第149話 恋々13
Side 大蓮寺京慈郎
「さて、儂らも動くとしようか。では蓮君、そして隼人君。先ほどの手はず通りにいくとしようか」
「はい。わかりました。いくぞ隼人」
「え、ほんとにやるの?」
「……なんだ文句あんのか」
そんなやりとりをみて小さくため息を吐く。勇実殿の頼みとはいえ
校門から堂々と儂らは学校内に入っていった。放課後とは言え部活動をする生徒もいるし、教師たちもいる。むろん見つからないのが一番良い。だが必ずそういう訳でもない。出来るだけ時間をかけたくないものだが……。
「おい、お前3年の渋谷か? 停学中だろう。なんでここに……それにそちらの方は?」
案の定というかやはりというか。校舎に入る直前、教師と思われる男性に声をかけられた。
「ちッ! うっせぇな。どうでもいいだろうがよ!」
「この馬鹿もんが!」
儂はそういって隼人君の頭に拳骨をする。それほど力を入れていないが随分オーバーに痛がっているようだ。
「すまぬ。儂は渋谷京慈郎という。こいつの祖父だ。孫が随分迷惑をかけたようで謝罪に参ったのだ。校長先生、もしくは教頭先生はおるだろうか」
「え? 渋谷のおじいさんですか? ちょ、ちょっと待ってください!」
さて、ここからは少しの賭けになる。これは蓮君の提案の作戦だ。隼人君はどうやら喧嘩で停学中との事でそれを利用して、祖父と一緒に謝りにきたという設定にしようというものだった。なんでもここの校長は面倒ごとをかなり嫌う性格のようでアポなしで来た場合、大体会う事はないらしい。万が一、会うことになったらさらに茶番を続ける必要があるのだが……。
「お待たせしました。あいにくですが校長や教頭は会議に出られておりまして不在となっております。後日改めてという事では如何でしょうか……」
「ふむ、せっかく遠方から来たのだがな」
「そうでしたか。せめて事前に連絡をしていただければと思ったのですが……」
それはそうだろう。だがここでひいてはいけない。
「なんだ儂が悪いといいたげだな」
「い、いえ! そんな事はありません!」
「ふむ、では折角だ。孫が勉強している教室を少しだけ見て行ってもよいかね?」
「え……そ、そうですね」
これならもう一押しか。
「先生頼むよ! 多分それでじいちゃんも納得するからさ。ね! 兄貴もそれでいいだろ!?」
「そうだな。爺さんが納得するならいいんじゃないか?」
「渋谷の兄だって……?」
何かに気づいたのだろうか。教師の顔が段々青くなっているような気がする。もしやと思ったがやはり悪童の類だったか。勇実殿はどういう付き合いをしているのか。
「何ですか飯田先生。何もしませんって。俺もじいさんの我儘につき合うの大変なんですよ。教室くらいいいでしょう? 和香ちゃんの事黙ってて上げますから」
「ッ! わ、分かった。見学くらいいいだろう。ただすぐ帰るようにだけお願いします」
そういうと教師は慌てて帰って行った。
「兄貴、和香ちゃんって何?」
「黙れ、さっさと教室に案内しろ」
「ちぇー」
とりあえず関門は突破したか。そう安堵し校舎の中に入った。流石に放課後のためか生徒は殆どいないようで随分静かな様子だ。そのまま階段を上り教室へ向かう。途中偶にすれ違う生徒に奇異の目で見られるが、これは我慢するしかあるまい。教室の中にたどり着き、その呪いの濃さに驚愕する。なるほどここが中心ということか。
「よかった。誰もいなくて」
「よし、なら隼人は廊下で待機してろ。誰か入りそうなやつがいたらそれを阻止。いいな」
「おっけー。兄貴はどうする?」
「俺は念のため職員室に行ってくる。途中で他の先生が来ても面倒だしな。では大蓮寺さん。後はお願いします。終わったら連絡を頂ければと」
「ああ。承知した。では問題の机の場所を教えてくれ」
蓮君と分かれ、儂は案内された机に向かった。ここが呪いの中心点か。持ってきた鞄から1つのガラスケースを取り出す。そこには赤い札が1枚収められている。通常の霊障を祓う場合は儂の血を薄めた札を使用する。弱い霊ならそれで充分に封印が可能だからだ。だが今回は違う。以前の伝承霊事件以降常に持ち歩くようにしている儂の切り札だ。
通常血で浸した札は乾かす過程でその効果が徐々に劣化していく。そのため薄めない血を使った札であっても保管していれば常に効果は落ちていく。だがこれは違う。ガラスケースの中に完全に密閉させ空気に触れさせないようにすることで、札の劣化を防ぐ。嵩張るためそう何個も持ち歩けないが今回はその中でも一番状態の良い物を6つ持ってきた。
分厚い布を机の上に置き、四隅に盛り塩を重ねていく。そしてガラスケースを開き、未だ血が垂れている札をゆっくり取り出し机の中心に置いた。スマホを取り出しスピーカーモードに切り替え先ほど連絡のあった山城さんへ通話をつなぐ。
『はい。こちら山城です』
「大蓮寺だ。こちらの準備も完了した』
『わかりました。では勇実さんに連絡をします』
そういって通話が切れた。目を瞑り手を合わせる。臍から身体へ全身に力がみなぎるようなイメージをする。身体に熱い感覚が徐々に流れてくる。それがやがて儂の身体に回り外へ溢れ出す炎のように感じてきた。
「ッ!」
目を見開く。この呪いの海のような場所で強い力を感じた。ここではないどこか。だが間違いなくそれは目の前にあると確信できるもの。
「ここにいでる悪霊よッ! 我が血は悪を封じ、我が肉体は悪を滅ぼす!」
さらに追加の札を机に置く。3枚目の札を置いた時、それは起きた。黒い炎のようなものが舞い上がる。それにつられるように置いている札が宙を舞っていく。まるで台風に飲まれているかのように。
「鎮まり給え、鎮まり給え」
黒い炎にさらに追加で札を放っていく。所持しているすべての札を使い最後に仕上げとして懐からお神酒を入れた小さな瓶を取り出し炎に振りかけた。
「喝ッ!!」
膨れ上がった黒い炎が風船のように破裂する。突風が暴れ拭きまわり近くの窓ガラスを大きく叩いた。凄まじい風圧で思わず目を瞑ってしまうが、数秒もするとその風もやんだようだ。目を開けて――小さく安堵した。
「あ、あれ。ここは……」
「君が山城さんかな。ではあちらが問題の子か」
儂の視線を追うように首を振って山城さんは駆けだした。
「遥、遥ッ!!」
どうやら無事、呪いを封じる事が出来たようだ。周囲に散らばった黒く染まった札を回収し同じようにガラスケースに戻した。
「ん……これはどういう事だ」
確かに呪いの気配は薄くなってきている。この校舎全体を覆っていた呪いは確かに消えたように感じる。だがそれと入れ違うようにまったく別の違う力がこの周囲を包んだように感じた。
「……勇実殿、無茶はするなよ」
そう言葉を静かに零した。
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