをし、諏訪も了承したと示す為に軽く頷いた。紗耶はそれを見てから、再び護衛員全体へと顔を向けた。
「今朝、萩野おじさんから重要な情報を入手したとの連絡があった。内容的に失踪している私の父に関係があるものであるから、現地で直接確認しないといけない。相手方が伝えてきた集合時刻は正午、侵入地点にいつも通りで変更無し。案内人が二人来るから、その人達と合流して目的地に向かうよ。
紗耶が問いかけたが、諏訪を除く護衛員達から質問の声は上がらなかった。紗耶は護衛員達を見渡してから小さく頷いた、
「質問はないね……じゃあ、解散。各自、銃火器や防弾ベストの準備は怠らないように」
護衛員達は説明を聞き終わると、準備の為にリビングから出て行った。紗耶はそれを見ながら、二人の人物に交互に視線を向けた。
「奏と諏訪君は、このあと私の部屋に来てね」
奏と諏訪を呼び出した紗耶は二人を従えて自室に入ると、二人をソファに座らせてから、自身もロッキングチェアに座った。そうしてロッキングチェアをゆっくりと揺らしながら、笑みを浮かべて諏訪に視線を向けた。
「じゃあ説明を始めようか。さっきは何を言っているのか、分からなかったでしょう?」
「まぁ……だが話の内容から君と繋がっている情報提供者にでも会いに行くと考えたんだが、この考えは合ってるかい」
「御名答、よく分かったね。ということで奏、私の情報提供者について軽く説明してみて」
「えっ、私がですか?」
困惑した奏は、笑顔を浮かべる紗耶の顔を見て少しばかりの圧を感じた。どうやっても逃れられないと諦めてため息を吐くと、向かい側に座る諏訪に顔を向けた。
「情報提供者は萩野庄司と言う名の中年男性、レジスタンスを始めとして自警団など各組織に情報網を持ち、そこで得た有益な情報を非合法に取引している情報屋だよ。今は条件付きで利益になる情報は最優先でお嬢様に売ってくれている」
「条件付き?」
「萩野さんの情報網は凄いけど区分的に見ると彼は犯罪者で、国家警備局情報部がその気になれば簡単に逮捕される存在なの。でも、それだと流石に情報網が勿体無いから、私が彼を有効活用しているんだよ。逮捕されるのを防いであげる代わりに、有益な情報を寄越せと条件を出してね」
諏訪は横から入ってきた紗耶の声を聞いて顔を向けると、窓枠に頬杖を立てながら、奏から会話の主導権を取り戻した紗耶は話を続けた。
「おじさんに会う為に準危険区域へ入るけど、その瞬間から私達は数匹の虎がいる檻に投げ込まれた肉片も同然となる。民間人や子供でも金品目当てで襲ってくるから、絶対に警戒だけは解かないで。警戒解いて油断したら冗談抜きで死ぬからね」
「勿論そのつもりだ。だが、一つ問題がある」
「なに?」
「自分はいま手元に拳銃や、奏の持っている様なサブマシンガンがないんだ。警棒とテーザー銃しか持ってないし、これでは近距離しか対応できないぞ」
「大丈夫、その件は既に解決済みだよ」
諏訪の言葉を聞いた紗耶は笑みを浮かべると、徐に立ち上がって、ガンロッカーのダイヤルを解除して開くと、そうして中から小型のポリマーケースを取り出して諏訪の前に置いた。
「中を見てみてごらん」
諏訪はそれを聞いて二つ付いているロックを外していると、中身を知らない奏が見を乗り出して覗き込んできた。諏訪と奏は一瞬だけ顔を見合わせると諏訪はケースを開いて中身を確認し、それを見た瞬間、二人は揃って目を見張った。
ケースに入っていたのは拳銃で、更にそれは諏訪が三日前の襲撃事件の際、爆発に巻き込まれて紛失していたSARUSA社のSAR9 CXだった。奏は傷一つない銃を数秒見つめてから、ロッキングチェアに座る紗耶に顔を向けた。
「もしかして、これ新品ですか?」
「ええ、交渉して半額にしてもらったの。諏訪君が前に持っていたのは一応回収したけど、既に壊れて使えなかったからね」
「君の自腹なのか?」
「ええ、私からのプレゼントだよ」
それを聞いた奏は驚きで声を漏らしている諏訪とケースの中にある銃を交互に見て、目を細めると諏訪の顔をまじまじと見つめながら口を開いた。
「それ大切に扱ってよ。お嬢様がポケットマネーを出して買ってくらたんだからね」
「言われなくても、大切にするさ」
「わぁ、そう言ってくれると嬉しいな」
両手を合わせて笑顔を浮かべる紗耶を横目で見つつ、諏訪は荻原銃砲店の店主との交渉について考えていた。十中八九、荻原店長から手渡された爆発物をネタに引き出したであろう事は、彼女の性格から考えると諏訪は安易に想像する事が出来た。
諏訪自身は紗耶に爆発物の件は伝えていなかったので、事件当時同行していた枇代か董哉が報告の時に伝えたのだろう。
そんな事を諏訪は脳内で考えていると、紗耶は再び立ち上がってガンロッカーのダイヤルを解除すると、立ち尽くして中にある銃器を物色し始めた。
諏訪と奏はそんな紗耶の行動を数秒ほど見つめていたが、遂に奏が小首をかしげて問いかけた。
「お嬢様、さっきから何をやっているんですか?」
「諏訪君が私の護衛班に配属されてからまだ日が浅いし、まだ拳銃以外の銃器を持ってないでしょ?」
「まぁ、そうですね」
「この護衛班にいると戦闘に遭遇する確率が高いから、拳銃だけだと火力不足なんだよね。せめて瑠衣が使うMP7ぐらいには武装強化しておかないと」
「この男はブラックリストなので、銃が効かなかったらパワーでなんとかなると思いますがね?」
「自分はターミネーターじゃないんだぞ。銃を撃つ相手に態々近づくのは、特異能力が使えない今の状態では流石に避けたいよ」
奏の言葉に諏訪が眉間に皺を寄せて溜息を吐いていると、紗耶はガンロッカーから銃を取り出して一度全体を改めてから、ハンドガードを握って諏訪に差し出してきた。
「はいこれ、これなら扱い易いと思うよ」
諏訪が受け取ったのは、Coyote Tanの色合いをしたCMMG BANSHEE MK10。10mm弾を使用する本銃にはHLOSUN 510Cとマグニファイアが上部レールに搭載し、下部にはvertical fore gripが装着されている。更にスリングな色々付け加えられて使い易い様にカスタム済みだ。諏訪は銃火器を受け取ると、両手で銃を握りながら全体を舐め回すように見つめ出した。奏はそんな諏訪から視線を外して紗耶へと顔を向ける。
「諏訪にお嬢様の武器を貸すのですか?」
「いや、私が小さい時に使ってた訓練用だし無くなっても困らないから、諏訪君にあげるよ」
「えっ……おい、それマジかよ」
流石にこの回答は諏訪にも予想は出来ず、チャンバーを握りながら固まってしまった。これには奏も反論せずにはいられなかった。目元を細め、厳しい眼差しで主人を見つめた。
「お嬢様、それは流石に──」
「あと明後日の遠出は奏と諏訪君でパートナー組んでもらうから、よろしくね」
奏の反論を封じ込めるかの様に紗耶はそう言い放つと、それを聞いた瞬間に奏の身が強張り、目を見開いて驚きに満ちた表情へと変化した。
諏訪もこれには"冗談じゃない"とでも言いたそうな顔で紗耶を見つめた。
「私と諏訪がパートナーですか!?」
「あら、嫌だった?」
「いや……その、私の現在のパートナーは條太郎です。彼にも変更の確認を取らないといけませんし、何より変更が急すぎますよ」
「條太郎は了承済みよ。明後日は瑠衣とパートナーを組ませる事が決定している。勿論その事は瑠衣も知ってるし、既に了承済みだよ」
「私が知らない内に、何故そんなに話が進んでいるんですか! そういうのは一言ぐらい下さいよ」
奏は紗耶のあまりに早い根回しに愕然としていたが、徐々に状況が飲み込めずに困った様に顔を顰めた。後方でその光景を見つめていた諏訪も内心では驚いていたが、奏を一瞥してから苦笑いも一切浮かベずに紗耶に顔を向けた。
「紗耶、せめて本人の意見も聞いたらどうだ。相手の知らない所で勝手に物事を進ませるのは、あまり好まれる事ではないぞ」
「仕方ないじゃない、あなた達こうでもしないとパートナーとして組まないでしょう。でもまぁ……諏訪君の言う事はごもっともではあるわ。そういうことだから奏、あなたはどうしたい?」
紗耶に問いかけられた奏は未だ困惑の感情が残る表情で諏訪をチラリと一瞥してから、両腰に手を当てて顔を伏せて小さく唸った。
そうして数秒が経過すると、顔を伏せたままの奏は小さく頷き、顔を上げて紗耶に視線を向けた。
「……分かりました、パートナーの変更を受け入れます。もう既に話が結構進んでいる様ですしね」
それを聞いた紗耶は少し驚いていたが、すぐに口角を上げ、そのまま口を開いた。
「あら、普段の諏訪君への対応からパートナー変更にもっと反対してくると思ってたわ」
「私は別に諏訪を嫌っている訳ではないので、そこまで嫌がりませんよ。ただ、この男を警戒しているのと信頼度が低いだけです。だから私がパートナーとなる事で、諏訪が信頼できる男かどうかを判断する事にします」
「なるほどね。信頼関係が高まって、これまでのギスギスした関係が解消されるなら何も言わないわ。諏訪君は奏の意見に異論はないかしら?」
紗耶は奏のすぐ後ろで銃を弄っている諏訪に視線を向けると、諏訪は銃から顔を上げて首を縦に振ってから親指を立てた。
「奏が構わないと言うのなら、異論はないぞ」
「よし…それじゃあ、パートナー結成だね」
紗耶は笑顔を浮かべて胸の前で両手を握った。
それを見た奏は後方に立つ諏訪と向き合った。両者の距離は一歩進めば手が届く距離であり、諏訪は銃に装着されていたスリングを首から掛けて銃をぶら下げると、奏を見下ろして微笑を浮かべた。
「急な決定で色々と不本意なところはあるが、これからパートナーとしてよろしく頼む」
諏訪が左手を差し出すが、奏は腰に手を当てたままその手を見下ろし、再び諏訪の顔を見上げてから両側の眉を顰めた。
「私ら握手できる仲じゃないでしょ?」
「君がまだ信頼していないからか?」
「そう、分かってんじゃん」
「うーん……それは残念だな」
諏訪は握手を断られると、誰でも分かる様なわざとらしい残念そうな表情を浮かべたが、奏はニコリともせずに見つめていた。そのやり取りを見届けた紗耶は溜息を吐いて手を二回ほど叩くと、諏訪と奏は同時に紗耶へと視線を向けた。
「じゃあ、これで解散。二人とも仲良くね」
そうして諏訪は銃を首から下げながら紗耶から銃弾の入った四個の弾倉とマガジンホルスターを受け取り、拳銃の入ったケースを掴み上げると、奏の後に続いて部屋から退出した。
その直後、リビングから複数人の話し声が聞こえてきた。諏訪はそちらに気を取られていると右腕の袖を引っ張られ、その方向へ顔を向けると奏が袖を掴んで立っていた。
「どうした?」
「私とパートナーになったんだから、絶対に守って欲しい約束でも伝えておこうと思ってね」
「約束?」
「そう、大事な約束だから、しっかり聞いてよ」
奏はゆっくりと一歩近づき、手を伸ばして諏訪の心臓がある箇所をトントンと指で優しく叩くと、どこか真剣な面立ちで見上げてきた。
「絶対に死なないで」
意外な事を言われた諏訪は驚いて奏の顔を見つめていたが、彼女が放った言葉に嘘偽りはないと直感で感じ取ることが出来た。
「お嬢様と他の班員達の為にも、分かった?」
「ああ、承知した」
「そう、ならいい。明後日は宜しくね」
奏はそう言うと踵を返して、そのまま自分の部屋へと戻って行った。諏訪は奏の後ろ姿を見送りながら小さく笑みを浮かべると、同じく自室へと足早に戻って行った。
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