第5話 聞けば聞くほどファンタジーな話 Ⅱ
見上げた私の頭をふわりと撫でると、話をまた続けた。
「幸い、代替わりした瞬間に竜王として成すべき事の記憶も引き継がれる為、竜王としての役割は憂い無く務められている。竜王として不足なく務められると周知されると、今度は周囲が婚姻し後継の子を作るようにと煩くなってきた。この身に満ちる魔力量からも、私は現存している竜族の中で誰よりも一番長生きするだろう。それにより後継をすぐに必要とはしない境遇だというのに、だ。内包する魔力量が竜王になる事から逃げる事は許されなかった。望んで座った玉座では無いというのに、静かに過ごす時も与えられない。大きすぎる権力というのは有象無象を引き寄せ厄介事を頻発させるのだ。」
金色に輝く髪色と同色の長い睫毛を伏せるその姿は、耽美な色気が駄々漏れている。
切れ長のアーモンドアイの目尻には小さな黒子―――
白い頬に影を落とす長い睫毛をそっと撫でたい。
…やばい世界の住人になる所でした。
竜族の血がそうさせるのかしら、なんて恐ろしい。
憂いを帯びたご尊顔もまた神々しいですお父様。
シリアスな場だというのに非常に申し訳ありませんが、私は権力のせいで有象無象を引き寄せるのでははなく、お父様の美しさに目が眩んだ女達の熾烈な争いの結果、後継を作る為にと白々しく言わずもがなな理由を付けて、お父様の傍に
と、色々と言いたいが、言えない。
だって、私も娘という事を理由にしてお父様に添い寝やいちゃいちゃしたいのです、お父様。
数多の女達と同じ穴の貉でございます、お父様。
アラクシエルは腕の中の娘から不穏な気配を感じて眉を潜める。
己の膝の上に抱っこしている娘は、あどけない顔で父であるアラクシエルを見つめている。
なんて愛おしい。
本当に目覚めてくれて嬉しい。
創生神様に感謝を捧げなければ。
娘の不埒な思考には一切気付かず、己の幸福を神に感謝している人の好いアラクシエルである。
その後もお父様の話は続いた。
お父様が生み出された命である私は、主である竜王のお父様の力に及ぶ成長は遂げられないようになっている為、息子や娘として周囲に認識認知されたとしても、次代の竜王には育つ事が無い以上、成り得ない存在であること。
もっと詳細にあれやこれや言われたけど、あまりに複雑で私の頭脳では理解できなかったので割愛する。
一通り難しい話を終えた後、お父様の話は私が誕生した後の話へと続いた。
私は、何百倍にも濃縮された竜王の魔力の塊で形成された後、竜王のみが持つ特別スキルで命を吹き込まれ、この世界に竜王の娘として誕生した。
通常より早すぎるスピードで成長し、一年を経過する頃には五歳児並の大きさになっていたそう。
このまま独り立ちをする年まで成長し、あっという間に寿命を迎えて死ぬのではないかとお父様は非常に心配したのだそうだ。
成長の早い竜族の中でも異常なスピードで成長はするものの、それ以外では普通に笑い泣き怒りと普通の幼子として感情豊かである事、一般の竜族の子供が興味を持ったり喜んだりする物を好んでいた為に思考なども幼子であると判断して様子見をする事になった。
それから一年間ほど普通に過ごしていた。
成長スピードも始めの一年のような異常さはなくなり、ゆっくりと成長するようになった。調べさせていた過去の文献の中で魔力によって生み出された子が幾人かいて、イオのような成長を辿っていた事がやっと調べがついて判明し、皆が一安心していた所だった。
―――そして、あの日が起きた。
ある朝、起こしに来たメイドが何度呼びかけても反応しなかったそう。
魔力と命が馴染んでいないのではないかと様々な検査をされ、過去の書物を調べ色々な観点から調査されたが、原因が判明する事はなく五年程の時が過ぎた―――
そして、五年目の朝、同じように部屋に来たメイドが寝台で身体を起こしボーっとしている私を発見したという。
五年前と同じメイドだった為、大歓喜状態になったメイドは大きな声で騒がしくイオの目覚めを告げ回ったとのこと。
メイドもずっと気に病んでいた五年間だったのだろう。
その気持ちは充分に分かっているから、あれだけ騒ぎ立てた事は本来なら何らかの処罰があるが、お咎めなしにしたという。
ちなみにメイドの名前は、テレサというらしい。
私が眠りにつく前は「てれしゃ」と呼びとても懐いていたそうだ。
お父様の事もちゃんと「とうしゃま」といって理解していたので、今回全く記憶が無い事に驚いたという事だった。
うーむ…
今、私の中って前世の私の記憶しかないのだよね…
デジャヴとかの感覚問題って、脳の誤認識とかいうじゃない? 誤認識とか無意識に予測してた事だったりとか。
それが記憶の欠片だと思うのは早計だろうし…
これって記憶喪失とかじゃなくて、元々のイオフィリアの魂を押し出して、私が入った何ていうんじゃなきゃいいんだけど。
これ程に愛されていた存在を無理やり奪ってしまったような気がして、気分が落ち込む。
五年間の眠りの間、私の身体は眠っているというのに、どんどん魔力の総量が増えていったそう。
生命維持の為、毎日のように竜王の魔力をお父様が注いで延命していた事が理由で一時的に増えたのかと思っていたが、増えた魔力は竜王の魔力とも違う見た事もない色と質をしているらしい。
その魔力のせいで目覚めないのかもしれないと、様々な書物を開き過去の文献を調べ漁るが、そのような例はなく、調べても調べても謎が深まるばかりだったそう。
このままではずっと眠り続けているのだろうかもしれないと、毎日不安で仕方なかった所に突然私が目覚めた為、お父様はそれを成長しきって寿命が潰えたかもしれないとおかしな思考に陥って全ての職務を放棄して取り乱して駆け付けたそう。
(そこまで思われているっていうのは幸せな事で、嬉しいんだけど…色々な人に迷惑をかけてたのではないだろうか…)
その異質な魔力って、もしかして前世の私と融合したからなのでは?
私の前世は魔法も魔物も本の中だけの存在で、もっといえば竜族や妖精族や魔族なんて存在しない世界。
全く異なる世界なのだから、魔力が異質なのだとしたら――――
……と、思ったりするが、こんな荒唐無稽な話、信じて貰える自信もない。
そもそも、前世の話を打ち明ける勇気もないので黙っておく。
もっとこの世界のいろいろな事が分かって、お父様や他の人達の事が分かって、
この世界に少しでも馴染む事が出来たら…いつか打ち明ける決心がつくと思う。
いつかが来るかは分からないけど。
それに、まだこの世界で目覚めてから一日も経ってない。
お父様と過ごす時間が(接触が)濃厚過ぎて、もう何日も共に過ごしたくらいの気安さが私の中に生まれている。
いや、神々しい美貌は気安くなれないですけど。
愛情と美貌と色気が駄々漏れのそんなお父様でも、この世界のたった一人の父親だとしても、何を話しても大丈夫な人だとまでは、今はまだ信頼は出来ないと思う。
打ち明けた途端に「魂が入れ替わったのなら自分の娘では無い」と冷たくされる可能性があるのも怖い。
憂いがあるうちは、余計な事は言うべきではない。
カミングアウトで自分はスッキリ出来ても、訊く相手がそれを望んでない場合だってあるのだから。
何もかも打ち明ける事が正解で正しいとは限らないのだ。
「ごめんなさい、お父様にご心配おかけましました」
五年間もこの優しい人を悲しませていたのだと、以前の記憶が一切ないとしても何だか悲しくなってしゅんとしながら謝ると、金色の瞳がとろりと蕩け、輝くような笑みを浮かべられた。
「いや、もういいんだ。私の娘が目覚めてくれた。もう一度聞きたかった声を聴かせてくれた。ただそれだけで、もうこの世の何もかもに感謝したいくらいなのだから。もう私の傍を離れないでおくれ」
お父様はそう言って、その存在を触れる事で確かめるかのように、璃音の頭や頬や腕や背中を撫でてくる。
「お父様…っ、く、くすぐったい…!」
「ふふ、くすぐったい? それは大変だな。でも、もう少しこのままで我慢するように。今、イオが起きて声をあげて笑って私の傍に居ることを実感したい」
でろでろにあまあまである。
五年間も眠り続けた娘が目覚めてくれた事が嬉しすぎて、色々ぶっ飛んでこんな感じなの?
それとも、スキンシップ盛りだくさんな触れ合いこの世界の親子のスタンダード?
な、訳ないよね、だって他の人達、お父様と私の事生温い目で見てなかった?
この人、めちゃめちゃ甘いパパなのではないだろうか――――
世にいう親ばか……?
黙って撫でまわされながら、少し遠い目になる璃音だった。
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