第27話 マナの花、採取


「ミーア、あなたがアタシを案じてくれたように、アタシもあなたが心配なのよ。だってアタシのカワイイカワイイ、初めての“娘”だもの。それなら一緒に行く——いえ、連れて行って、その[マナの花]を持ち帰りましょう。大丈夫よ、アタシ、脚と羽毛は自慢なの。サッと行ってサッと帰って来ればいいってことでしょ? ね?」

「ダウおばさん……」


 しゃがんで、抱き締められる。

 ふわふわの羽毛の胸。

 埋もれて、あったかい。

 風聖獣様のお胸の羽毛よりほんの少しだけ固くて、爽やかな獣臭。

 頭の後ろを撫でられると、お母さんに抱き締められるってこんな感じなのかな……と思う。

 三十年以上生きているけれど、私は誰かに抱き締められた経験がまったくない。

 たって聖殿の大人は孤児に『独り立ち』教える存在。

 世話はしてくれても、愛情は注いでくれないのだ。

 ……抱き締められるって、こんなに……こんなに——泣きたくなるほど、嬉しいものなんだな。

 しがみついて、うんと胸の中にダウおばさんの匂いを吸い込んで、ぎゅっと目を瞑る。

 大好き。……大好き……!


『ならば我も行こう。我の治療薬を作ってくれるのなら、協力は惜しまぬぞ』

「風聖獣様……!」

「僕も行くよ。こう見えて腕には自信があるからね」

「ルシアスさんの……」

「さぁ、ミーア。乗りなさい」

「っ」


 ダウおばさんがしゃがんだまま、お尻をクイッと向ける。

 細い首が心配だけど、首元に跨る。

 なんてこと! 毛並みが! 太ももに当たるダウおばさんの立派な自慢の羽毛がふわふわのさらさらのぬくぬくで気持ちいいっ!!

 しかしそんな気分はダウおばさんが立ち上がると「高い怖い高い!?」になる。

 大きいのは知ってたし、風聖獣様に乗った時も多分このくらい地面から離れていたのに、前後にタルトとカーロがいないだけでこんなに恐怖感増すなんて……。


「しっかり掴まっていなさい」

「で、でも、どこに……」

「スカーフを掴んでればいいわ。最初はあまりスピードを出さないから大丈夫よ!」

「魔獣は僕が引き受けよう。風聖獣様にはミーアとダウおばさんがマナの毒素を吸わないよう、守っていただけますか?」

『よかろう。そのくらいお安い御用だ』


 ほ、本当に魔獣融合が起きてる場所に行くんだ。

 どんなものなのか、ちょっと興味が出てきてしまう。

 私の好奇心は薬以外にも向くんだな、と変なことを他人事のように思う。


「……ルシアス……」


 低く、思い詰めたような声に顔を向ける。

 タルトだ。

 ルシアスさんはなにかを察したように、タルトを数秒見つめた。

 それから「待ってて」と私に告げて一度荷馬車に戻り、なにかを持ってくる。


「英雄カルロの子息、タルトよ……君の父君の双剣ルタ・ルナをお返しする。これで村と民を守ってほしい」

「…………っ……」


 ルシアスさんが布を捲り、タルトに手渡したのは二本の半月剣シャムシールと呼ばれる剣。

 幼いタルトの体には不釣合いに思うが、タルトはそれをあっさりと持ち上げて腰に下げた。


「わかってると思うが、君には本来まだ早い。だが、村の危機だ。無理に使いこなそうとは思わないで、君とカーロの身を守るのを最優先に」

「うん。わかってる」


 ルシアスさんの言葉に強く頷くタルト。

 その後ろで、カーロが泣きそうな顔になっていた。

 タルトの両親の死に、カーロが関わっている。

 あの二本の半月剣がタルトのお父さんのものだったのなら、カーロはなにか、それにまつわることを思い出しているのだろうか?

 英雄カルロ。

 タルトのお父さんの名前。

 当たり前だが、私は聞いたことのない名前だ。


「行こう」


 ルシアスさんの声に頷いて、私たちは魔獣融合が起こる場所へと向かった。





「わっ、わっ、わっ」


 ダウおばさんは冗談抜きで、本当に脚が速かった。

 森の中だというのにとんでもない速度で木々をかき分け進んで駆ける。

 そしてルシアスさんはもっととんでもなかった。

 目にも留まらぬ速さで、ダウはおばさん以上の動きで先へいく。


「身を縮めて。前屈みに。——見えるよ」

「っ」


 ルシアスさんの声に片目を開ける。

 すると、森の木々がバキバキと倒されていく光景が見えてきた。

 なにかが横を通り過ぎる。

 黒く小さなうさぎ……?


「ブラックラビット、キラーラビット、キラービー、ポイズンスネーク……かなりの数だな」

「アタシたちは完全に無視されてるわね」

『まだまだ大きくなりそうだな』

「……っ」


 冷静に分析しているルシアスさんたちだが、私たちの横をどんどん通り過ぎるこれら、全部小型の魔獣?

 それらが行き着く先——大きな柱のように渦巻く黒いもや

 小型の魔獣はそこに飛び込む。

 迷いなく、一直線に。

 小型魔獣が飛び込む度、靄はボコボコ音を立てながら回転を早め、太く、高くなる。

 これが——魔獣融合。

 というか、コレ……こ、これが一体の魔獣になるの?

 私が想像していた以上にとんでもない事態では?


「ミーア! [マナの花]を探してくれ! さっさと採取して戻らないと、誕生の瞬間に立ち会うことになる!」

「はははひいぃ!」


 それは絶対嫌です!

 ダウおばさんに頼んで、あれの周りを一周するように走ってもらうと——やはりマナが根こそぎなくなっているところがあった。

 大量のマナを発する魔獣融合。

 そのマナを喰らう花——[マナの花]。

 まだ蕾だけど、根から全部[保管]してしまえば……よし!

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