第29話 私という生き物【中編】


「“薬師の聖女”よ、汝がほしいのはコレか?」

「! は、はい! それです! 全部ほしいです!」

「ミーア!!」


 赤髪の人が、私に向かってドラゴンを指さす。

 そうです、それがほしいのです!

 ダウおばさんがまた私を咎めるように叫ぶけど、もしやこれはもらえる流れでは?

 逃すわけにはいかない、このビッグウェーブを!


「よかろう」

「!!」


 言うが早いか、赤髪の人はドラゴンの頭から退けると[解体]の魔術で瞬く間にドラゴンを解体してしまった。

 信じられない、なんて見事なの!?

 脳は一部潰れてしまっていたけれど、乾燥させて粉末にしたりすり潰せば十分使える!

 それに血液まで[水操作]でひとつにぽよんぽよんまとめてくださった。

 すごい、なにこの人!


「わあー!」

「全部汝にやろう。余をここまで回復させてくれた礼だ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 では早速!

【紋章魔術】を起動。

 魔術陣の中の[保存]の魔術紋で解体されたドラゴンを全部回収!

 嬉しい!

 これで色々試すことができるわ!

 さっき[マナの花]も採取したからこれと[デュアナの花]をかけ合わせて、ポーションにしてみよう。

 問題は[マナの花]とドラゴンのどの部分を使うかだ。

 これまで[マナの花]で試したのは花弁と葉、茎。どれも最上級ポーションには至らず、人には毒になってしまうものだった。

 となると、やはりマナの毒が原因。

[マナの花]の毒を無効化する素材をドラゴンの素材の中から選ぶことができれば、きっと……!


「ミーア、盛り上がっているところ申し訳ないのだが……君が“薬師の聖女”殿だったのかい?」

「…………」


 ギ、ギ、ギ……と油の切れた木人形のようにルシアスさんを見上げる。

 そのあとダウおばさん。

 風聖獣様。

 赤髪の人。

 赤髪の人以外は驚いてる。

 ルシアスさんは、まだ疑わしい、といった様子。

 つまり、ごまかせばイケるんじゃないでしょうか?


「い、いや、そんな……そんなわけないじゃないですか」

「だが火聖獣様が君をそう呼んだ。その上加護まで……」

「加護?」


 ダウおばさんに「髪」と言われて後ろに三つ編みにした髪を手前に持ってきて、毛先を見てみる。

 普通に風聖獣様とお揃いのままだが、ひとふさ、真っ赤な毛が増えていてギョッとした。

 これは、まさか火聖獣様の加護……?

 え? それじゃあ、まさか? この赤髪の人は……?


「え え え え え え」

「すごい声が出るな」


 あはは、と聖獣様方に笑われるが、それどころではない。

 このどう見ても二十代前後の自信満々な俺様風の男の人が、火聖獣様?

 崖の国で祈りを捧げ続けた、あの?

 そんなばかな!

 そしてなぜ、私に火聖獣様の加護が増えているの?

 加護って重ねて受けられるものなの?

 いや、それよりもまず火聖獣様だというのならなぜここに?


「あばばばば?」

「混乱しているな」

「それはそうでしょう。正直俺もなにがなにやら……。…………。よし、状況を整理しましょう。ミーア」

「は、はひ!」


 パン、と手を叩いたルシアスさんがじっと私を見つめる。

 綺麗な顔。

 本当に整っていて美しい人だと思う。

 私の前まで来ると、やはり膝をついて目線を合わせてくれる。

 けれど、いつもの——私の知っている行商人のルシアスさんではない。


「あなたが“薬師の聖女”?」


 改めて問われる。

 今度は言い逃れを、絶対に許さないと言わんばかりの眼差し。

 これは、観念した方がよさそう。

 観念してすべて正直に話、その上でなんとか黙っていてもらえないか頼んでみよう。

 しょぼくれながらも「はい」と頷く。

 あれだけ「ドラゴンほしい。ドラゴンの内臓ほしい」と醜態をさらしたあとなので、かなり今更かもしれないが。


「そうか……君がそうだったのか。おかしいと思っていたんだが……」

「す、すみません。黙っていて……。でも、その……」

「スティリア王女に口止めされていたんだろう?」

「!」


 驚いて顔を上げる。

 ものすごく冷たい青い瞳は、今名を出した人物に向けられているような気がした。

 しかし、私はスティリア王女に口止めされていたわけではない。

 これは私が愚かだったのだ。


「いえ、あの……私は——」


 私は自分の経緯を洗いざらい全部話した。

 捨て子であり、正殿で育ち、十歳頃から薬師として働き、十五でその腕を買われて城に召し上げられたこと。

 それ以後は城で独り。

 個人工房に引きこもり、ひたすらポーションの研究をしながら新薬——最上級ポーションの開発に勤しんでいたこと。

 三十五を過ぎた四ヶ月ほど前のとある雨の日、私は自分の作ってきた薬が無償で振る舞われ、生まれ育った聖殿への寄付もなされておらず、そして“用済み”となったことをスティリア王女に告げられ始めて自分が“薬師の聖女”であったことを知った。

 今思っても、聖殿に私の給料が振り込まれていなかったのはショックだ。

 自分の薬作りへの異常な執着は、バレてしまったけれど……それとこれとは話が別。

 私は自分を育ててくれた聖殿がなんだかんだ好きだった。

 あそこで薬師としての才能を見出され、ジミーナとしての人生の幸福な時間を過ごしたのだから。

 少しでも恩を返したいと、今でも思っている。

 というか、それなら私の給料、どこに消えてたんだろう?

 不思議だなぁ。

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