第93話 赤く染まる5

Side 五丈朝里


 翌日駅から少し離れた場所にあるいつも利用する居酒屋へやってきた。予約していた名前を店員に告げ、奥の個室へ案内される。間接照明が床の端に設置され店全体が淡い光で照らされているためデートなどで使えばかなり雰囲気は良い店だろう。まぁ今回の目的を考えるとムードも糞もないのだが。


 若い店員に案内された個室へ行くとそこは4人席の座敷になっており既に俺以外の面子は全員そろっていたようだ。


「悪い遅くなったな」


 俺はそう一言いいながら靴を脱ぎ上着を脱いで適当にハンガーへ掛けて空いている場所に腰を下ろした。


「いや俺たちが早かっただけだよ」


 そういうとこの面子の中で一番ガタイの良い男、内藤健司が言った。少しサイズがキツそうなワイシャツにネクタイをしている。


「とりあえずビール頼んでおいたからまず飯食おうぜ。正直腹減ってんだ」


 そういうとテーブル席にある端末を使い勝手にロン毛の男が注文を始めた。この男は宮野聡。現在バンド活動をしておりアルバイトをしながら今もなお活動を続けている。聡は顔もいいからファンはそれなりにいるそうだ。


「よく食えるな……正直僕お腹減ってないよ」

「こういう時何も食べてないのは良くねぇだろ。出来るだけ食えよ、守」


 眼鏡を掛け少しそばかすがある細身の男、杉浦守は苦笑いしながら少しだけ頷いていた。


「そういや守はもうフリーター卒業した?」

「あぁ……それはね……」

「してねぇよ。健司が態々仕事紹介したってのにこいつすぐ辞めちまったんだぜ」


 守の会話を遮り聡は守を見ながら悪態をついていた。守は以前から職を転々しており30手前だというのにフリーターのままである。それを見かねて健司がいくつか仕事を紹介しているのは知っていた。


「確か聡も健司から今の仕事場を紹介してもらったんだっけ?」

「ああ。どうしてもバンドだけじゃまだ喰っていけないからな……本当に健司には世話になりっぱなしだ。だから守、お前が紹介された仕事を辞めたら健司に迷惑がかかんだろ。本当にいい加減にしろよな」


 だから聡は妙にキレてたのか。昔から健司は俺達の兄貴分として色々面倒を見てくれている。直人が晴美さんと出会ったのも元々は健司の紹介だったため結婚式の仲人もしていたっけな。


「そうは言うけどさ、流石に工事現場で働くのは僕の体力じゃ無理だよ……」

「そんなもん慣れだ慣れ。言うて俺とそんなにガタイは変わらないんだから気合いれろよ」

「ははは。まぁその辺でもういいだろう。朝里も何か頼め。話の前にまずは飯を食おう」

「ああ」


 そうして適当な食べ物を注文し、あと酒も注文した。俺自身もそこまで食欲があったわけじゃないが健司達の言う通りまずは何か腹に入れておいた方がいいのだろう。これからの話を考えれば――。



 いつもなら馬鹿話をしながら5人で飯を食べていく。それが一人かけてから随分と雰囲気が変わった様に思う。直人と聡が馬鹿話をし、健司と俺がそれを静かに聞きながら酒を飲み、守は笑いながら二人の話を聞いている。そんなにぎやかだった俺達だったが、一人欠けただけでここまで別の空間になると思いもしなかった。


「朝里はもう行ったのか」


 目の前の料理が無くなりそれぞれが少しずつ手元の酒を飲んでいた時健司がぽつりとそういった。


「――行ってきたよ」

「そうか。ちょうど直人の訃報を聞いた時は聡と一緒だったからな。俺達も二人で行ってきたよ。……守は?」

「――僕は行ってない。どうしてもまだ行く勇気が出ないんだ」


 守がそういうと聡はグラスを強くテーブルに置く。ガタンという音が響き顔を赤くした聡が守を睨みつけた。


「おめぇはッ! ダチのために線香もあげられねぇのかよ!」

「ッ! 僕だって行きたいと思ったよ! でも……」


 そういって守は目線を伏せた。正直なところ気持ちは分かる。俺だって直人の死を受け入れるのに時間が掛かったからこそ直人の仏壇で手を合わせる事で自分の中で整理しようと思ったんだ。


「はぁ気持ちは分かるけどよ……直人と一番付き合いが長い朝里だってちゃんと現実と向き合ってんだ。お前もちゃんと線香くらい上げてやれ。今度一緒に行ってやるから」


 健司がそう言うが守は顔を伏せたままだ。それを見て聡はまたイラついてきたようだが、健司が手を前にだし聡を諫めている。


「――――で、だ。そろそろ本題に入ろうか。直人から来たあの写真について」



 そういった瞬間、守の肩が震えたのを俺は静かに見ていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る