第192話 永劫回帰のキルシウム1

 リセイア大陸は帝国の近くにある島国である。小さな大陸のためここにはアドミメール国という国しかなく、首都キルシウムを中心に幾つか小さな町村がある形だ。特に目立った産業があるわけでもなく、貿易も盛んに行われているわけではない。


「眠い……」



 俺の服の裾を握っているケスカが気のせいか虚ろな目でとぼとぼ歩いている。最初は置いていこうかと思ったが結局ついてきた。そのため今回のキルシウム攻略は俺とケスカの2人で行う事になったのだ。

 最初はリオドも付いて来ようとしていたが、アーデが却下していた。同格のユーラという女も巻き込まれている以上危険だし、任せておけという事である。何やら肩を落としていたリオドであったがもしかしてユーラを助けたかったのだろうか。



「どうするおぶさるか?」

「うん」



 そう声をかけるとケスカが俺の足をよじ登り、器用に服を掴みながら俺の背中まで移動してくる。そして首に手を回してそのまま眠りについたようだ。

 こいつは本当に眠ってばかりだ。案外人の血の味を知らず、空腹に飢えなかったらそこまで危険視されなかったのかもしれない。



「いやどの道魔人ってだけで襲われるのがオチか」


 そう零しながら街へたどり着いた。道中の魔物を適当に倒し、素材だけ回収する。確かキルシウムには冒険者ギルドがあるらしいからそこで身分証を取る意味も兼ねて登録してしまおう。大きな街だが岩山が多く、キルシウム自体そういった山を切り崩して都市を作っているため、天然の要塞のようになっている。街に影を落とす程の岩山が多く連なっており、崩れたら大惨事じゃないだろうかと少し不安にもってくる。街を出入りするため門まで辿り着く。


「ん。親子か? どこから現れた?」



 門の近くで立っている門番に話しかけられた。それにしてもどこからって……普通に歩いてきたんだが。



「どこってその道を普通に歩いてきたんだよ」

「なに? んーまあ流石に子連れの曲者はいないか。それでこの街に何ようだ?」

「観光と墓参りだ。この子の叔母がこの国の出身らしくてな。墓参りしてたんだ。それでせっかくだし首都であるキルシウムに寄って行こうかなって思ってな」

「そうか。まあ確かに他国でもこのキルシウムを囲む山々は珍しいだろうからな。さて一応身分証の確認をさせてくれ」

「ああ。これでいいか?」



 そう言って俺は手の中にあるを門番に見せた。



「おっとゴールドランクの冒険者か。この街でも依頼を?」

「いやあくまで観光目的だからその予定はないな」

「そうか。まあゆっくりしてくれ。君たちを歓迎しよう」



 そういって手を振って気のいい門番と別れた。それにしても上手くいくか賭けだったが案外バレないもんだな。もっともセキュリティが高い場所だと実際に照合までされてしまうから、その場合はもう強引に入るしかなかっただろう。俺は黄金に見えるように魔法を纏っていた石をその辺に捨てつつ街に足を踏み入れた。



「む?」

「ん」



 あの門へ近づく前から感じていた違和感が強くなった。寝ているケスカも何かを感じ取ったのか首に回している手の力が強くなった。

 違和感というのは気持ち悪さだ。まるで温いお湯の中に全身が入ったかのような、絶えず纏わりつく妙な魔力で満ちており、正直気持ち悪い。自分の手を見て指を動かす。特に何か身体の影響を受けた様子はない。念のためいつもより魔力は多めに纏った方がいいかもしれない。


 そう考え街の中の通りを歩く。初めて来た街だがここは随分変わっている。ほとんどの建物が1階建てなのだ。日本というビルの密林みたいな場所を見たせいかこうも完全に1階建ての平たい家ばかりなのでとても新鮮だった。



「それだけ土地が余ってるって事なんかね」



 既に時間は昼を過ぎている。とりあえず偽物じゃなくて本物の身分証を作るとしますか。といっても最初はウッドランクからだしそれだと街に入るための身分証になる時とならない時があるんだよな。でもギルドで魔物素材を売れるし一応取得しておこう。





「おい、兄ちゃん。ガキ連れてどうしたんだ? ガキ連れた奴が冒険者やれると思ってんのかよ、ああん」




 絡まれた。めっちゃ絡まれた。スキンヘッドのゴリラみたいな野郎にめっちゃ睨まれている。周りを見るとニヤニヤ笑っている者、我関せずと無視を貫いている者、そして冷ややかな目でこちらを見ている受付嬢。その目では揉め事なら外でやれと言っているように感じる。積極的に止めようとは思わないのだろうか。っていうかこいつ酔ってるだろ。顔赤いし息臭いし。



「なあ。こういうのギルド的にどうなんだ?」

「冒険者の皆さま方の争いに介入はしません。ただその結果で貴方が怪我などを負った場合は速やかに街の警備部隊に行くことをお勧めします。そうすれば加害者側が逮捕されますので」


 なるほど、ここはそういう感じか。だったら適当に寝かせておけばいいだろ。顎に一撃入れ昏倒させる。スキンヘッドの男はそのまま白目になって倒れた。



「おい、ゼフ! 急に倒れやがってどうした!?」

「てめぇ、仲間に何しやがった!!」



 ギルド内にあるテーブルに座っていた冒険者の一団が立ち上がった。その顔を見るとどうやら全員出来上がっているようで微妙に身体がふらついている。


「しらん。随分酔ってたみたいだし寝たんじゃないか?」

「何言ってんだ! とてもそんな様子じゃ――」

「ほらお前らも寝てろ」


 すると糸が切れたかのように仲間の男たちもそのまま倒れて行った。



「あの――一体何をしたんですか? あの方々と距離も離れていましたし魔法を使った様子もないのに」

「言っただろ。ただ寝ただけだ。それで登録は?」

「あ、はい。少々お待ち下さい!」



 実際の所、以前漫画で読んで密かにかっこいいと思っていた【高速で移動し攻撃、そしてまた同じ場所に戻って同じポーズを取る】これをやったのだ。傍からみれば何故かあの冒険者たちは急に倒れたように見えただろう。ただやってみて思ったけどこれすごい神経使う。かっこつけ以外の意味ないな。




 冒険者ギルドで木の認識証をゲット。ついでに道中襲ってきた魔物の素材を売った。と言っても鞄とか持ってないから道具袋に入る程度の素材しかないため1日分の路銀になるかどうかという所だが。手に入れた認識証をポケットに入れて、ギルドを出た。


 日が落ち始めている。街を囲む岩山の影がすべてを覆うようになってきたときそれは起きた。




「おい、なんだあれ。空中に誰かいるぞ」

「あの肌の色に耳、もしかして魔人じゃないか!?」

「魔人だ! 魔人を名乗っているぞ!! 速く逃げろ!」



 叫び、喚きながら人々が走っている。あまりの人の多さにとてもじゃないが立っていると邪魔だったため、俺は一度跳躍し建物の屋根の上にあがった。

 すると統一された装備をきた集団が現れ魔法攻撃を放ち始めた。次第に崩れていく建物、逃げる人々。自分の家に隠れる者、街から逃げようとするものもいる。だがいつの間にか門は破壊され門から出られない。次第に激しくなっていく倒壊の音と魔法による攻撃で被害はどんどん広がっていく。




 そして俺は少し混乱していた。




 




 いきなり人々が誰もいない空に向かって魔人だと叫びだした。都市の警備部隊が何もない空中に攻撃をし始めた。何の気配も魔力もなく、一人でに建物は壊れていく。



「……ああ。そうか。そういう感じか」



 つまりこれはこの街の最初に起きた魔人襲撃を都市全体で再現しているんだ。

 

 

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