第343話 襲撃2
「目標はこの建物の中にいる外国人の霊能者。金髪、年齢は20代半ば、可能な限り無傷で捕らえろ」
街灯と星空が照らす闇の中。人影が建物の近くに集まっている。
「伝承憑呪”邪視”による先制をするため、同志”邪視”は封印解除後、突入を」
「はい」
「それ以外は呪魂を使用した弾丸での射撃を許可」
「必要であれば、回されてきたスモークグレネードと人形で撹乱。どのような犠牲を置いてもターゲットを確保する事が優先される」
「必要であれば我らも憑呪の力を使用しても?」
「許可しよう。ただし全ての封印を解除するな。同志は主から力を授かってまだ間も無く、力を制御出来ていないだろう」
「は。主の導くままに」
黒い人影は全部で12体。札が張られた銃器を持ち、歩き始める。
「周囲に人影あり。人数は2人」
「了解。では状況を開始する」
「は」
そうして襲撃が始まった。白い不気味な人型の霊により、それを見た人々は涙を流しうずくまる。それに対し黒い衣装を纏った人影が銃を撃っていく。。撃たれたのはただの弾丸ではない。呪魂弾と呼ばれる特別製の弾丸であり、殺傷能力はほぼないが、当たった箇所から呪いが浸食するように広がっていく。3人の侵入者が建物の中へ侵入し目的の場所へ進んでいくと通信が入った。
『同志諸君。我らが親愛なる邪視がやられた。合わせて先行したターゲットは奥のフロア。強力な悪霊の護衛がいる。各自封印を解除し、主の力を見せろ』
侵入していた2人が黒い服の裾をまくる。そこには腕に巻かれた包帯がある。血でかかれた梵字の包帯。それを解いた。その瞬間、普通の人間だった肌が漆黒へ染まり、爪が腐り落ちていく。指が骨と皮だけになり、恐ろしく長くなった。
そして片腕が異形のように変形した2人が走り出す。開け放たれている体育館の扉の前へ銃を構え突撃すると、目の前に黒い武者がいた。先行していた人形は既に胴体を切り捨てられている。それを確認した直後黒い影が迫る。
「首を落として逝け」
迫る黒刃を寸で躱し、銃を撃つ。その動きは普通の人間とはかけ離れた反射だった。だが対する武者もまた普通の霊ではない。黒い武者へ放たれる弾丸をすべて斬りおとし、さらに滑るように武者は接近する。先ほど振り抜いたはずの刃はいつの間にか上段に構えられそれが振り下ろされる。
その刃によって1人の侵入者が両断された。それを目の当たりにしたもう1人の侵入者はさらにもう片方の包帯を剥がそうとして首に朱い棘が生え命を落とした。
『同志諸君。想定ランクⅧに上昇。アマチの対怨霊装備に換装。もう1人の子供も普通ではない。同志らは封印を解除しろ』
黒い武者。陸門道行は殺した侵入者の装備していたイヤホンを奪い、その声を聴いていた。
「ふむ。アーデ殿。どう思うかね」
体育館にいるアーデの方へ振り向き質問を投げた。そこには体育館内に収容されていた患者と気絶している医者たちを光の結界で保護し、自身も光の結界内で纏ったアーデがいた。
「……アマチと聞こえましたね。アマチは世界有数の企業のはず。なぜここでその名前が」
「それより今はここを脱出した方が良いだろう。どういう理由で狙われているのか不明であるがな」
「――そうですね。侵入者の目的が私であるならここでは被害が増えるばかりでしょう。それにしてもなぜ私を……」
アーデとしてはそれ以外にも懸念はある。単純にここから脱出して本当に救助された人々は助かるのか。道行とケスカという戦力がいる以上むしろこちらから攻めて無力化してしまった方がいいのではないか。
「警察の方は……」
「外にいた連中の気配が希薄のようだ。恐らく無事ではないであろう。してどうする?」
「……正面から行きましょう。隠れるように逃げてしまってほかの方に被害が及んだら私がここへ来た意味がありません。私の事は気にせず、御二人は自由に動いてください」
そうアーデは言うと体育館の扉から建物のロビーへ出る。照明は既に落ち、窓から入る月明りで照らされている。謎の襲撃、不気味な悪霊、そういった要素も相まって暗く広いロビーが不気味に見える。意を決して進もうとするとアーデの前に道行が立ちふさがる。
「何かおる」
アーデは即座に魔法を使う。暗い廊下を光で照らした。そして……そこにいたモノを見て言葉を失う。
それは女だった。
両腕、両足を無くした車椅子に乗った女。その女が車椅子から落ちる。どさっという重い音が響き、這いずるようにこちらへ迫ってくる。左右の肩を器用に動かしその姿から想像できない速度で迫ってくる。
『手をよこせ』
「あの白い怪異と同じか。斬り捨ててくれる」
そう言い、失踪する道行。黒い刃を伸ばし、床を這いずる女を切り捨てようとして、突然
「面妖なッ!」
道行の両腕が消えている。変わりに這いずっていた女の肩に黒い腕が生えていた。この現象にアーデは見覚えがある。以前保育園で受けた仕事の際に襲われた悪霊。礼土の話に寄ればそれを操る存在がいたという。そこから考えられる今の現象の答え。それにアーデは瞬時に辿り着いた。
「伝承霊ですか!」
「アーデ殿。もしや以前のものと同じか?」
「恐らく一緒です。確か根陀離と言いましたか。見た目は違いますが、同系統の伝承霊かと」
伝承霊はその伝えまわる怪談通りに、或いは言い伝え通りの現象を引き起こす悪霊。単純な強さを度外しして一定の法則を強制させるという凶悪な悪霊。単純に強い悪霊よりも厄介だ。その脅威は地球へ転移し弱体化したとはいえ、吸血鬼の真祖であるケスカを傷つけたあの根陀離で十分脅威は理解している。下手をすれば礼土の持つペット以上に凶悪な存在。アーデからすればこんな意味不明な霊をまるで雑魚のように祓っていた礼土がおかしいのだ。
「私の出番」
「ならば他の者どもはこちらで引き受けようぞ」
そう言うと道行は腕を失った状態でロビーを走る。進む先に黒衣で身を包んだ人物が柱の後ろに隠れていた。放たれる銃弾を躱し、道行は身体を回転させながら1人の胴体へ蹴りを放ち、身体が折れた所でもう片方足を大きく上にあげ、そのまま頭を足で打ち下ろし、床で潰す。もう1人が銃を捨て普通の人とは思えない形の腕を振り上げるがそれより早く道行が接近しその喉を食い破った。
ケスカは自分の指から血を体外へ出す。あふれ出る血液が刃の形へと変わっていく。そしてそれを前方の女へと放った。黒い腕を生やし先ほどよりも動きが早くなった女だったが迫りくる血の刃への対応が一手遅れる。血刃が黒い腕を切り裂き、片腕を失った女が叫んだ。
『脚を寄越せ』
「使ってるかいや」
放った刃はまだケスカの制御下から離れていない。放たれた刃は形を変え、頭の球体へと変わり、鋭い雨となって女へ降り注ぐ。赤い雨に打たれ女は全身が穴だらけとなっていく。そこに光が降り注いだ。暖かい太陽のような光が照らし、女はそれに押しつぶされるように消えていく。
それを確認しアーデは上手く倒せた事に安堵する。消失した腕が戻った道行とケスカはまだ油断なく周囲を警戒している。襲撃者があとどの程度いるかは不明だ。だがこの面子なら問題ないだろう。そう考えた時、新たな気配が建物のロビーへ侵入してきた。
「……? 魚と鳥とあれは熊でしょうか」
アーデはそう呟く。だが不思議だった。襲ってくる様子はない。魚と鳥は宙を彷徨うように飛んでおり、熊はただこちらを見ているだけだ。
「どうする?」
「念のためあれも祓いましょう。ケスカ、お願いして――」
そう言葉を紡ごうとしてアーデとケスカは膝から崩れ落ちた。身体は痙攣しており、眼は見開かれ、口から涎が垂れている。
「礼土、礼土、レイド。どうして私をおいて……嫌、おいていかないで……」
「いやああああッ! 助けて! もう殺されたくない! やめて、やめてレイド!!」
突然叫びだす2人に道行は困惑する。だがすぐに目の前に佇む存在に目を付けた。
「貴様らかッ!」
そう声を上げ、刀を握り走り出す道行。そして刀を投げた。投擲された刀は熊の額を貫く。だがまだ2人は泣き叫ぶ様子を崩さない。
残り2体。瞬時に手元で復元した刀をもう一度握り、一気に跳躍した。その瞬間だ。周囲に水晶が投げられる。その数5個。刃の軌道に投げ込まれたそれは間違いなく自身を祓うためのものだと気づく。だがそれでも道行は止まらない。握っていた刀を手放す。落ちていく刀の柄頭を足で捉えそれを蹴り上げた。刀は鳥の身体を貫く。残り1体。さらに刀を復元し、水晶諸共斬りすてようとして、突如水晶が割れた。
「ぬぁああああああッ!!」
割れた水晶からは大量の水蒸気があふれ出す。これこそアマチで開発され、悪霊を消滅させるために制作された聖水。その最上級の代物。まるで液体のように沸騰する身体は黒い煙を吐き出し、道行は落ちてく。
「許さぬ、許さぬぞ――必ず貴様らを……八つ裂きに……アーデ殿もうし……」
「対象の鎮圧を確認。伝承憑呪”リンフォン”2体の消滅を確認。任務完了撤収する。ターゲットを回収後ここを離脱し、本部へ帰投する」
「同志。近くにいる子供はどうしますか?」
いつの間にか水溜まりのように広がる血液が侵入者の足元を汚していく。ケスカは今も身体が痙攣しており涙を流して震えていた。
「まだ同志”リンフォン”の影響下にある。放っておけば自壊するだろう。それより想定以上にこちらも消耗してしまった。即刻撤収する」
「は」
ーーーー
次で終わります。
書籍用の作業に入りましたので、引き続き更新は遅くなると思います。
申し訳ありません。
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