第66話 転生エルフ(200)、追放信徒と出会う。
「まったく、エセ勇者と言い逃亡信徒の連れのガキと言い、逃げ足が速い奴等ばかりだ……!」
「今、街から出て行こうとする者を逃すなよ! 特に逃亡した信徒はリース教司祭長、ガミラス様の私物を盗んだ不届き者だ! 側についてたあの小娘を捕まえればすぐに出てくるからな!」
国境警備隊が隊列を組んで街中を駆け巡る。
お目当ては先ほどまで俺たちが対峙していた少女、
というか、どうもヴリトラは彼らが真に追っている者をおびき出すための餌に使われようとしているみたいだけど。
――走り回る彼らを尻目に、俺たちは謎の人物に付いて地下の通路を渡っていた。
「むぅ。不思議なものなのだ。お主に貰うた布着を被った瞬間から、誰も我等のことを気にせぬようになったのだ」
「服そのものに隠蔽魔法の
俺が齢72の時に会得した古代魔法の一つ、隠蔽魔法
歴史に名を残したとある
読んで字の如く、気配と存在を消して路端の小石くらいの認識しか受けなくなる魔法だ。
地味な魔法の割には魔力消費量が激しいのが難点だ。
ヴリトラはフードを更に深く被って笑顔を浮かべる。
「ぬはははは。隠れて生きたり擬態して生きたりは我の得意とすることなのだ」
さすが数十年を封印され、魔族の傀儡として数年を生きてきた邪龍は言うことが違う。
そこには邪龍としての厳かなプライドなんて微塵も垣間見えないけども。
現状を整理してみると、クラリネ・フリッツはエセ勇者を騙っているとして国に追われている。
そしてヴリトラとこの謎の人物はそのクラリネと、さらに警備隊(+リース教?)からも追われているということだ。
……ヴリトラさん、追われすぎでは?
「――で、ジン君の子孫に追われてる理由は分からないとして、リース教ってやつに対してキミは何をしでかしたんだい?」
俺が問うと、ヴリトラは少し寂しげに呟く。
「我は恩人を守っておるだけなのだ。あやつ抜きでは今の
そう言って、ヴリトラは前を進む人物を指差した。
「こやつも体調が万全でないから外を出歩く出ないと言っておったのだがな。回復魔法に長けたお主を探してはおったが、主の気配は探ってみてもどこにもおらぬわけだったしの」
そういえばここ数年はスフィアと共に森の奥深くに潜っていることが多かったな。
スフィアの戦闘スタイルは、その気配をほとんど消して獲物を仕留めるものが多かった。
常時魔力が漏れ出る俺とは真逆のスタイルだ。
スフィアと一緒にいる間は、邪魔にならないように、そして無駄に森の生物たちを威圧するわけにもいかなかったから気配軽減の魔法を常に微弱に張っていたっけ。
一応の所、ヴリトラの肉体創成魔法の主ではあるから彼女の生命が危機に瀕すれば何か魔力に反応があったのだろうけども、それも特に感じられなかったしね。
だからヴリトラは俺を見つけられなかったし、俺も特にヴリトラを気に留めることもなかったのだろう。
蓋を開けてみれば、ヴリトラは非常に厄介な立場になっていたわけだけど……。
ヴリトラは裏路地の壁際にうっすらと見える隠し扉から地下へと降りていく。
「全く、お主と我がもっと早くに再会出来ておれば、リース教などという胡散臭い組織などがここまでのさばることもなかったのだぞ」
言って、ヴリトラは小さくため息をついた。
とてとてと人間街を興味深そうに見ていたスフィアは首を傾げる。
「回復魔法で病める人を治す、良い拠り所じゃないの? 見た所、みんなリース教……リースくんに感謝してるように思えたけど……」
「そう思えておるのならば、奴等の思惑はある程度成功しておるのだろうな。実際はそのような生ぬるいものではないのだ。ここまできたら良いのではないか、オリヴィエよ」
地下水道を歩くこと数分。
ヴリトラが足を止めて前方には小さな灯りがついていた。
彼らの一時的な潜伏場所だったのだろう。
「そうだね、ヴリちゃんがいうなら」
謎の人物はこちらを向き直り、ようやくフードを脱いで見せた。
紫のショートボブヘアからは一対の赤黒い角が伸びている。
少し息苦しそうに胸に手を当てているが、その腕には少々鱗のようなものが垣間見えている。
口端に見える尖った八重歯と申し訳程度に伸びた尻尾。その姿はまるで――。
「わぁ、龍人さん! 人間界で私たち以外の亜人さんにお会いするのは初めてかもしれないね、リースくん! 森の図書館の文献ではいなくなっちゃったのかと思ってたけど――」
「オリヴィエは生粋の人間ぞ」
スフィアのうきうきとした様子とは裏腹に、ヴリトラは苦虫を噛みつぶした様な表情で呟いたのだった。
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