第229話 これが俺の御三家

 変異した世界でその恩恵を受けたのは人間だけではない。すべての生き物が等しく霊力を持つことになり、また既に霊体であった霊たちもその例外ではない。


 ただの浮遊霊もその気になれば物理現象を引き起こす程度には力を備えているのだが、通常の一般霊にそのような事をする意思はない。肉体が死に、魂だけの存在となった霊の多くは自分の死を正確に理解出来ていないのだ。生きてはいない。でも完全に死んだとも思えない。半端に意識がある分そのように解釈してしまう。


 だが悪霊は違う。死した時の恨みが、怒りが、未練が、憎しみが力となり、霊へとなった際にその感情に支配される。その時残った強い感情に支配され、生ける人々に害を与えるのだ。そして当然元から悪霊であった霊たちはこの世界へ変わった際に更なる力を得た。




「捻じるさんって知ってるか?」


 夜のファミレスで飯を食べながら男は言った。既に平らげた食器の上にフォークを置き、もう1人の男はコーヒーを飲みながら答えた。


「あのホテルの廃墟に住み着いてる霊だっけ。そういや何で捻じるさんなんて言われてんの」

「結構昔なんだけどさ、あるカップルがいたんだよ。ただ彼氏が結構酷い奴でさ。色んな所に借金ばっかりしてて彼女が一生懸命働いて返してたんだって」



 そう言いながらコップの中で僅かに残る氷を鳴らしながら男は話をつづけた。



「んでさ。ある日とうとう彼氏が闇金に手を出して逃げちゃったらしいのよ。彼女を身代わりにして」

「うわ、出たよ」

「よくある話だと風呂に沈めるとか色々あるじゃん。だけどここからがちょっと変わり種でさ。そのヤクザ残った彼女を使って撮影したんだって」


 話を聞いていた男が眉をしかめる。


「それってAVとか?」

「いや、それだったらまだマシだったよ。どうもそのヤクザかなりヤバイ奴らしくて、金持ちの変態に数日間奉仕すれば許してやるって言われたらしいの。んでその彼女はそのまま戻らなかったらしい」

「――殺されたって事?」

「ああ。しかも後日スナッフ映像として裏で販売されてたらしくて、それを彼氏の元へ送ったんだってさ。その映像だと彼女の首とか肩とかもう全部の関節が生きたまま捻じられてたらしいぜ」

「おいやめてくれ。肉食った後にそういう話はさ」



 手元のコーヒーを一杯のみ話をした男に質問をする。



「んでどこまでが本当なんだ?」

「さぁな。ただ噂だとその撮影に関わっていた関係者は全員不審死したって話だぜ。その逃げた彼氏も死んだって話だ。聞いた話だと関係者が同じ場所で死んでいたらしい」

「それってまさか……」

「そうあのホテルだ。どうやら撮影に使われた場所だったらしいな。彼女の死体はどうなったか知らないけど、ホテルで首が捻じ曲がる不審死が多数起きて廃業。そのまま放置って流れみたいだな」


 一通り話し終わり男は残った僅かな水を口の中に入れた。



「それって今もいるんだよな」

「ああ。いる。だからあのホテルには誰も近寄らない。ゴーストハントにも来ないくらいだしな。以前挑戦したランクⅣの霊能者チームが除霊に行ったけど、結局誰も帰ってこなかったらしいぜ」

「こっわ。領域とかないのか?」

「そういうのはないみたいだな。ただ侵入した奴を未だに自分を殺した奴だと勘違いして首を捻じってくるんだってさ。どうだ行ってみるか?」

「ふざけんな。俺達はランクⅢだろ。無理無理。話を聞くだけならともかく自分で体験してみようとは思わねぇよ――ってあれ」



 そういうと飲んでいたコーヒーをテーブルに置き、窓ガラスへ顔を近づけた。



「なんだ。びびらせよってか?」

「ちげぇよ。ほらあそこ」


 そういって指を刺された方へ先ほど話をしていた男も視線を向ける。



「――なんだ。あれ」




 暗い夜道。街の郊外にあるこのファミレスの外を1人の男が歩いている。それは普通だ。別段変な所はない。ただ問題は男が向かっている方向だ。



「あっちって例のホテルがある場所だよな」

「あ、ああ。そうだな。捻じるさんは危険な霊だが、ホテルからは出てこない。入らなければ大丈夫だろうが、まさか1人で行く気か!?」

「どこの霊能者だ? この辺にそんな強い奴が来てたかな」

「わからん。見た所日本人じゃなさそうだ。入る前に気付いて戻ってくればいいんだがな」







 街灯も少なく月明りで照らされる道を礼土は歩いていた。いくつか調べてほしい事はアーデに任せた。俺は俺の仕事をしようと考えている。役割分担という奴だ。もっともネムは漫画を読んでいるだけで、ケスカは変わらず部屋で寝ているのだが。



「とりあえず1体捕まえたけど。結構いい霊を捕まえたかもな」



 廃墟ホテルらしき場所から霊の気配を感じ先ほど行ってきた。入った瞬間分かったね。俺の首に何かが触れるような感覚があった。そしてすぐに悟った。



 ああ。元マッサージ師の霊なのだと。




 俺の首回りを触りコリをほぐそうとしてくれている。だが霊だからだろう力がない。待てども待てども、ただ触っているだけなのだ。偶に腕や足なんかも触れられていた感じはしたがやはりほぐれる気配がまるでない。少しどうするか考え一緒に来ないかと独り言を続けること約20分。ようやく決心してくれたようで俺は記念すべき1体目の霊を手に入れたのだ。




 とにかく1人捕まえた事で感覚は理解した。次は動物霊にしよう。指輪の中で楽しく遊べるか知らないが退屈にはならんだろう。そうして人里離れた場所へ移動しまた魔法を使って適当に移動を始めた。




 そうして俺はとある山で強い気配を感じる。どこかで見覚えがある山のような気もするがどこかで来たことがある山だっただろうか。そんな事を考えながら山へ向かって移動する。

 夜の山は危険だと言われるが以前は野生生活をしたこともある俺からすれば日本の山は快適なものである。そうして森の中へ入るとさらに強い気配を感じた。




「なんだ。視線を感じるな。――ってあれか」



 木の上。何かがいる。視線を向けるとそこには一匹の小さな子猿がいた。



「キ、キー」



 猿である。しかも生きた猿じゃない。あの気配は間違いなく霊だ。だがどういう訳か俺を見て怯えているような気がする。猿に嫌われるような事をした記憶がないんだがな。



「ほらおいで。お菓子やろうか?」

「キ、キシャァ!!」



 牙をむき出しにして威嚇しやがる。なんと生意気な猿か。そう思い一歩近づくとすさまじい速度で逃げ出した。



 それから始まった鬼ごっこ。木の枝を器用に使い逃げ回る猿を追い回し、時には先回りなどして脅かし続けた。1時間ほど遊んでやったら余程うれしかったのだろう。泣きながら頭を地面に擦りつけてくる。



「どうだい。一緒にいかないか?」

「キ、キキー!」



 そういって頭を撫でたらより一層震えだした。ははは。頭を砕かれるとでも思っているのだろうか。さてこれで頼もしい2体目の霊を捕まえた。


 そうして山から少しだけ移動すると小さな村を見つけた。夜だというのに家には明かりがついており、人が多く外で出ている。何かあったのだろうか。というか霊の気配を感じる。なんで同じ場所に2体もいるんだ? ちょうど近くに人がいるし声をかけてみるか。




「こんにちは。どうかされましたか」

「え? 一体どちら様で? こんな田舎に……外人さんかい」



 人のよさそうな老人を捕まえ話を聞いてみる事にした。



「ええ。実は霊能力を鍛える旅に出ておりましてね」



 嘘である。出発してまだ数時間しか経っていない。



「おお。もしや霊能者の方で!?」



 そういって老人は俺の腕を掴んできた。気のせいか目が血走っている。さてここは重要な場面だ。以前なら迷いなくそう答えていたのだがあいにく俺は無免許状態である。ここは慎重に答える場面だ。



「え、ええっとですね。そう俺はまだ修行中の身なのです。霊力を高め師の許しが出たら正式に免許を取ろうと思っていてですね。決してただの無免許野郎という訳ではなくてですね」

「そうでしたか。……どうでしょう、儂らの依頼を受けてはくれませんか?」

「依頼ですか? 先ほども言った通り免許はないですが……」


 そういやその辺ってどうなんだ。冒険者ギルドみたいに手続きが必要だったりするんだろうか。



「いえいえ。資格があろうがなかろうが儂らは気にしませぬ。それにここだけの話、こんな山の中の田舎に霊能者を呼ぶには時間が掛かりすぎてしまって――儂らには時間がないのです」

「時間がない? この気配と関係があるのですね」

「流石ですな。歩きながら説明しましょう」



 そういって老人の後についていき、村の中へ入っていった。



 どうやらこの山は神聖な山らしく神が住む山だという。人に恵みを与えるが時には人を喰らう悪神でもあり、そんな神を祭っている神社もあるという事だ。

 しかし1年ほど前、人を喰らう頻度が増えた神をどうにか沈めていた神主が死んだという。そしてそれは決して人が出来る殺し方ではなかったそうだ。そして村人は気づいた。これは山の神の仕業なのだと。より一層山への祈りを増やし、子供は誰も山に近づけないように徹底させた。不思議と山の神の目撃はそれ以来なかったという。怒りを鎮めたのだと村人は考えていた。だが半年前。事態は変わった。



「子供ですか?」

「はい。あれは間違いなく山の神の子供です。小柄ながらも獰猛であり恐ろしい牙と目つきをした誠に恐ろしい神の姿をしておりました」



 その時にようやく気付いたのだそうだ。山の神は怒りを鎮めたのではなく、姿を隠していたのだと。そして次代の新しい神が生まれたのだと。

 しかし子供か。まさかアレじゃないだろうな。



「厄介なことで前以上に村人が失踪するようになりました。そこで儂らは頼ってしまったのです。既に無人となった神社を使い、新しい神を、儂らを守ってくれる神を呼ぼうと」

「もしやそれが――」

「はい。ちょうど数時間前です。文献を読み、儀式を成功させました。あの山の神に変わる新しい神として呼んでしまったのです」



 村の奥、少し寂れた神社の境内に懐中電灯を持った人が多く集まっている。その中心に取り押さえられている男がいた。その周りにいる村人たちが必死に各々何か言葉を紡いでいる。



『我を呼び、贄がないとはどういう訳か! 貴様ら人なぞ火にあぶりその爛れた皮を剥いで殺してやるぞ』



 口角が異常なほど裂けた男が口から血を流しなら叫んでいる。大の大人数人に抑えられているというのにそろそろ限界のようだ。



「くそ、なんて力だ!」

「目を覚ませ! 直樹!」



 

 爪がまるで獣のように伸び、その姿は狐のようでもあった。俺はただ見守る事しかできずにいる村人の間を歩き、前に出た。



「待て、誰だあいつ? よそ者か?」

「何故こんなところに?」



 とても歓迎されている様子ではない。ではさっさと終わらせるとしよう。そう思い近づくと俺に気を取られたためだろうか、憑りつかれた男が突然叫んだ。皆が耳を塞ぎ苦しみ始める。感じていた霊力が一気に膨れ上がった。なるほど大した力だ。



『ほお銀髪の人間とは珍しい。では貴様から我が喰ろうてやるッ』


 そう叫び近づく男の顔を鷲掴みにする。



「ゲットだぜ」



 気分は某トレーナーである。なんか悪そうな霊だし問答無用でいいだろう。以前なら憑りつかれた霊を祓うのは大変だったが、ある程度やり方を理解した今の俺なら吸い込むなぞ余裕よ。手を放すと気絶したように男は倒れた。



「おい! 直樹大丈夫か!?」

「その方についていた霊は俺が封じました。もう大丈夫ですよ」

「は? いや確かにもう霊気を感じないが――あんた何者だ?」



 さてどうしようかと考えていると最初に俺を案内してくれた老人が間に入ってくれた。



「この方は儂が依頼した霊能者の卵の方だ。どうやら山で修行されていたそうでさっき偶々出会っての」

「ええ。そんな感じです」

「本当ですか? でもあの山には恐ろしい猿の神がいるはずですが」



 猿の神。やはりあの捕まえた猿は神様として奉られていたのか。



「あーそのですね――なんといいますか。そのおサルさんですが――えっとですね。俺が捕まえ、いや封印しちゃったといいますか」

「やはりそうでしたか!」



 ――気づいていたのか爺さん。恐ろしい奴だな。



「信じるのですか?」

「ええ。山から感じていた恐ろしい気が消えております。そのため儂は山へ様子を見に行っていたのです。そうしたら山から貴方が降りられた。何かあると思ったのですよ」

「なるほど、それで――」



 閉鎖的と聞く村の人が初対面の俺にこんな依頼するなんて変だと思ったんだがそういう理由か。



「事後確認になってしまいますが、あれは封印してよいものでしたか?」

「ええ。新たに誕生した神は、我らに恵は与えずただ人を喰らうだけの化け物となっておりました。正直本当に感謝しております。これは少ないですが謝礼です」



 そういって少し分厚い封筒を頂いた。一応遠慮したが、今回の件を正式に依頼すればこの金額でも足りないそうだ。そういう訳で有難くいただき、村で一泊してから帰路についた。





 帰りの道中見かけた霊も適当に捕獲したが最初に捕まえた3体の霊に比べれば随分弱い。これでどの程度の霊力になるのだろうか。少し楽しみでもある。

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