第62話 転生エルフ、『リース教団』に遭遇する。

「いいかい、スフィア。人間界の街で守って欲しいことがある」


 街へ繰り出す前夜。

 川辺でたき火を焚いて、俺たちは街へ行くための最終確認を行っていた。

 スフィアと共に森を飛び出して数十年。 

 よほどのことがない限りは街へ出ることなんてなかったから特に注意が必要だ。


「フードを絶対に脱がないことだ。俺たち亜人は今もヒト族からしたら奇異の目で見られる。それにエルフはかつて亜人の中でも特に市場価値が・・・・・・・高かった・・・・と言われていたからね」


「……なるほど」


 少し緊張気味にスフィアはこくこくと頷いた。

 俺が森に籠もっている間に、また人間界ではきな臭い動きが進んでいるようだし――と。


「スフィア、ヒトが来る。それも複数。フード被って」


「……!? わ、分かったっ!」


 俺はとっさにスフィアへ指示を送った。

 まだ数百メートル先ではあるが、向こうから微量の魔力を感じる。

 向こうも何らかの魔道具を持っているのだろう。確実にこちら側の気配には気付いている様子だ。

 近頃の魔道具性能が分からない以上、下手に動かない方が身のためだ。



 それにこんな夜更けに川辺にいるヒト族ともなると、大抵は外れ者・・・訳有り者・・・・でしかない。

 冒険者ギルドを通じての冒険者なら、よほどのことが無い限りは夜の森に探索なんてさせることはないからね。

 灯りを携えながらやって来るのは複数の人影。

 先頭に立つ坊主頭の男は穏やかな表情で語りかけてきた。


「おやおや、魔力の気配を感じて来てみればまだまだ若い男女ではないですか。こんな夜深くに森の中にいるということは……所属ギルドと本隊のパーティとはどちらで?」


 どうやらこの集団は、俺たちが冒険者パーティから逸れてしまいここで朝を迎えようとしていると勘違いしてくれているようだ。

 それならそれで都合が良い。

 不安そうなスフィアをよそに俺は彼らにギルドの章印を見せる。

 この世界ではギルドに所属していることが身分証代わりにもなる。

 これはかつてガリウスくんがカモフラージュ用にと俺に渡してくれたものだ。


 とはいえ100年もの前のものだから、上手く通用するといいけど...。


「オゥル皇国の冒険者ギルド、《スタージア》の者です。訳あってここから別国のギルドにお世話になろうとしていましてね。今は道中の夜営といったところです」


 言うと、男は破顔した。


「ほう! かの希望の旅人ラグリージュが生まれたという名門ギルド《スタージア》の方々でしたか。それはそれは失礼を。なれば心配はありませんな。《スタージア》は今やよっぽどの力ある者にしか章印はお渡ししないと聞きます。あちらはもう『クロセナール』ほどの大罪人を排出することもありませんし、身分証としては絶大な効果を持ちますからな」


 カラカラと笑う男。


「クロセナール?」


 なんだか聞いたことのあるパーティー名だな。


「かの伝説の勇者、ジンが覚醒前に所属していたパーティーの名ですな。彼の者たちは裏切り者であり、勇者への冷遇を極めておりました。もし勇者が別のパーティーに赴かねば世界は破滅していたやもしれません。さればこそ、世界の重罪人。あのような末路を辿るのも無理はないことでしょう」


じーっと成り行きを聞いていたスフィアは頭にはてなを浮かべる。


「そ、その人たち、どんな末路だったんですか?」


「ふむ、若いと知らぬこともおありでしょう。彼らの死因は獄中死。剣士リューク、回復術師キャロル、魔術師ソララ、ルララは全員そうですな。当然でしょう。彼らの選択が人類を滅亡へと誘われる可能性もあったのですから」


「ご、ごくちゅ……」


スフィアは顔を歪ませる。


「勇者が魔王を打倒して数年後。我々・・は各地に手の者を送り、没落した『クロセナール』の面々を探し出しました。それが民の総意であったからですな」


「我々、ね。それが最近巷で聞く『リース教』ってやつですか?」


 どうも胡散臭い集団だとは思っていたが、やはりここに話は繋がってくるか。

 俺がこの世界で偽名を使うことを決めた一因だ。

 男は夜空を見上げながら語る。


「左様。我らはリース教。かの勇者の師であり、最高峰の回復術師であり、リース流剣術の祖とも言われる大賢者を崇拝する者の集い。そして聖剣レーヴァテインを再び世に解き放ったとされるのがリース様というわけですな。我々は天からのその声を聞き、神のお告げの元に世界の平穏のために活動する語り部です」


 ……開いた口が塞がらないが、リース教については森にやってくる冒険者たちも口々に噂にしているのを耳にしたことがある。


 曰く、その組織は回復魔法の担い手で構成されており、病める村に降り立っては無償の治癒行為を行い去って行く。

 曰く、現代版『魔法不適合者の英雄譚』の語り部である。

 曰く、リース神という仮初めの神を信じつつ『次の』勇者を見出して、世界平和の為の偶像となってもらおうとしているのだとか。


 いつの間に俺の名を冠した教団が出来ているんだとは思ったけど、病めるヒトを治して力のある回復術師を育てている面は間違いなく良いことだ。

 勇者の元パーティーメンバーを獄中死させるほどの過激さがあることは初めて知ったが……。


「今は邪気なるものが立ち込めております故に、人民も苦労しておいでです。我らはリースの神のお告げの元に、弱者救済を行うのです。近頃、近辺には龍が出没しているとの噂もあります。ここまで《気》が強いと不都合もあることでしょう。我々はこれから龍によって病まされた村に行く所でしたが、旅人様方の行く先とは異なるでしょうから安心ですな。旅人様たちも、十分に気を付けていただければ幸いですな」


「……ご忠告ありがとうございます。リース教の方々も、闇夜にお気を付けて」


「お休みの所お声かけしてすみませんな。何かあれば、リース教の門を叩くと良いでしょう。リース神は誰もを拒みませぬ故に。あなた方にリースの神のご加護があらんことを」


 胸の前で小さな十字を切って、男達は去って行った。

 横ではスフィアが「ほぉぉぉぉ」と羨望の眼差しを送っている様子だ。

 

「なんだかヒト族の掛け合いって感じがカッコ良かったよ」


 一応、褒め言葉として受け取っておこう。

 それにしても邪龍、ね。


 そういえば、俺の知り合いにも邪龍がいたっけな。

 ちょっと騒がしくておっちょこちょいの、伝説の勇者パーティーにいた邪龍が……。


---------------------------------------------

昨日更新忘れていましたすみません……汗

グラストNOVELS様からの書籍版「転生エルフ」が好評発売中です。

よろしくお願いします……!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る