カゲンドラの追放

 デニスのパーティーに参加することを決め、アトマイアに帰ってきたカリトゥを向かえたのは、こんな言葉だった。


 即ち――「追放」。


 その言葉でアトマイアは混乱の極地に陥っていた。なるほどこれでは大迷宮に探索者がいなくなるはずだ、とそこだけは謎が解ける。


 それでも、デニスのパーティーが蚊帳の外になっていたのは間違いない。

 当然の流れとして、カリトゥを中心に斥候職スカウトたちが情報収集に乗り出すわけだが、そこまでの覚悟は必要無かった。


 つまり街中に、その言葉が充満しているからこそ混乱しているわけで、黙っていても次から次へと「何があったのか?」については、街の住人が聞かせてくれるわけだ。


 むしろ、そういった情報の取捨選択しゅしゃせんたくこそが大事な事で、改めて整理してみると――


                ▼


「要するに、カゲンドラが追放になったと」


 突き詰めれば、そういう話になる。


 ここはデニスのパーティーが定宿にしている「新雪の輝き」。

 神殿に住んでいるデニスはのぞいて、だいたいのメンバーがここに部屋を取っている。


 今はエクレールの部屋に、カリトゥ達が訪れていた。


「……簡単にまとめてしまうとそうですね」

「簡単じゃなかったら?」


 エクレールがベッドの上に腰掛け煙管キセルくゆらせながら、カリトゥにそう尋ねる。

 そのカリトゥは部屋に備え付けの応接セットに腰掛けていた。


 他にこの部屋にいるのはミランだけだ。今は窓際で腕を組んで立っていた。

 つまりエクレールとミランは情報収集に向かない2人、ということになる。


 パーティーの神官2人は、それぞれお役目があり、ジーバンを始めとする4人は引き続き情報収集中――という名目で実質的には休暇を与えていた。


 あれだけの探索の後だ。

 そういった気配りは、当然必要になる。


 その中核メンバーとしては、休んでばかりもいられない。

 だからこそカリトゥも、エクレールの質問に答える。


「そうですね……まずは実際、どうやったら追放なんて事が出来るのか? ……あたりでしょうか」

「それはまぁ……確かに気になる部分ではあるね」


 エクレールが同意し、ミランがそれにうなずく。

 何しろカゲンドラは最高位ハイエンドなのだ。


 戦闘能力は、装備も含めてアトマイアでもずば抜けていると言われている。

 それを「追放」などとは……。そんな事が可能なのか? という疑問は当然湧いてくるだろう。  


「これも簡単に説明すると、帝国が動いたんですよ。兵士がたくさん乗り込んできたと。――それはお聞きなんでしょ?」

「まあね。でもちょっと信じられなくてね。しっかりした情報が欲しかったんだよ」


 それに対しては首をすくめるだけに留めたカリトゥ。

 どうやら、確証が持てるだけの情報は集めきれなかったようだ。


 その理由は――


「そ、それで、追放の理由は?」


 突然、ミランがカリトゥに尋ねる。

 実のところそれは、カリトゥが情報を集めきれなかった理由と重なる部分があった。


 ミランはそれを知るはずはないのだが、彼一流の“勘”が働いたらしい。一種の戦闘状態だ。

 それに情報収集は苦手と言っても、今のアトマイアでは自然に耳に入ってくる事も多い。


 それがミランの勘を鋭くさせたのかもしれない。


「理由としては、これも簡単な話です。――日頃の行いが悪い」


 カリトゥが投げやりに答える。

 だが、それではミランは納得しなかったようだ。しかめ顔になってしまう。


 一方で、エクレールは苦笑を浮かべながら、うなずいていた。


「……ってことは、あの噂が本当だったってことかい」

「でしょうね。私も聞いたことがありますし」

「そ、それは?」


 ミランが、慌てて声を上げた。


「簡単に言うと……うつっちまった……要は、カゲンドラはパーティーの仲間に無理言ってたみたいなんだよ。もっと言っちゃえば、新規メンバーを働かせて、自分にそれをみつがせていたって話」

「装備品とか、武器とか。それを売ってパーティー全体の運営費にてるってことはあるかと思うんですけど……」


 ――要は他の探索者からしぼり取っていた。


 ということになる。


 だがそれが本当だとしても、帝国くにが口を出してくるとは考えづらい。恐らくカゲンドラは、帝国にも鼻薬がせていたと考える方が自然だからだ。


 そこで、さらに情報を重ねる必要が出てくる。

 そして、この情報は確定している、とカリトゥがため息をつきながら報告した。


 その情報とは――


「何だって? “影向ようごう”だって?」


 思わずエクレールが声を上げたのも無理はない。

 なにしろ“影向ようごう”とは神が姿を現すこと。帝国の場合、神とは即ちトールタ神の事になる。


 そして現れたトールタ神はこう告げたらしい。


 ――アトマイアにいる、カゲンドラに相応しい報いを。


 と。


 それで帝国の方針は確定となった事はうなずける。神の声にさらえるはずがない。帝国がカゲンドラ排除に乗り出した理由はそれで納得出来た。


 だが、こうなると話が元に戻ってしまう。


「で、でも、カゲンドラはそれで大人しくなるか?」


 ミランが声を上げた。

 カゲンドラは神官では無い。そして悪党である事が判明した今、殊勝しゅしょうに追放を受け入れるというのも不自然な話だ。


 だが、アトマイアは突如帝国から聞かされたのだ。

 「カゲンドラはアトマイアを追放になった」という結果だけを。


 そして、カゲンドラが消えてしまっている現状を与えられたのである。

 

 となれば、今は謎の究明よりも事態の収拾にあたるしかない。

 それが、選ばざるを得ない「結論」だった。


               ▼


 カゲンドラという男は、それでもアトマイアの一部であったは確かだ。

 それが突然いなくなったのである。


 残されたパーティーメンバーをどのようにするか。

 さらにカゲンドラが遺した装備品の数々。それを売ってかねに換えて、虐げられていたパーティーメンバーに保証しなければない。


 そして、そういった後始末に抵抗しようとする者たちの排除。

 カゲンドラの取り巻きたちばかりではない。アトマイアで後ろ暗い商売をしている者たちの後ろ盾になっていたのも、またカゲンドラであったのだ。


 これでは大騒ぎにならない方がどうかしている。


 こうなってしまうと、それを収めることが出来る者は、人望も厚いデニスしかいなかった。

 当然、大迷宮へ探索に行くことも出来ない。


 それでデニスのパーティーは、アトマイアで宙ぶらりんになったわけだが、その隙を狙うように――ワルヤが現れたのだ。


「最後の1組として、俺が立候補する。カゲンドラがいなくなったのだから、次点の俺でも問題なだろう? それにカリトゥの状態は危うい」


 ワルヤはそう言って、アトマイアから動けなくなったデニスに交渉した。

 まったく理由がわからない交渉だったが、デニスはカリトゥと相談の上、


 ――「今回だけは特別」


 ということで許可を出すことにした。いや、むしろカリトゥが積極的にワルヤとの探索に賛成していたのである。


 あるいは、それはアトマイア全体の要求に応える形でもあった。


 帝国と協力し、カゲンドラを追放した張本人。


 ――消去法で考えると、それはワルヤしかいないのだから。

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