第120話 愛しく想ふ16 完

  呪いの軌跡を辿りこの呪いの大元まで一気に跳躍する。場所は少し遠いようでどうやら先ほどいた場所の隣の県にある住宅街から呪が始まっている様子だった。空を一気に駆け抜け周囲に人がいない事を確認し着地する。そのまま目的の住宅の前にたどり着いた。



「――須藤ね」


 表札を見て家を見上げる。随分大きな家だ。2階建で庭がありこの家が所有していると思われる車も2台ある。今まで見てきた家の中でも随分裕福な家であるという事は間違いないだろう。


 さてここからの問題だ。どうやって侵入するか。今も姿を消しているため近隣住民にバレる事はまずない。だが万が一を考えると俺の指紋を残すのも細心の注意を払った方がいいだろう。ポケットから以前購入した黒い皮の手袋を手にはめてまずチャイムを鳴らした。


 どういう家族構成なのか、犯人はこの家のどのポジションにいる存在なのか不明だが探っている時間はない。申し訳ないがチャイムを鳴らし出てきた所を昏倒させ侵入する。そう考えたがチャイムを鳴らしても人が出る気配はない。2度目のチャイムを押そうとした所のすんでで指を止める。ゆっくり手のひらを玄関に当て中を探るように魔力を流した。



(人の気配が3人。そのうち2人はリビングにいるようだ、しかし何かおかしい。もう1人は2階にいるようだが恐らくこちらが本命だ)


 だが妙だ。リビングにいる2人の気配がまったく動いていない。魔力の形から考えるに立ったまま会話をしている? いやそれにしても不自然だ。――仕方ない。強引に入らせてもらおう。玄関から庭の方へ進みどこかにガラス越しから中が見える場所はないかを探す。少し周りを探りようやく小さな窓を見つけそこから内部へ転移した。



「――ここはトイレか」


 


 ゆっくり扉を開ける。明かりのついた廊下だがどこか薄暗く感じる。それに――。



「なんだこの異臭は」


 鼻を刺激する悪臭。だがとてもこういった家で臭うようなものではなかったはずだ。まずはリビングに行ってみる事にする。最初に感知してからまだリビングから動いていない様子だ。音を殺しゆっくりとだが素早く移動しリビングに当たる場所で少し顔を覗かせてその様子に驚愕した。



 。臭いの元はどうやらここだったようだ。床に垂れる糞尿の臭い、一体いつからこうなっていたのか想像もできないが、それほど時間は経っていないだろうと思う。




「――なんで首吊って死んでいるのかね」





 恐らく二人は夫婦なんだろう。こういった死体は見慣れているがそれでも不気味に感じざるを得ない。なんせ2人は張り付いたような笑顔のまま死んでいるのだから。

 呪いの力はここではない。上からだ。それが今回の主犯で間違いない。目の前の2つの揺れる死体から視線を移し俺は二階へ上がった。ここまでくると随分気配を強く感じる。


 一番気配が強い扉の前に立ち俺はドアノブに手を置いて一呼吸おいてからすぐに扉を開き中を確認した。部屋の中は真っ暗で何も見えない。だが今まで以上に強い呪いの気配をすぐそばから感じる。



「光を」



 部屋の中を照らすように魔法を展開してその様子に驚いた。壁や天井に日葵のポスターが貼ってあった事ではない。部屋の中央に大きな、2メートル程度の黒い繭があった。中が少し透けており赤黒い何かが胎動しているのが分かる。


「一体全体何がどうなってこうなる? だが考察している時間はない消滅させるか」


 できるだけ部屋の中には傷をつけないように細心の注意を払い部屋を照らしていた魔力を操作しすべて繭の方へ収束させ、圧縮させる。




「消えろ」



 眩い光を一瞬放ち黒い霧が溢れ出すがそれさえも魔法で包みすべて消滅させた。しばらくすると所々焦げた部屋だけが残り諸悪の根源と思われる繭は消えたようだ。急ぎ俺はスマホを操作して紬に連絡をする。


『ッ! 勇実さん!? もう一体何なの!? また消えちゃったし今どこなの?』

「一応呪いの大元は消し去った。日葵の様子は!?」

『え? 分からないまだ眠っているわ。一応もう一度起こしてみるね!』

「ああ。そうしてくれ俺もすぐ戻る」


 2階の窓を開けそこから転移し俺はまたその場を後にした。あの繭がなんだったのか。どうやってあのような呪いが出来たのか。この一連の事件は分からない事が多すぎる。それにあの首吊り死体もそうだ。あの家で一体何が起きた? どうもこの一連には別の何かが絡んでいるような気がしてならない。




 日葵のマンションの入り口に戻り今度はしっかりと入口から戻るようにした。流石にそう何度もベランダから移動するわけにはいかないだろう。オートロックをどうするかと悩んでいると向こうからタクシーが1台やってきた。



「勇実さん!?」

「大胡さんですか。ちょうどよかった中に入れなくて困ってたんです」

「日葵ちゃんが大変な事になっていると聞いたんですが……」

「それは恐らく解決したはずです。後はそれを確認したいと思っています」


 幸い大胡はマンションに入るためのカギを預かっていたためそのまま2人でマンションの中へ。そのままエレベーターに乗りまた6階へ移動し日葵の部屋の中に入った。中から聞こえてくる泣き声が聞こえ一瞬焦ったがその姿を見てとりあえず安堵した。



「ごめんね。日葵……私がもっとうまくやれれば……」

「ううん。彩ちゃんのせいじゃないよ」



 どうやら日葵は無事目が覚めたようだ。よく見ると日葵の後ろに道行の姿がある。俺を一度見ると頭を下げそのまま消えた。恐らくまたあの場所に戻っていったのだろう。


「あ、勇実さんこの度は……本当にありがとうございました。依頼料は必ずお支払いいたします。本当に、本当にありがとうございます」

「その辺りは紬さんと話し合って下さい。一応依頼人は紬さんなのでね。あとこれはアフターサービスです」


 そういって俺は途中で買っておいた水で両手を濡らし日葵の頬に当てた。顔が赤くなる日葵を無視してそのまま数秒程時間が経過してから手を放す。


「え? すごい、頬の腫れが引いた?」

「これで顔の傷は消えましたし仕事もできるでしょう」

「あ、ありがとうございます」

「ねぇ。勇実さん。前も思ったけどそれどうやったの?」


 後ろから紬に声を掛けられ俺は固まった。そうだ以前こいつに見られていたんだった。というか今回は緊急事態という事もあり色々他にも見られている。いかんな。


「マッサージですよ」

「嘘おっしゃい! ねぇどうやったの? あと急に消えた奴とか!」

「ふぅ――紬さん手を出しなさい」

「え? なによ」


 俺はポケットから虎の子である切り札を出しそれを紬の手に置いて握らせた。後はもうわかるだろう。


「これが俺の気持ちだ。後は大人なんだ。――察してくれ」

「へ? いや、は?」

「じゃ眠いんで俺は帰ります。大胡さんまた後で連絡しますのでよろしく」





 そういって俺はそそくさとその場を後にして家に帰った。危ない、危ない。事前に用意しておいて助かったようだ。銀のエンゼル3枚。我ながら随分奮発してしまったがこれであの女も買収出来ただろう。









 数日後、大胡からの着信が画面に表示されスマホを耳に当てた。


「はい、勇実です」

『勇実さん。お疲れ様です。何点かご報告があります。まず例のCMの件ですがちょっと先方と揉めているんですよね』

「おや、そうなんですか」

『はい。日葵ちゃんがうちの事務所を退所する事になったので契約で揉めてる感じなんですよね』

「ああ。例の元メンバーの確執って奴ですか」


 大胡から聞いた話だ。

 あれから日葵はすぐに事務所の退所を決めたそうだ。その切っ掛けは菅野が事務所を辞めるのが一番の理由だそうだ。菅野は今回直接的な原因ではなかったにせよ、今まで自分の過保護が日葵自身の成長を阻害していたという事を深く反省し一度傍を離れるという事を決めたと聞いた。だがそれを聞いた日葵が大慌てで止めに入ったという事だ。



「彩ちゃんだけが私の味方でした。彩ちゃんがいなかったら私はとっくに引退しています! だから私は彩ちゃんがマネージャーじゃなくなるアウロラ・プロダクションに居たくありません!」


 そう人見知りの彼女が珍しく事務所内で、大声で言ったらしい。その後紬が間に入りそもそも日葵に対する虐めについての再調査が事務所で始まったという事だ。すると出るわ出るわ、よく今までバレなかったというレベルのいじめの証拠が出たそうで例のConstEコンステの一部メンバーには厳重注意がされたという事だ。もっともそれにどれだけ意味があるか分からないがあんまり酷いようなら私も事務所変えようかしらと言っていた紬を大胡が随分慌てて諫めていたらしい。



「それでどうなりそうですか?」

『ええ。流石に表ざたにしたくないですからね。日葵ちゃんと菅野さんは別事務所に移動。そして改めてCMの契約という形に落ち着くと思います。ただタレントとマネージャーが一緒に移動なんてどう考えても何かあったと分かりますからね。正直受けてくれる事務所があるか不安だったんですが……』

「無事に見つかったという事ですよね」

『はい。誰の紹介か分かりませんが結構大手の事務所から声が掛かったと聞いてます。知ってますかYAMASHIROプロモーションって所ですよ』



 ええ。よーく知ってますよ。なんせうちの事務所のボスである山城和人の事務所だからな。紬から相談を受けて冗談半分で紹介したら和人がOK出すとは思いもしなかったぜ。



『だからCM撮影の日程が分かりましたらまた連絡いたしますね』

「了解です。まぁ貴重な経験だと思って楽しみますよ」

『本当に何から何まで申し訳ないです。では詳細が分かりましたら後ほど』



 そういって通話を切り流れているニュースの方に意識を移す。


『埼玉県川越市の住宅街で一家心中するという事件がありました。当初異臭がするという事で近隣住民から通報があったそうで、警察が中へ踏み込んだ所リビングで須藤卓司68歳、須藤有海59歳、須藤大河38歳の遺体があったという事です。ですが須藤大河氏の遺体の損傷がひどく司法解剖も困難ではないかとされております。警察からは無職だった息子である大河氏を両親が惨殺。その後に自殺したと見られております。近くのテーブルには遺書があった事で一応事件性はないと判断され一家心中と警察は判断しております』



 どうなっている。あの場に3人目の死体はなかったはずだ。このニュースから見るにいなかったはずの3人目があの呪いの持ち主なのだろう。俺が去った後に何か工作がされたのだろうか。


「まったくこの世界も思ったより物騒だな」


 そう言葉をこぼし買ってきたお菓子を口に入れた。





ーーーー

こちらでこのエピソードは終了となります。

長くなりましたがお付き合いいただきありがとうございます。

日曜日はお休みで月曜日から新しいエピソードを開始予定です。


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