第137話 恋々1

 山城利奈の日常は至って平穏だ。高校3年生として受験が控えている身ではあるが、勉強はそれなりに出来るため志望校には入れそうだなとも考えている。

 少しひと悶着あったが友人である鈴木明菜とも友人関係は続いておりそれなりに充実した学園生活を謳歌していた。


「ちょっと利奈!」

「ん……? どうしたのよ遥」


 授業が終わりいつも通り礼土の事務所へ遊びに行こうとしていた所クラスメイトに声をかけられた。もう部活も引退しており、基本的に利奈は直帰するか、事務所に寄るか、友人と遊ぶか、その3択になっていた。


「どうしたもこうしたもないよ! 聞いたよ、2組の笹山から告白されたみたいじゃん!」


 こういうニュースにすぐ飛びつく友人へ内心ため息を吐きながら廊下に置かれているロッカーに向かって歩く。


「さあ知らなーい」

「知らないじゃないでしょ? ネタは上がってんのよ?」

「何よ……ネタって……」


 この二谷遥という女はとにかくゴシップが好きで、あの芸能人が付き合っているだの、不倫しているだのどこで聞いたのか分からない話までよく集めているのだ。最近はVtuberの前世がどうのこうの、サブカルな方向にも興味を伸ばしている。それだけならまだ変わった友人で済むが、恐るべきは校内での出来事も本当に詳しいのだ。


「誰から聞いたのよ」

「笹山本人よ」

「はぁ!?」


 その回答は流石に驚いた。普通当事者から話を聞こうと思うだろうか。怪訝な表情の利奈の顔を見て遥は少し楽しそうに笑う。


「なーんて冗談よ。本当は笹山から利奈がフリーなのかすごいしつこく聞かれてさ。多分彼氏いないんじゃないって言ったのよ。だからそろそろ告られてるんじゃないかって思ったわけ」

「あれは遥のせいって訳ね……」


 休み時間中庭に呼ばれたと思ったら一度も話したことがない笹山から告白されたことを思い出し小さくため息を吐く。


「もう勘弁してよ。前も渋谷に変な絡まれ方してもうそういうのお腹いっぱいなの」

「ああ、あのレイプ未遂事件ね。そういえばもう渋谷の停学処分期間終わったけど学校来ないわね」


 数か月前、利奈と明菜の2人は同級生の男子2人の手によって危うく襲われそうになった。その時はラブホテルに現れた霊のお陰でなんとか逃げることに成功し、それが切っ掛けで礼土と出会う事が出来たため、良い思い出ではないが、良い出会いがあったと一応自分へ言い聞かせるようにしていた。

 ただし、明菜はその時霊に憑りつかれてしまっていたのだが、それも礼土の協力によって霊を祓う事にも成功している。そうしてからの明菜は吹っ切れて渋谷のことはすっかりと諦めた様子だ。


 実際あの後学校にきた渋谷は私の姿を見るといつも眉間に皺を寄せており、あれほど軟派だった態度が激変。すぐ誰とでもケンカするようになり結果的に停学処分を受けている。あれだけモテていた渋谷だがもう誰も近づこうとする女子はいないだろう。


「そういえば1組の来栖君まだ見つかってないんだってね」

「ああ。大和君でしょ」


 数か月前、部活帰り突如行方不明になった同学年の男子生徒。爽やか系のイケメンであり友人も多く、とても人気のある男子だ。それが突如行方不明となり当然警察も調べてたが未だ行方が分かっていない。


「あれ、笹山とは随分反応違うわね。もしかして――」

「違うわよ。大和君とは同じ風紀委員になった時、知り合っただけ。それに彼女いるんだよ」

「え? そうなの!?」

「ほんとほんと。随分惚気てたからね。ほら同じ組の浅海って子だよ」


 利奈がそういうと遥も思い出した様子だ。


「へーちょっと意外かも。言っちゃ悪いけどちょっと地味目の子だよね?」

「幼馴染らしいよ。それで大和君行方不明になってから浅海さんもずっと休んじゃってるし大丈夫かしらね」

「確かに心配ね。……んで、利奈はもう帰るの?」

「え、ああうん。そのつもりだけど何か用?」

「実はさ、ちょっとしたニュースを小耳にはさんでね」


 そこには女の子が浮かべていい顔じゃない笑顔を張り付けた遥がいた。もうこの時点で利奈は嫌な予感を感じている。


 「じゃーん! これ見てよ!」


 手に持った一冊の雑誌を見せてくる。それを見て利奈は引き攣る顔をおさえるのに精一杯だった。それはとある男性雑誌。当然内容はメンズ向けのため普通は女子高生が買うような雑誌ではない。ではなぜそれを遥が持っているのか。いや正確に言えば遥だけではない。ここ数日教室内でもその雑誌を利奈は見かけているのだ。

 


「そ、それがどうしたの遥」

「あ、その反応から察するに利奈はこれ手に入れられなかったんでしょ! もうどの書店行っても売り切れだし、何なら転売されてる始末だもんね」

「――やっぱ人気なんだね、それ……」


 遥が手に持った男性雑誌。その表紙には利奈がとてもよく知っている人物が映っている。自然な銀色の髪に非常に整った容姿、非常に大人びた顔立ちをしているというのに、表紙の彼はとても可愛らしい笑顔をしている。


「すごいよね! SNSでもみんな話題にしてるもん! レイ様のこと!」

「そ、そうね」


 仕事の一環で引き受けたモデルの仕事。何やら写真を撮ったと聞いた時、利奈は単純にどこかの雑誌に小さく載るという程度で考えていた。折角の紙面デビューなのだし雑誌が販売されたら姉である栞と一緒に買いへ行こうねなんて話してもいたくらいだ。

 だが撮影時期から考えると雑誌の発売まで随分長い。あれ、遅いなと思っていた所にあのCMが放送された。礼土が英語教師に扮したポッキーのテレビCM、それがネットで爆発的に話題となり、それを見計らったかのように礼土が表紙を飾った雑誌が販売。

 恐らくそれを狙っていたのだろう。雑誌は異様な部数が発行され瞬く間に書店から消えていく。運よく雑誌を購入した人から、この謎のイケメン外人の写真が表紙だけではなく、雑誌の中にも掲載されていると拡散されさらに人気が爆発的に広がっていったのだ。


 そうなると当然これは誰なのかという話になる。そしてネットの有志達が以前利奈の兄である桐也のチャンネルで登場していた動画を発掘。瞬く間に名前が拡散されて現在ではレイ様という愛称で呼ばれているそうだ。


 これは礼土も予想しておらず、大いに慌てた。幸いネットで掲載していた事務所のSNSのDMは閉鎖しているため直接連絡は来なかったのだが、これでますます真面な新規顧客を得る機会を失ってしまったと栞が嘆いていた。

 

「ネットで調べても霊能者っていう胡散臭い職業をしているくらいしか情報ないし、モデルは副業なのかな。絶対本業にした方がいいと思うんだけど」

「ははは……」


 そう乾いた笑いをしながらロッカーから鞄を取り出し帰る準備を整える。本来なら事務所に行く予定だったが、この感じだと大人しく家に直帰した方がよさそうだ。


「でね! なんかSNSで回ってきたんだけどレイ様の新しいモデル撮影を今日近くでやる予定なんだってさ。利奈も行ってみない?」

「え……今日?」

「そそ。ほらこれ」


 そういって遥はスマホの画面を利奈に見せた。そこにはDMでのやりとりが表示されている。


『知り合いの読モから聞いたんだけど、ここの路地で撮影やるらしくて、結構なモデルが集まるらしいよ! 何かレイ様も参加予定なんだってさ』


「……それ本当なの?」

「撮影があるのは本当だと思うよ? だってこのやりとりしている相手の彼氏がモデルしてる子だからさ。知り合いの読モっていうのも多分彼氏なんじゃないかな。ね、どう? 暇なら行ってみようよ! 本当にレイ様が来るならラッキーくらいの感じでさ」

「他の子誘えばいいじゃん」

「それはだめよ! だって他のレイ様ファンに話したらすぐ拡散されちゃうし、もし本当に来るなら中止になっちゃうかもしれないじゃん。その点利奈は口硬いし安心なのよ! ね、お願い! 1人は寂しすぎる」


 

 確かに礼土から今日は少し所用で出てくると聞いている。霊関係の仕事なのかと聞いてみるとちょっと野暮用だと言っていた。もしかしたら本当にモデルの仕事をしているのかもしれない。だったら野次馬くらいならいいか、利奈はそう考え渋々友人の頼みを受けた。


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