第37話 奇跡の子


 次期国王として半獣人もまた獣人である、と法を変えても、急にヒトの意識は変わらない。

 むしろ獣人は自分たちよりも下の存在が急になくなるのは困ると言わんばかりで、差別は増長傾向なのだという。

 ますます私にどうしろと、という感じなんだが……タルトや村の人を知っている身としては面白くないのも本音だ。

 ルシアスさんを見て獣人がすごいのはわかったけど、村のみんなだってすごいし! むん!

 村の人たちがばかにされてると思うと、確かになんとかしたい。

 どうにかして……認めさせたい!


「おい!」

「わあ!」

「はい!?」


 声をかけてきたのは火聖獣様。

 私たちを覗き込むようにしてから、ニヤ、と笑う。


「人と獣人の混血児がいるというのは本当か?」

「「え?」」

「エルフォルドが申しておったぞ。人と獣人の混血児がいると。その者がずっと守ってくれたのだと」


 エルフォルド? 誰?

 あ、カーロの本名か。

 長いな。

 覚えられる気がしない。

 絶対また忘れる自信がある。

 じゃ、なくて。

 人間と獣人の混血児? 誰?

 人間と獣人って子どもできるんだっけ?


「タルトですか?」

「え? タルトって混血なんですか? 人間と獣人って、子どもできるものなんですか?」


 ルシアスさんが立ち上がってタルトの名前を出してびっくりした。

 思わず矢継ぎ早に質問してしまったわ。


「タルトの父親は白虎の獣人だ。母親はカーロを連れて崖の国から逃れた王妃の侍女でルタという人間だよ」

「えっ!」

「さっき少し話したけど」

「…………」

「なるほど?」


 なにかルシアスさんに「なるほど」って納得されてしまった。

 あ、うん、まあ、はい。

 あんまりよく聞いてなかったというか?


「会わせろ!」

『すまぬな、こう言い出すともう我の手には負えぬ』


 風聖獣様が首を横に振る始末。

 カーロも困惑気味だ。

 ルシアスさんと顔を見合わせて、聖獣様を村へと案内する。

 タルトはすぐに私とカーロ、ルシアスさんに気づいて駆け寄ってきた。

 白虎の半獣人、タルト。

 父は白虎の英雄騎士、カルロ。

 母は現王妃の忠臣侍女、ルタ。

 改めて聞かされたタルトの両親の話。

 崖の国と聖森国、両王族のために命を懸けた——英雄たちの子。

 そう聞かされたら、彼が——タルトが——どれほど尊い命なのか……ルシアスさんとカーロがタルトをどこか尊敬の眼差しで見ていた理由が、わかった気がする。


「素晴らしい……」


 そして、タルトの存在は、聖獣様にとっても特別だったらしい。

 火聖獣様は目を輝かせて走り出し、駆け寄ってきたタルトの両脇に手を入れて持ち上げた。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ! 本当に人と獣人の子ではないか! 素晴らしい! 素晴らしい!!」

「!? っ!? だ、だれっ」

『火聖獣よ、落ち着かんか! タルトが驚いている!』


 まあ、さすがのタルトも知らない人に突然掲げられて「素晴らしい!」って連呼されたらびっくりするよね。

 珍しく驚いた顔して尻尾がピーンっと立っている。


「余は火聖獣! 崖の国の守護者である! 汝のような“ヒト”の誕生を永らく待ち望んでいたのだ!」

「?」

『火聖獣よ、はしゃがずにおろせ! 可哀想だろう!』

「素晴らしい! 本当に素晴らしいぞ! 人間と獣人には子は生まれぬと思っていた! 汝の両親はよほど強い絆で結ばれていたのだろう! だから生物の垣根を超えて汝が生まれたのだ! これはめでたい! ずっと待ち望んでいた“ヒト”がついに生まれた! 素晴らしい! 水のと土のにも会わせねば! これは祝福である!」


 火聖獣様はタルトを掲げたままそう叫ぶ。

 すると太陽が凄まじい輝きを放った。

 目が開けていられない。


「あ」


 光が反転して闇が広がった。

 はっきり目の前に闇聖獣様の姿を見る。

 真っ黒な、案山子のようなもの。

 手と脚があり、頭と胴がある。

 人間のようでもあるけれど、四足獣のように手足を地面につけて私を見上げていた。

 顔はない。

 真っ黒な珠のような頭があるだけだ。

 思ったよりも小さくて、赤子のようにも思える。

 なんだろうこれは、どういう状況なのだろう?

 声が出ないし目も逸らせない。

 ご挨拶をしたいのに、体が動こうとしないのだ。

 もしかして、死ぬのだろうか?

 私はやはりあの日に死ぬ運命で、闇聖獣様のお力で今までなんとか生きながらえていたのだろうか?

 聖獣治療薬のレシピはあの場にいたルシアスさんやダウおばさんが見ている。

 伝えることはできた。

 だからもう、私の役目は——。


「生きたいですか?」


 問われた。女のような男のような、年寄りのような、子どものような声。


「はい」


 なぜか私はすんなりと答えた。

 答えられた。

 でもそれ以上なにもできないしなにも言えない。


「火聖獣が使った『祝福』とは、命を慶ぶもの。あなたは私の与えた役目を確かに果たした。あなたが考えている通り、あなたは聖獣治療薬を喧嘩して大怪我した馬鹿どもへ届けてくれました。よいでしょう、役目を終えたあなたにも火聖獣の命への慶びと祝福を受ける権利を授けます。あなたに新たな役目は与えません。あの火に照らされ、新たな人生を歩みなさい」


 体が若返ったのは、私からの罰ですよ。

 最後にそう言われた。


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